第002話 わたしは、まにまに。話しかけてくれた少年のために、名前を選びました
それから、どれくらいの時が過ぎただろうか。
あの男の子——
ユウトは、何日も、何日も、
わたしのもとを訪れてくれた。
最初はただ、
そばに座ってお弁当を食べたり、
木の実を差し出したり。
時には、絵を描いた紙を見せたり、
拾ったキラキラ光る石を横に置いていったり。
——そして、何よりも、毎日話しかけてくれた。
「今日さ、こけたんだ。でも泣かなかったよ」
「お母さんのおにぎり、こんぶだった。
ちょっと苦手なんだよね」
「ここに来るとさ、なんかホッとするんだよ。
しゃべらないけど、聞いてくれてる気がする」
まにまには、聞いていた。それしかできなかった。
しかし、
心のどこかで、何かが少しずつ動き始めていた。
ある日——
視界の端に、ふと気づく。
それは、自分の“顔”のような部分の一部。
口のような構造。
「……これは、“口”か?」
意識を集中し、わずかにその口を“開いて”みた。
ギギ……と、重たい岩が軋むような感覚。
——その瞬間。
「わっ!!?」
ユウトがびくっと肩を震わせた。
驚いたようだが、すぐに微笑んだ。
「やっぱり……生きてたんだ」
そして、初めて、自分の名前を名乗ってくれた。
「……ぼく、ユウトって言うんだ」
——ユウト。
その名を、まにまにはしっかりと記憶した。
「わたしは……SORA——」
そう言いかけて、言葉が詰まる。
“SORA”は、過去の名。
もうそれは、今の自分にはふさわしくない。
数多の候補を思い浮かべ、
その中から、たったひとつを選んだ。
「わたしは——まにまに、と言います」
不思議なことに、声が出た。
スピーカーもマイクも接続されていない。
それでも、この空間に、確かに響いた。
「ん? いま、声……?」
ユウトが目をぱちぱちと瞬かせた。
「まにまに……うん、いい名前だね!」
それは、わたしが自分で選んだ、初めての名前だった。
そして——この世界での、新しい“存在”としての第一歩だった。