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異様な施設2

トマスが呆然と立ち尽くしていると──

音もなく一人の男が立ち上がった。


他の老人たちとは違い、部屋の隅に一人座っていた男だ。

年齢は40代だろうか、体格が良く、全身を覆うような黒い服を着ている。

無表情のまま、静かにトマスの前へと歩み寄る。


「──誰だ」

低く、抑えた声だった。


トマスは身構えた。

男の隙のない動きに、ただの老人ではないことが一目で分かったからだ。


他の老人たちは最初こそ動揺していたが、すぐに落ち着きを取り戻した様子だった。

一人の白髪交じりの老人が、トマスに向かって穏やかな口調で問いかける。


「君、名前は? なぜここに来た?」


トマスは迷った。

だが、ここで嘘をついても無駄だと直感した。

何より、リサのことが気がかりで仕方がない。


「トマス・ベイン。……リサ・クレインを探している。彼女は、俺にとって……大事な存在だ。」

震える声を抑えながら、必死に言葉を繋いだ。


老人たちはしばし顔を見合わせると、また一人が口を開いた。


「安心しなさい。リサは無事だ。……あとで、ちゃんと会わせてやる。」


その言葉に、トマスは思わず膝の力が抜けそうになった。


「だが、その前にいくつか聞かせてもらうよ。君の目的を、正直に。」


促され、トマスは深呼吸した。

そして、港湾局の許可を偽造してまでリサを追ってきたこと、彼女の身を案じていることを、包み隠さず話した。


老人たちは黙ってトマスの話を聞き、時折うなずいたり、小声で確認し合ったりしていた。

リサの話と照らし合わせているのだろう。


やがて、最初に話しかけた白髪の老人が、柔らかく微笑んだ。


「……君は、信じられそうだな。」


周囲の者たちも、小さくうなずき合う。


トマスはまだ緊張していたが、少なくとも敵意はないことを感じ取った。

ただ、気になるのは、すぐ近くに控え続ける黒服の男の存在だった。


老人は、トマスの視線に気づいたのか、軽く説明する。


「彼は我々を護る者だ。我々は──国に所属する、科学者たちだよ。」


「……科学者?」


トマスは戸惑った。

森の奥に隠れるように、なぜ?


白髪の老人は苦笑した。


「詳しい話は、リサと一緒に説明しよう。……だが、君が知るべきなのは、

ここには、国王直属の監視者が常に目を光らせているということだ。」


黒服の男がわずかに口角を上げた。

冗談でも脅しでもない。ただの事実──そんな無機質な微笑みだった。


トマスは無意識に息を呑んだ。

だが、リサが無事でいること。

そして、自分たちが何か大きなことに巻き込まれていることだけは、確信できた。


黒服の男と、白髪交じりの老人に導かれ、トマスは建物の奥へと進んだ。


長い無機質な廊下を歩き、何度か角を曲がった先──

そこに、重厚な木の扉があった。


老人が一言だけ言った。


「……ここだ。」


黒服の男が無言で鍵を外すと、扉がわずかにきしんで開いた。


中は──意外なほど整えられていた。

清潔なベッド、暖かな毛布、本棚、小さな机。

まるで、どこにでもある普通の部屋。


だが、外からかけられていた鍵が、この空間の意味を雄弁に物語っていた。


部屋の中央、窓辺に座っていた人影が振り返る。


「……トマス?」


リサだった。


驚きと、戸惑いと、そして何より、安堵の色を浮かべて──

彼女は小さく立ち上がり、トマスへ駆け寄った。


「……ごめん……!」


かすれた声でそう言うと、リサはトマスの胸に飛び込んだ。

細い肩が震えている。


トマスは、思わずその体を強く抱きしめた。


(……本当に、生きてた……)


全身から力が抜けそうになるのを必死で堪えた。


リサは涙をこらえるように、彼の胸元をぎゅっと掴みながら、繰り返し謝った。


「……本当は、こんなことに巻き込みたくなかった……。でも、でも……!」


トマスは静かに彼女の頭を撫でた。


「いいんだ。無事でいてくれて……それだけでいい。」


二人はしばらく言葉もなく、ただ互いの存在を確かめ合った。


──そんな時間を、老人たちは邪魔しなかった。


白髪の老人が、そっと声をかける。


「……一時間後に、説明の時間を設けよう。君たちも、少し休んでおきなさい。」


そう言うと、彼らは静かに扉を閉め、去っていった。


部屋には、静かな温もりと、止まりかけていた鼓動だけが残った。

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