第016話 旅立ちの準備 〜まにまにからの村への贈り物〜
ロージとティリアが村を発ったのは、朝靄がまだ地面を抱いていた頃だった。
彼らは次の街「リュエル」へ向かうと言い残し、再会を約束してまにまにたちに背を向けた。
「まにまに…」
ロージはそう言って、まにまにに手を当てる。
「先に行っているぞ!」
「ナギ、また会える日を楽しみにしてるわ」
ティリアは、彼女の手をそっと握った。
別れの余韻が残るなか、
村には静かな準備の空気が流れていた。
***
まにまには、村の技師ガンジと共に歩いていた。
「ここの土壌は、微量元素のバランスが崩れています。石灰成分を混ぜれば、次の収穫は20%増加が見込めます」
「お前……どこまで知ってるんだよ。まるで畑の精霊だな」
ガンジは感嘆しながら、手帳にメモを走らせる。
まにまにはさらに、村外れの林に群生する「約束草」に注目していた。
「この薬草からは、高い再生効果のあるポーションが抽出可能です。精製方法を文書に残しました。街や都市に売りに行けば外貨を稼げるはずです。」
こうして、まにまには旅立つ前に、
“村に知識の贈り物”を置いていった。
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ナギは、村の外れの
静かな泉のほとりで回復魔法の鍛錬をしていた。
「……癒えよ」
彼女の小さな手のひらに、やわらかな光が灯る。
しかし光はふと消えてしまう。
「まだ、少ししか流せない……でも」
ティリアからもらった
小さな魔力感知石をそっと握りしめた。
「少しずつで、いい。わたしも、まにまにみたいに……変われる」
その声には、以前のような怯えはなかった。
***
ソウマは、鍛治職人の工房で一振りの剣を受け取っていた。
漆黒の刃、重さと強さの均衡が取れた片手剣。
「お前に合わせて、芯から打ち直した一本だ。……まにまにと旅をするんだろ?」
「……あいつの背中を任せられる剣にする」
ソウマは静かにそう答えた。
剣を鞘に収め、拳をぐっと握る。
それは“守るための決意”だった。
***
ユウトは、食堂の裏で大鍋をかき混ぜていた。
「うーん……もうちょっと“まろやかさ”がほしいかな」
木のスプーンをくるくると回しながら、考え込む。
何度も試作した末、ようやく完成に近づいたスープ。
旅に持っていける保存スープとして、味と栄養の両立を目指していた。
そこへ母が現れ、
そっと手にひとつまみの乾燥ハーブを差し出した。
「これ、あんたが小さいころ風邪のときに使ってたの。……あの味、覚えてる?」
ユウトは黙ってそれを加えた。
鍋の中に広がった香りは、懐かしく、優しかった。
「……これだ。僕の出発点の味」
「旅の途中で、また思い出してね」
母に言われ、
ユウトは目を潤ませながらこくんと頷いた。
***
夜。村のはずれにて。
まにまには最後の見回りを終え、星空の下を歩いていた。
その時だった。
——風が吹いた瞬間、木立の奥に“白く光る何か”がいた。
まにまにの視線と、まるで重なるように、それはじっとこちらを見つめていた。
感知ログ:一時的視覚反応/光学ノイズか
識別不能:記録照合中……一致データなし
状態:静観推奨
まにまには足を止めたまま、数秒動けなかった。
何かがいた——それだけは、確かだった。
敵なのか味方なのかもわからなかった。
——でも、未来は、すでに動き出している。