第014話 旅する民俗学者ロージとティリア
まにまにが歩けるようになってから数日が経った。
村では、まにまにが歩く姿はすでに見慣れた光景になりつつあった。
とはいえ、その巨体がゆっくりと広場を横切るたび、人々は自然と足を止め、敬意と親しみの入り混じった眼差しを向けていた。
子どもたちは遠くから手を振り、
まにまにが静かに音を鳴らして応えると、まるで“通じ合っている”ようだと笑った。
「まにまにー! こっちにも来てー!」
広場の隅で、ユウトが手を振った。
「今日はね、村の食堂に行こう。僕の両親も、ちゃんと会ってお礼を言いたいって」
ナギも頷き、そっとまにまにの甲羅に手を置いた。
「……歩けるようになって、ほんとうによかった」
まにまには、深く音を鳴らした。
> 状態:日常活動モード
> 心理変数:安定/探索欲求上昇
「では、案内をお願いします」
まにまにがゆっくりと歩き出すと、その後ろに子どもたちの小さな列ができた。
その姿は、まるで大きな先生と生徒たちのようだった。
***
村の食堂にたどり着くと、ユウトの母が出迎えた。
「まにまにさん……本当にありがとう。ユウトが、あなたにどれほど支えられてきたか……聞いています」
そして、厨房からユウトの父が現れた。
逞しい腕には、まだ赤みの残る傷跡が走っていた。
「見ろよ、まにまに」
父は傷跡をくるりと見せながら、にかっと笑った。
「これ、村でいちばんカッコいい傷跡になったと思わんか?
……なにせ、お前と一緒に乗り越えた証だからな」
その場が和やかな笑いに包まれる。
まにまには、少しだけ足を止めたあと、小さく音を鳴らした。
「こちらこそ、ありがとうございます。
わたしも……ユウトくんに、支えられてきました」
ユウトの母がふっと微笑んだ。
「……ごはん、食べていく? 今日のスープはね、ユウトが作ったのよ」
「えっ、お母さん、それ言うの?」
ユウトが赤くなりながら言うと、まにまには音を立てた。
「それは楽しみです。ユウトくんの夢は、“スープ屋さん”になることでしたよね?」
「っ……うん。いつか、世界中のスープを集めて、自分のお店を持つんだ」
ユウトの目が、ほんの少し遠くを見るように輝いた。
「まにまにとも、一緒に行けたらなって思ってる」
まにまには、静かに頷いた。
> 新規キーワード記録:「ユウトの夢」「旅」「世界の味覚」
「きっと、叶います。わたしも、その旅に加わりたいです」
***
そのとき、食堂の扉が静かに開いた。
「失礼。いい香りがしてね……つい、立ち寄ってしまった」
現れたのは、背の低い壮年の男。土埃まみれの旅装束をまとったドワーフだった。
その後ろから、長い耳と金の髪を持つハーフエルフの女性が入ってくる。
ロージとティリア——
その名を、まにまには知らなかったが、すぐに理解した。
ロージはまにまにを一瞥したきり、言葉を発さずじっと見つめた。
石の構造、甲羅の形状、四肢の接地角度——
一点の曇りもない視線で、まるで記憶に刻むように。
「……これは……」
それだけを低くつぶやくと、再び沈黙する。
代わってティリアが前に出た。
彼女の声は、どこか柔らかく、まにまにの存在を歓迎しているようだった。
「あなたが……まにまにさんですね。
伝承にある“語る石”。でも今、私の目の前にいるのは、記録じゃなく——“生きた意志”です」
まにまには、ふたりを見つめるように向き直った。
「あなたたちは……?」
「私はロージ。旅の学者。そしてこちらは助手のティリア」
ティリアは一歩進み、まにまにに礼をした。
「はじめまして。ようやく、会えましたね」
まにまには、静かに微笑んだ。
ロージはまにまにから視線を外さずに静かに礼をした。
ロージの重厚さとまにまにの安定感がなぜか美しいまでにフィットしていた。