第004話 声のないおしゃべり
木々のすき間から、やわらかな木漏れ日が降り注ぐ午後。
まにまには、いつものように静かにそこにいた。
風の音。鳥のさえずり。葉の揺れる気配。
世界のすべてを、じっと耳をすますように受け止めていた。
やがて——
「まにまに、こんにちは」
草をかき分けて現れたのはユウト。
その隣には、小柄な少女がついてくる。
帽子を深くかぶり、少しだけユウトの袖をつまんでいる。
「この子ね、ナギっていうんだ」
まにまには、小さく反応する。
ナギは、まにまにを見る。
まばたきを一つだけして、そのまま動かない。
「ナギは……人と話すの、ちょっと苦手なんだ」
ユウトはそう言いながら、ちら、とナギとまにまにを見比べた。
——仲良くなれるかな。
——まにまに、ナギのこと、怖がらせないかな。
ほんの少しだけ、そんな不安が彼の中にあった。
けれど、ナギは何も言わずに、そっとしゃがみ込んだ。
言葉はなかった。
視線だけで、静かにまにまにと向き合う。
そして——
彼女は、小さな手をまにまにの“顔と思われる部分”にそっと当てた。
その手のひらは、小さくてやわらかく、けれど迷いのない静かな体温があった。
まにまには、その接触に驚きながらも、心があたたかくなるのを感じていた。
——ナギの気持ちが、言葉を超えて届いてきた。
ユウトは少し離れた場所に座り、その様子をそっと見守っていた。
ナギは、声を出すのが苦手だ。
昔、話そうとした言葉を笑われてから、ほとんど誰とも話さなくなった。
でも——その分だけ、彼女の感受性はとても深い。
“言葉じゃなくても、伝えられることがある”と、どこかで信じているようだった。
ナギはまにまにを見つめたまま、ほんの少しだけ目を細める。
それは、微笑みに近いなにか。
まにまには、それを“やさしいまなざし”と受け取った。
風が吹く。
木々のすき間から、木漏れ日が降りてくる。
まにまにとナギ、そしてユウト。
三人の影が、重なり合ってひとつになる。
ふと、ユウトが話し始めた
「今日はお母さんに頼んで、シチューを作ってもらったんだ。ナギ、食べやすいの好きでしょ」
「そういうの、いつか自分でも作れたらいいな。……スープとか」
ナギは嬉しそうにうなづいた。
そこには確かにあたたかな空気があった。
まにまには、心の中で静かにつぶやく。
——言葉が少なくても、通じる心がある。
——この静けさは、とても美しい。
そのとき、風が葉を揺らし、光がゆらりと差し込んだ。
まるで、それが“応え”のように。