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いめか、うつつか、胡蝶のゆめ(1)

※「いめか、うつつか、胡蝶のゆめ」が終わるまでは、1時間ごとに次話が投稿されます。

「コトツムギさんに興味があれば、LARP(ラープ)のイベントに出展してみませんか?」


 私が宣伝用に使っているSNSのアカウントに、ダイレクトメッセージが送られてきたのは、十一月末のことだった。


 声をかけてきたのは、私が個人的に興味があってアカウントをフォローしていたLARPイベントの主催団体だった。初めまして、『異界渡り』代表のサイトウと申します――そんな丁寧な文言から始まったメッセージは、冒頭の言葉でしめくくられていた。


 LARPというのは、Live(ライブ) Action(アクション) Role(ロール) Playing(プレイング)の略称であり、現実に用意された会場などを架空の世界に見立て、参加者は、その場に居合わせたキャラクターになりきるというものだ。発祥は海外であり、日本では「大人がする全力のごっこ遊び」などと説明されることも多い。


 というのも、LARPでは設定された世界観に合わせて服を着替えるのはもちろんのこと、所持品なども世界観に合わせて用意することが多いのだ。主催する団体の方針にも左右されるらしいが、本場海外で行われる大規模なイベントでは、その世界観にそぐわない物は一部例外を除いて極力使うことはないという。中世ヨーロッパをイメージした世界観であれば、喉が渇いたからといって、ペットボトルのジュースを飲む、などということはしないのだ。


 けれど、仮にそんな場面があったとしても、参加者たちは一様に不思議そうな顔をして言うのだろう。なんだそれは、おまえの水筒か? ずいぶんと奇妙なカタチをしているのだな――


 つまるところ、参加者たちのなりきり度合いもまた、本格的なのである。


 三十路になっても経験したことはなかったが、興味はあった。だからこそアカウントのフォローをしていたのだし、私自身もまた〝魔法の道具を作っている異世界の錬金術師〟という体で、ハンドメイド作家をしている。誘いを断る理由など、どこにもなかった。

 私は数秒ほど考えてから、パソコンのキーボードに指を滑らせた。


「ちなみに、異界渡りさんが次に開催されるイベントの方針は、どういったものでしょうか。世界観ですとか、持ち込まないでほしいものですとか」


 正式な回答は保留にしておいた。挨拶もそこそこに、気になっていたことを尋ねてみる。ダイレクトメッセージを送ってから、数分と経たないうちに返事があった。


「世界観は異世界ファンタジーですね。時代は中世の頃を想定していますが、ヨーロッパだけでなく、アジア系の衣装もありです。持ち込み禁止を設ける予定もないので、気楽にしてほしいです」


 異界渡り代表のサイトウさんは、続けた。


「最近になって、ようやく日本でも知名度があがってきましたが、まだまだLARPのハードルは高いようなので。うちは、LARPの入り口になれたらいいなと思っています」


 なるほど。と、思った。これなら未経験者である私でも参加しやすいかもしれない。


「LARP用の衣装を持っていないんですが、買うには通販しかないでしょうか」

「いえ、実店舗もあります」


 サイトウさんがメッセージを入力している旨の表示が出る。気のせいだろうか。メッセージを打ちこむのに、少しだけ時間がかかっているような気がした。


「コトツムギさんのお住まいは、どちらでしょうか?」


 もし都内に近いようでしたら、こちらで制作した衣装を販売している店舗があるのですが――


 私がサイトウさんとの初顔合わせを実現したのは、その翌日のことだった。


「まさか、本当にすぐ来てくださるとは思ってもみませんでした」

 眼鏡の奥にある目を細めて、異界渡り代表であるサイトウさんはほがらかに笑った。


「フットワークが軽いんですね。すごいです」

「興味のあることにはまっしぐらなだけですよ」

「いいじゃないですか。素敵なことだと僕は思いますよ」


 最寄りの駅まで迎えに来てくれたサイトウさんは、すらりと背の高い男性だった。老若男女が行き交う駅の人混みの中でも、彼は頭ひとつ飛び出ていた。事前に背が高いという情報を聞いていたこともあって、初対面でありながらも待ち合わせはスムーズにいった。


「そうでしょうか」


 サイトウさんがあまりにも褒めるものだから、私ははにかんだ。


「でも、わざわざ迎えに来てもらってよかったんですか? お店のほう、人がいなくなってしまうんじゃ」


 彼が営む『イフェイオン』は、LARP衣装専門店だった。個人経営のこぢんまりとした店であるらしく、普段の店番はサイトウさんがやっていると聞いた。その彼が今ここにいるということは、店のほうには誰もいないことになるのではないか。

 サイトウさんはからからと笑った。


「大丈夫ですよ。今日は知人が手伝いに来てくれる日ですし、うちは通販がメインですから、もともと店にはあまり人がこないんです」


 だから心配にはおよばない。言外に、そう言われているのがわかった。私が気まずく思う必要はないのだと。彼は自然に気遣いができる人なのだろう。異界渡りの代表として、メンバーをまとめるだけのことはある。


「あ。もしかして、手伝いにいらしている方っていうのは、異界渡りのメンバーだったりするんですか」


 私が問えば、サイトウさんは「お」と、声をもらした。


「さすが、コトツムギさん。察しがいいですね。そのとおりです」

「それはもう。独学とはいえ、私も魔法を学んだ錬金術師のはしくれですから」


 少しふざけて言ってみたら、サイトウさんは思わず、といったようすでふきだした。


「いいですね。その調子ですよ」


 こほん、と咳払いをひとつして、サイトウさんもまた声色を変える。


「コトツムギ嬢が作られる魔導具は実に素晴らしいものだと思っていましたが、魔法は独学で学んでいらしたとは。ただただ感服するばかりです」

「お褒めにあずかり光栄です、イフェイオン皇帝」


 うやうやしく頭をさげ、私はサイトウさんの顔をちらと見あげた。また、サイトウさんがふきだす。どうやら、彼は笑いの沸点が低いようだった。


「では、我が宮へまいりましょう。コトツムギ嬢、こちらへ」


 サイトウさんに先導されて、人でごった返す駅構内を歩きだす。南西口へと向かいながら、私たちは互いに顔を見合わせ、今度はふたりして笑った。

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