バスジャック
〈春の雨寒さよ我を洗ひたれ 涙次〉
【ⅰ】
杵塚はコンビニの駐車場にカワサキZ250を停めた。
雨なので、由香梨はバスで帰つてくる。濡れたポンチョを脱ぎ、イートインのコーナーで、熱い珈琲を啜る。ラジオをイヤホンで聞いてゐた。何の事はない。暇なのである。
と、ラジオのニュースで、「世田谷區のフリースクールのスクールバスがバスジャックされてゐる模様です!」との報が...。「もしや!?」
ケータイを見る。「Help!!」と一言だけ、メールで送られてきてゐる。「大變だ!」
【ⅱ】
バスは運轉士自身がジャックしたやうだ。じろさんに話をすると「何ぼやぼやしてるんだ。由香梨を助けなきや!」バスが停められてゐる、という三軒茶屋に急いだ。じろさんの三菱デボネアに、じろさん始めカンテラ・テオ・悦美・杵塚・牧野が乘り込んだ。
「【魔】でなからうと、これは俺たちが一働きしなくちやな」とカンテラ。じろさん「全く、世の中だうにかしてゐるぜ」
現場に着いた。マスコミ各社が詰めかけてゐる。「お、カンテラ一味」と或るテレビ局のレポーターが、気付く。じ「うちのもんが、中にゐるんだ」レポーターすかさず、「だうやらカンテラ事務所が動いたやうです!」家族の人か、「助けてください、カンテラさん!」と詰め寄る。顔を知つた警察官から事情を訊くと、「乘つてゐる子供たち全員の身代金を要求してゐます」。カ「幾らだ」警「それが...3億に上る巨額なのですよ」カ「俺たちが一千萬で片をつける。それなら文句あるまい」警「ご家族を説得してみます」
【ⅲ】
警察官たちの説諭に應じない、そのドライヴァーは、單にカネ目当てゞはなく、何か一丁大きな事をやらかして、世間の耳目を集めたい、とそんな事を口走つてゐる、と云ふ。だうやら【魔】ではない。取り敢へず、一味一同胸を撫で下ろした。
カ「これが【魔】だつたら、話はこじれたからなあ」じ「さて、だうする、カンさん?」カ「じろさん警察に、突入の手筈を整へさせてくれ」じ「強行突破するのか?」カ「それ以外に道はあるまい」
見ると、ドライヴァーが刃物を突き付けてゐるのは、由香梨だつた。子供たち皆のリーダー格であるのが仇になつたらしい。杵「我慢してくれよ、由香梨」カンテラが弓に矢を番へた。じろさんを先頭に、警官たちが列をなした。
カンテラ、弓を引き絞り、「やつ!!」バスのガラスを突き破り、矢は犯人の頭を貫いた。じろさん、警官隊が、バスに突入する...。犯人は即死してゐた。
先の警官、事情聴取の上、由香梨はパトカーで事務所に送り届ける、と云ふ。
杵「由香梨、よく堪へたな」由「あたしはダイジョブよ。それよりみんなに怪我、ない?」
⁂ ⁂ ⁂ ⁂
〈待つ子らを解放するは大人たちではなく子らの成長なのか 平手みき〉
【ⅳ】
じろさんが發見したのだが、犯人は胸のポケットに、ルシフェルの遺影を忍ばせてゐた。彼が魔道の者ではなくとも、誰か【魔】に誘惑されての犯行、だと分かる。
カ「テオ、きみ、帰つたら当たつてくれるか」テ「ラジャー」
「だうやらこいつですね」とテオ。「バスジャッカーたちの、世に對する怨念が寄り集まつた、『はぐれ魔』」「そいつだな」さて、カンテラ、だう彼を片付ける?
証拠物件として警察に押収されていたスクールバス。夜、仲本の手引きで警察の駐車場に忍び込んだカンテラ・じろさん。じろさんがバスの周りにガソリンを撒いた。火を放つ。たちまち炎上するバス。仲本「な、何を!?」カ「これが俺たちのやり方さ」
【ⅴ】
立ち昇る焔から、ゆらり、現れた者がある。「誰だ俺を呼んだのは?」「お前だな、『はぐれ魔』よ」とカンテラ。「き、貴様、カンテラ!!」カンテラ拔刀し、「しええええええいつ!!」
【魔】は袈裟懸けに斬り斃された。
「つたく、強引なんだよ」。仲本はこの一件で、始末書を書かねばならず、ぶうぶう文句を云つてゐたが、分け前をぽん、とじろさんに積まれて、黙した。「ま、云つたろ? これが俺たちのやり方、なのさ」
「兄ちやん、あたし、ヒーロー扱ひなんだ。學校で」と自慢する由香梨。子供たちの方が、よく分かってゐる、と見えた。
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〈煙草喫ふ者震はせて春雪よ 涙次〉
お仕舞ひ。