第012話 はじめの一歩
「……これ以上は難しいようです」
まにまにの声は、静かに森に溶けた。
「私の身体は、長い年月をかけて地中に沈んでいます。今のままでは、前足以上を動かすことができません」
ユウトは拳を握りしめた。
「だったら、僕たちで掘り出すよ!」
ナギも頷き、小さな手鋤を取り出す。
「……一緒に、外に出ようね」
そのときだった。
「やっぱり、来てたか」
低く落ち着いた声とともに現れたのはソウマだった。
木漏れ日の中から姿を現すと、迷いなくふたりの傍らにしゃがみ、土に手を伸ばす。
「お兄ちゃん……!」
ナギが顔を上げる。
ソウマは微笑を返し、まにまにの前足を見つめながら言った。
「ナギが笑ってる理由……ずっと考えてた。
そして、まにまにを見て思ったんだ。これは“守るべきもの”だって」
ユウトがはっと目を見開く。
「信じてくれるんだ……!」
「もうとっくに信じてるよ。
今は……村の皆にも見せるべき時だ」
ソウマは立ち上がり、ひとつ深く息をつく。
「俺が呼んでくる。きっと、伝わる」
***
それからほどなくして、森にざわめきが戻った。
ソウマと共にやってきたのは、村の大人たち。
その中には、かつてまにまにを恐れていた者たちもいた。
彼らの足が止まる。
そこにいたのは、半身を土から現し、光を浴びながらじっと“誰か”を待っている存在。
「……これが……」
「生きてるのか……?」
沈黙のなか、一人の老人が前に出た。ガンジ——かつてユウトたちを叱った男だった。
ガンジはしばらくまにまにを見つめていたが、やがて静かに言った。
「昔から“しゃべる石”は禍だと聞いてた……
だが今、ここにいるのは“言葉を持ち、助けを求める誰か”だ。
それがわかる目を、俺たちは持たなきゃならん」
彼は膝をつき、まにまにの前足に手を添える。
「すまなかった。……手伝わせてくれ」
その言葉に呼応するように、次々と村人たちが動き出す。
ユウトは目を潤ませながら言った。
「ありがとう……ほんとに、ありがとう」
まにまには、そっと音を鳴らした。
> 外部反応受信:安心、感謝、共鳴
> 状態:地中拘束解除プロセス進行中
「わたしは……みなさんのこの“ぬくもり”を記録します。
わたしの最初の“動き”は、みなさんの手によって支えられるでしょう」
夕暮れの光が、まにまにの甲羅に差し込んでいた。