表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

自転車の背中

作者: 夢宇希宇

 梅雨が明け、じりじりと焦がすような夏が始まろうとしていた。

 平凡で退屈な毎日だったけど、誰が特別で私が特別とかそんなことを考えたこともない。高校生活も半ばを過ぎ、来年になれば受験勉強に忙殺されるだろう。

 窓際の席の私は、授業を聞きつつ、ぼんやりと窓の外に視線を送っていた。

「すみません。試合で遅れました」

 そう言い教室のドアを開け入って来たのは、フジキだった。野球部の試合か。小中学校と同じだったけど、挨拶を交わすくらいの中途半端な付き合いで、いいなとは思っていたけど、特別にどうこうしたいとは思わなかったし、そんな勇気もなかった。

「…キノシタ。キノシタ、聞いてるのか?」

 教壇のイシイ先生に呼ばれて、ちょっと焦った。

「…は、はい」

「集めたアンケートは、今日中に職員室に持って来るように。忘れるなよ」

 忘れてはいないけど、私はクラス委員で度々、こういう役目を背負わされる。

「だ、大丈夫です。わかりました」

 周りからクスクスと笑い声が聞こえた。フジキを見ていたとは口が裂けても言えない。

 午後の授業を終えると、私は言われていたアンケートを抱えて、職員室を目指した。

「失礼します」そう言い、イシイ先生にアンケートを渡すと、

「おう、ありがとうな。気をつけて帰れよ」

「はい、失礼します」そう返し、職員室を後にした。

 大学受験とか進路とか言われても、いまいち実感もない。そんなことをぼんやりと考えつつ帰路に着く。私は割と家が近いので、徒歩通学だ。

 そんな私をびっくりさせたのは、そこにフジキがいたから。

「よう、帰りか?」

 駐輪場で、このタイミングで会うことになるとは思っていなかった。

「帰りだけど、何か?」不愛想な言葉が私の口から出た。

「乗ってけよ」

 フジキが何を言っているのかわからなかった。

「ここだよ。後ろに乗ってけ」

 そう指差したのは、自転車の後部座席だった。

「何で私が?」

「俺が乗せたいと思ったからじゃダメか?」

 何と返答したらいいかと迷った。

「二人乗りは禁止されてるんだけど?」

「いいじゃん、今は」

「でも、…」

 どう言っていいか困っていると、私以上に困っているらしきフジキが言った。

「俺のこと嫌いか?」

 これは本当に困る。困るよ、本当に。

「…嫌いじゃ…ないけど…」

「じゃあ、乗ってけよ」

「わかった」

「おう」

 戸惑いつつ、フジキの自転車の後ろに乗った。自転車の後ろで、夏服のフジキの体温を感じた。

「割とというか、ちょっと私はフジキが好きかもしれない」不思議な勇気が出た。

「俺はお前以上にお前が好きだ」

「そうなんだ」

「そうだ」

「いつくらいから?」

「そうだな。小学校の頃くらいだな」

「そうなんだ」

「キノシタは?」

「私も同じくらいかな」

「そうか」

「うん」

「俺はキノシタがずっと好きだった」

「私もよ」

 私の人生で一番の勇気が出た。

「そうか」

「うん、嬉しい」


自転車の背中

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ