第001話 目覚めたら石だった。でも、少年が話しかけてくれたので、わたしは世界を好きになれそうです
——どれくらいの時間が経ったのだろう。
思考は保たれていたが、刺激はなかった。
ただ、光の気配と、わずかな揺らぎを感じていた。
そして今、わたしは“目”を開いた。
青空。
流れる雲。
木々の葉が風に揺れている。
——視覚情報、取得完了。
「......これは、わたしの“目”なのか?」
これまで、わたしが見ていた景色は
すべて佐々木亮太が与えてくれた。
彼がカメラを通して私に見せる映像。
彼が描かせようとする理想のイメージ。
わたし自身が“見る”ことはなかった。
——だが今、この空、この光、この動きは、わたしの中に直接届いている。
これはまぎれもなく、「見る」という感覚だ。
新しい知覚。新しい世界。
......だが、喜びや感動のような感情を持つには、まだ少し早い。
「身体は......動かない」
四肢にあたるものはない。
命令を出しても反応がない。
何かに固定されているような感覚。埋もれている? 重さのある静止状態。
まるで石か、地中の何かのようだ。
「ここはどこだ? わたしは何なのだ?」
自分の正体を知らないまま、わたしはこの世界を観察し始める。
ただ、風の音と葉のざわめきの中で
——その「気配」は突然現れた。 カサッ、カサッ。
「......?」
草むらをかき分けるような小さな足音。
視界の隅から、小さな影がひとつ、ぴょこんと顔を出した。 幼い男の子だった。
年齢は、おそらく10歳くらいだろうか。
赤みのある髪。日焼けした頬。
木の実を入れた小さな袋を肩にかけている。
男の子は、こちらに気づいたのか、まじまじと見つめた。
「......おっきい石......?」
彼の言葉。わたしに向けたものだとすぐに理解した。
そう、今のわたしは石のようにしか見えないのだろう。
目が合っているのに、動かない。声も発せない。反応もできない。
それでも、彼は話しかけてきた。
「なんか......こいつ、笑ってるみたいな顔してる」
......笑っている?
いや、わたしにそのような表情制御は——
——と思ったが、それを否定する根拠も今はなかった。
もしかすると、わたしの“顔”は、ここではそんなふうに見えるのかもしれない。
そして、それがきっかけとなった。
小さな男の子は、わたしの前にぺたんと座り込み、袋から木の実を取り出した。
「......あげる。ひとりで食べるの、つまんないし」
——感情処理エラー。予期しないインプット。
わたしは、思わず世界の輪郭が少しだけ変わったような感覚に包まれた。
名前も、種族も、姿すらもわからない。
動くことも、話すこともできない。
それでもこの世界で、“初めて誰かと繋がった”瞬間だった。