自転車の背中
梅雨が明け、じりじりと焦がすような夏が始まろうとしていた。
平凡で退屈な毎日だったけど、誰が特別で私が特別とかそんなことを考えたこともない。高校生活も半ばを過ぎ、来年になれば受験勉強に忙殺されるだろう。
窓際の席の私は、授業を聞きつつ、ぼんやりと窓の外に視線を送っていた。
「すみません。試合で遅れました」
そう言い教室のドアを開け入って来たのは、フジキだった。野球部の試合か。小中学校と同じだったけど、挨拶を交わすくらいの中途半端な付き合いで、いいなとは思っていたけど、特別にどうこうしたいとは思わなかったし、そんな勇気もなかった。
「…キノシタ。キノシタ、聞いてるのか?」
教壇のイシイ先生に呼ばれて、ちょっと焦った。
「…は、はい」
「集めたアンケートは、今日中に職員室に持って来るように。忘れるなよ」
忘れてはいないけど、私はクラス委員で度々、こういう役目を背負わされる。
「だ、大丈夫です。わかりました」
周りからクスクスと笑い声が聞こえた。フジキを見ていたとは口が裂けても言えない。
午後の授業を終えると、私は言われていたアンケートを抱えて、職員室を目指した。
「失礼します」そう言い、イシイ先生にアンケートを渡すと、
「おう、ありがとうな。気をつけて帰れよ」
「はい、失礼します」そう返し、職員室を後にした。
大学受験とか進路とか言われても、いまいち実感もない。そんなことをぼんやりと考えつつ帰路に着く。私は割と家が近いので、徒歩通学だ。
そんな私をびっくりさせたのは、そこにフジキがいたから。
「よう、帰りか?」
駐輪場で、このタイミングで会うことになるとは思っていなかった。
「帰りだけど、何か?」不愛想な言葉が私の口から出た。
「乗ってけよ」
フジキが何を言っているのかわからなかった。
「ここだよ。後ろに乗ってけ」
そう指差したのは、自転車の後部座席だった。
「何で私が?」
「俺が乗せたいと思ったからじゃダメか?」
何と返答したらいいかと迷った。
「二人乗りは禁止されてるんだけど?」
「いいじゃん、今は」
「でも、…」
どう言っていいか困っていると、私以上に困っているらしきフジキが言った。
「俺のこと嫌いか?」
これは本当に困る。困るよ、本当に。
「…嫌いじゃ…ないけど…」
「じゃあ、乗ってけよ」
「わかった」
「おう」
戸惑いつつ、フジキの自転車の後ろに乗った。自転車の後ろで、夏服のフジキの体温を感じた。
「割とというか、ちょっと私はフジキが好きかもしれない」不思議な勇気が出た。
「俺はお前以上にお前が好きだ」
「そうなんだ」
「そうだ」
「いつくらいから?」
「そうだな。小学校の頃くらいだな」
「そうなんだ」
「キノシタは?」
「私も同じくらいかな」
「そうか」
「うん」
「俺はキノシタがずっと好きだった」
「私もよ」
私の人生で一番の勇気が出た。
「そうか」
「うん、嬉しい」
自転車の背中