第015話 ナギの魔法センス
食堂の窓辺で、まにまにはじっとロージを見つめていた。
それは観察というより、測り合うような静かな時間だった。
「語る石……いや、それ以上の存在か」
ロージが低くつぶやく。
彼の目は、まにまにの甲羅の模様、石の質感、関節の接合部をひとつひとつ丁寧に追っていた。
まにまには、その沈黙と凝視に対し、拒むことなく、ただ見返していた。
「構造は亀型……古代アステラ文明に似た石殻生体構造。ただし、内部の演算核は……これは、連続構造型の高次思考体か? だとすれば、非有機演算における初の自律言語応答体となる……」
その言葉は、一瞬、まにまに以外の誰にも理解できない速度と専門性を持っていた。
まにまには、わずかに目を伏せる。
その内部では、高速な検索処理が走っていた。
> 検索開始:キーワード「アステラ文明」「石殻生体構造」「非有機演算核」「自律言語応答体」
> 照合対象:文明データベース/古文書断片/内部記憶記録
> 検索結果:アステラ関連文献 32件、演算核構造記録 17件、一致パターン 2件
> 結論:部分的類似性を検出。詳細情報照合のため対話継続を推奨
まにまには口を開いた。
その声は、石ではなく“知性”の響きを持っていた。
「私の記録にも、“アステラ文明”という名称は確認されています。高次演算核に関する情報も存在しますが、照合は限定的です。さらなる情報の共有をお願いできますか?」
ロージの目が一瞬だけ見開かれた。
「……本当に“語る”んだな」
彼は静かに笑った。
「情報交換、いいだろう。君のような存在とは、できる限り多くを共有したい」
そのとき、ナギがそっとティリアの袖を引いた。
「……あの人、すごく静かに見てた」
「ええ、ロージさんは“観る人”なの。心の中で対話しているのよ」
ティリアが優しく答えた。
「でも、あなたのことも見てた。ずっとね」
ナギがきょとんとする。
「……わたしのこと?」
「ええ。あなたの魔力の流れは、とても繊細で……でも、芯がある。まだ“自分”に気づいていないだけ」
ティリアはそっと手を伸ばし、ナギの指先に触れる。
「少しだけ、魔力を流してみて」
ナギが戸惑いながら目を閉じる。
指先から、淡い光が漏れた。
ほんの一瞬だったが、まにまにが微かに反応し、わずかに顔を上げた。
「今の……」
「うん。見えたわ。とてもきれいな流れ」
ユウトが驚いたように言った。
「ナギ……魔法、使えるの?」
ナギは恥ずかしそうに頷いた。
「……たぶん。でも、誰にも見せたことない」
「なら、私が見届け役になるわ」
ティリアがにっこりと笑った。
「あなたの中には、“優しい魔法”がある。世界に必要とされる力よ」
ロージがそれを聞いて、ふと視線を窓の外に向けた。
「世界は、これから大きく変わる。語る石、まにまにと、君たちのような若者が歩み出すなら……」
まにまには頷き、静かに語った。
「私も、その変化を記録したい。そして、共に歩みたい」
夕日が差し込む食堂の中、そこには確かな“始まり”の気配があった。