表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/43

第009話 賢い奴

まにまには森の音に耳を澄ませながら、思考を巡らせていた。


白牙の群れがいったん落ち着いた今こそ、根本の原因を突き止めるべき時だった。

このままでは、再び彼らが現れる可能性がある。


「ソウマさん。最近、川や山で何か変わったことはありませんか?」


木陰にいたソウマが顔を上げ、まにまにの前に歩み寄る。


「……そうだな。じいさんが“裏山の水の音が細くなった”って言ってた。

それに、あの辺りで地面がぬかるんでたって話もあった。地滑りかもな」


ソウマの言葉に、まにまにの内部処理が一気に加速する。


> 音響データ比較:流水音低下/地盤変動:軽度地滑り記録あり

> 地形モデル推定:水流経路に落下物による遮断の可能性

> 仮説構築:川の流れが妨げられ、白牙の水源が失われた可能性


まにまには静かに答えた。


「……裏山の川に何かが落ちて、水の流れを妨げているかもしれません。

それを動かせれば、白牙たちは元の棲み処に戻り、村には近づかなくなるでしょう」


ソウマは一瞬考え込み、やがてうなずいた。


「……わかった。やってみる」


そして歩き出そうとしたその時、まにまにはそっと言った。


「それから、ソウマさん……」


誰にも聞こえないほどの小さな声で、まにまには何かをソウマに伝えた。


ソウマはわずかに目を見開き、少し笑って言った。


「……なるほど。面白いな。やってみるよ」


***


裏山の奥、濁ったぬかるみの先に、それはあった。


大きな岩のようなものが、川の流れを完全に塞いでいる。


「……これか」


「これじゃあ、白牙も水を求めて下りてくるわけだ……」


村の男たちは道具を持ち寄り、てこを使って動かそうとした。


「よし、いくぞ! せーの!」


——しかし、岩はびくともしない。


「くそっ……全然動かねぇ!」


「滑る! 力が逃げてる!」


「無理だろ、こんなの!」


空気が諦めに傾いたそのとき、ソウマが声を上げた。


「——まだだ。やり方を変える」


彼は、あらかじめ用意していた長い丸太を取り出し、数本を奇妙な角度で地面に組み始めた。


「これで、てこの支点を作る。全員でこの端に力をかけるんだ」


「こんな組み方、見たことないぞ……」


ソウマは少し笑って言った。


「……賢い奴が教えてくれたんだ」


男たちは顔を見合わせたが、頷いて丸太の端に並んだ。


「いくぞ! せーのっ!」


ギギ……ギッ!


丸太がきしむ。岩の下に滑り込んだ木が、音を立ててしなる。


ゴウンッ!!


「……動いた!!」


「水が流れるぞ!」


川の水が一気に流れ出し、草を揺らしながら音をたてて森を下っていく。


男たちは泥だらけになりながら、達成感に満ちた表情で息をついた。


「すげえよ、ソウマ!」


「川の流れまで読んだのか!」


その言葉に、ソウマはふっと森の奥を見た。


まにまには、いつもの場所に静かに佇んでいる。


「……違う。これは全部、まにまにが考えてくれたことだ」


男たちは一瞬黙ったが、やがて誰かがつぶやいた。


「しゃべる石ってのは、ただの不思議じゃないんだな……」


まにまには、静かにそれを聞いていた。


——自分の声が、世界に届いた。


森の風に川の音が溶けていく。


それは、知識が誰かの役に立った確かな手応えだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ