帰還
光の明滅しか変化の無い亜空間ではあるが、船は進路を記憶しているかのように迷い無く進んで行った。ランタンに付けられた砂時計はかなりの精度があるようで、砂粒が落ちきると同時に船の動きも止まっていた。
その先に見えるのは相変わらずの闇……かと思ったのも束の間、突然暗闇の中にスッと一筋の光が差して扉が開いて行く。
そして目の前には、姿勢を正して恭しく会釈する都次の姿があった。
「渡守様、渡琉様、お帰りなさいませ。ご無事なご帰還何よりでございます」
今まで全く自覚は無かったのだが、到着するまでの間、渡琉は無意識に気を張っていたようで、都次の顔を見た途端、なぜかホッとしている自分に気付いてその照れくささに、苦笑を浮かべながら頷きを返すのだった。
「ただいま、都次。
俺……ああ、駄目だ。語彙が崩壊してるよ、上手く言えない……ただ……ただ凄かった!」
「それで正解ですよ? 後でゆっくり聞かせて下さい。先ずは身体を休める事です、この仕事に関してはいつ休めるか解りませんからね?」
そして、気が付くといつの間にか頭の上に乗せられていた祖父の手が、ポンと優しくねぎらいを与えてくれていた。
「初めてにもかかわらず、なかなかいい対応が出来ていた。渡琉、これからもよろしくな?」
もう既に閉じられている扉をもう一度振り返る。
ひたすらに夢中で、わくわくしながら見て回り体験した。しかしその一方、亜空間内で聞かされた出来事、それらは渡琉の心を引き締めるのに十分過ぎる内容でもあった。
出掛けた時は昼過ぎだったが、帰ってみるともう既に陽は落ちていた。言われた通り、渡琉は夕飯もそこそこに休ませて貰うことにした。
部屋へと戻る際に庭先を照らす光へと目を向ける。空には星が輝き一際明るい満月がそこにあった。それは何度も繰り返し見慣れた光景ではあったのだが、それが今の渡琉には……帰って来たんだ……という思いを改めて認識させてくれるものだった。
東向きで、素朴なしつらえの庭に面した畳敷きの部屋には、既に布団一式が用意されていた。
渡琉は早速布団を敷き、大の字になって寝転んだ。
障子を通して差し込んで来る月明かりが目に優しく心を和ませ、渡琉は改めて今日の出来事を振り返った。
亜空間の存在を肌で感じ”異界”であるパルヴァンティを訪れたからだろうか?自分達が日本人では無く、異界の一族だった事に対して驚きこそありはしたが、なぜかその事にすんなり納得している自分がいた。
その他色々気になる点は多いが、今回の事だけでもその内容が膨大過ぎて、とても一朝一夕に把握することなど出来ないだろう。
それでも、おおよそではあるが亜空間の様子や一族の歴史とその役割を知り、合わせて異界として存在するパルヴァンティでの実体験、そして帰り際に聞かされた一族の災難と、あの、土偶のような物……祖父の事だ。あの得体の知れないものの事は別にしても、当然この結果を踏まえて、都次と入念なスケジュールを組んでくれていたのだろう事は想像に難くない。
そうでなければ、たったの一日で、異界に対して0歳児であった自分が祖父の助手見習い程度になれる筈も無いからだ。
身体的な問題は無かったが、精神的には余りに情報量が多すぎるというハードなスケジュールではあった……
そうは言っても、いきなり体験づくしの”千尋の谷”に突き落としたりしない所は、十分孫に甘いのだと思う。
但し……その”甘い”という冒頭には、個人の力量を十分に見極めた上ではあるが、本人に自覚させない”スパルタ級”という文字が付いているのだったが…
祖父から直接言われた訳ではなかったが、その理由を渡琉は、亜空間内で否が応にも気付かされる事になったからだった。亜空間というあの特殊な環境の中だったからという事もあるかも知れない……
幼い頃、祖父から聞かされていた異世界の物語は、子ども向けのふわふわとした夢溢れる話ばかりでは無かった。手に汗握る、ハラハラ、ドキドキする場面……相手に追われ坂を転がり落ちる様、突然行く手を阻まれ、迫り来る得体の知れないものに襲われ、恐れおののく様など……勿論、ラストでは、その困難を乗り越え無事に生還することになるのだったが……
それが架空の話ではなく、祖父、或いは一族の誰かの体験談だったとなると、まったく話は違ってくるのだ。もちろん、全ての内容を詳細に語っていたわけではないだろうが、少なくとも、自分がこれから訪れるであろう”異界”が、パルヴァンティのように平和で治安のいい異界ばかりで、観光気分で仕事をこなせる……などと、亜空間で聞かされたマラディークで起こった出来事や祖母の家族、一族を突然分断した”壁”の出現などを知った今となっては、到底思える筈もなかった。
だからこそ祖父は、詳細な事前情報を与えることなく、自分自身でこの先に迷いなき選択をさせるため、敢えていきなり”異界”へと連れて行ったのだろうと思う。
そうした祖父の気遣いは嬉しかったが、渡琉の中で、縁側で問われた事への答えは少しも変わってはいない。
気持ちは充足していても、思いの外疲れていたのか渡琉は、いつの間にか泥のように深い眠りへと落ちて行った……
翌朝、朝陽に促されて目覚めた渡琉は、屋敷に滞在中の時と同じようにダイニングの方へと向かった。
「おはようございます」引き戸を開けると、複数の声が挨拶を返す。
カウンターを挟んでレストランの厨房ほどあるキッチンからの声は、料理担当の大伯父夫妻、既に食事を終え渡琉への食事を運んでくれているのは、都次とその助手、貴晒東と巽だった。
「東さんに巽さん、久し振りだね? 元気そうで良かった」
彼等は都次と同年代で、昔からの顔見知りだが滅多に会う事は無い。明確な区分けは無いが、彼等は一応分家にあたる貴晒家に連なる人達であり、名字は同じだが二人とも兄弟ではなかった。詳細は知らないが彼等は神出鬼没で、フロウトとの関係性も深く、本社界隈から頂舟村を始め、果ては海外にまでと飛び回っているらしい。
人懐っこい笑顔が印象的な巽は、何度か見掛けてもそれが決め事であるかのように、いつも必ずスウェットや上下共にオーバーサイズの服を着ていた。今にして思えばそれが仕事柄計算された上での事だったと解る。
天パで茶系の髪に、たれ気味の目をした小顔に浮かぶ笑顔。今日はゆったりした黄色のTシャツにワイドパンツだ。その下にしなやかで鍛えられた体躯があったとしても、その見た目と線や形を強調しない柔らかな雰囲気がそれを感じさせることは無いだろう。巽の人懐っこさ、それが仕事上なら……周りに溶け込みやすく、相手の心に隙を作りやすくなることに繋がる。渡琉がこんな事を考えてしまうのは、もう一人いる東の存在だった。
その東はと言うと、鮮やかなブルーのポロシャツに無難なベージュ系のスラックス、一見すると普通だが、その服装も緻密な先読みの思考に基づいているようだ。東も巽と同じく服装はポロシャツや衿の高いシャツなどに統一されていて、その上にテーラードジャケットなどを着込み、靴もローファーに替えるだけで対外的にも十分な装いになる。
これは祖父や貴晒家の人達から聞き及んだ事だが、どうやら二人は常に二人セットで行動しているようで、立ち位置的には東が表、巽が側面と裏手という役割らしい。だから東は外交的役割を担うため、普段着から直ぐにビジネス&オフィスカジュアルに切り替えられるよう配慮しているのだろう。
それを聞いた渡琉は、確かに東は表側だろうなと納得してしまったものだ。柔らかすぎず応用の利くミディアムショートの髪、その顔は欠点の見つけられない整った顔立ち、そこにあの服装を加えれば万人受けする外交官の出来上がりだ。しかも東には奥義とも言える特技があり、様々にその表情だけで自分を変化させられる。
言ってみれば隙一つ無い優秀な外交官にも、一癖も二癖もある裏の顔役にすら成れるという事だ。
子どもの頃は、単にころころと表情の変わる面白いお兄ちゃん……位にしか思っていなかったのだが。
確かに……この二人が揃えば”向かう所敵無し”だろうな。
そんな二人だがその内面は、常に揺らぎの無い信念を元に行動しているのでは? と感じる、例えるなら”都次”に近いように思う。素人目にそれを見抜けないのは、それだけ彼等が用意周到に立ち回っているからだろう。
「渡琉君、暫く会えてはいないけど、君の事は渡守様や都次から聞いているよ?
今日は俺達も施設の案内に加わるからよろしくな?」
そう言って東は、小さく手を振る巽と共に出て行った。
「爺さま、案内って?」
隣に座る祖父に尋ねると、どうやら今日一日、異界に関連する施設を都次、東さんと巽さんの三人で大まかにではあるが案内してくれるということだった。
「今の所、異界に目立った動きは無いようだから、今の内に仕事の流れや事後処理について説明しておこうと思ってな? 」
頭に浮かんだのは、神殿にあった金属扉の部屋……あの時はざっと見回しただけだったので渡琉はずっと気になっていたのだった。
食事を終えて、これからお世話になる大伯父夫妻に丁重に礼を済ませた渡琉は、祖父と共に広縁に向かい、そこに腰を落ち着けて仕事の話を聞いた。
異界で行われている”召喚”について、事前に察知する事は今の所不可能で、確認出来る程の大きさを持つクレビスホールの円環は、召喚を行う側にしか現れない事によるのだという。召喚される側のクレビスホールは小さいか、或いはいびつな形状をしており、しかも短期間で消えてしまうらしい。
そのような理由があり、そもそも祖父達が日本へ移住出来たのもあくまで偶然が重なった結果であり、あの扉は一族の能力と”扉”を設置する事によりクレビスホールに代わる役割が保たれているのだということだ。
そのために、探索ロボットの”カラク”が定期的に亜空間内を偵察し、異変を報告、クレビスホールからその異界へと進入し、異界や召喚者などの情報を逐一知らせてくれるのだが、異界へ渡り行動を起こすのは、どうしてもその後になってしまうのだという。
そして、その情報を元に異界へと赴き、召喚者を同行して帰るまでが仕事なのだという。
「亜空間と異界に関しては、同行する私がその都度教えていくが、帰還後の召喚者については、貴晒家が中心として担当し、相互間の仲介や情報通信関連は都次が担当してくれているから、後で詳しく聞いておくといい」
説明を受けた後、渡琉は一人、回廊を通って神殿の裏側へと入って行った。中は既に灯りが点いていて、都次と東、巽の三人が出迎えてくれた。
「渡琉様、お待ちしておりました。私どもでこれからコントロールルームの説明とその後、東、巽の二人から召喚者の帰還手続きなどをお教えしていくことになりますので、よろしくお願い致します」
その丁重な対応は慣れたものだが、祖父はともかく、都次は相変わらず渡琉に対しても自分の主であるかのように敬ってくれる。それが久し振りのこともあって渡琉はほんの少し照れくさかった。
最初に連れて行かれたのは制御盤のような操作機器が並ぶカウンター前だった。
「異界に異変が起きた場合にカラクから情報が配信されてモニターに表示されます。それぞれのカラクについては情報共有しているため個々に大きな違いは無く、BOXの点滅によってクレビスホールの出現状況なども解るようになっております。
その情報を渡守様に伝え、必要な機材の準備、貴晒に失踪ないし行方不明者、事件や事故などの情報収集を依頼。
異界での進行状況を把握しつつ事後処理の体制を整え、帰還後の全ては貴晒を中心として行われます」
モニター画面に表示があるのは、少数ではあるがパルヴァンティのように円環を閉じることなく、継続的に交流が続いている異界で、その他は随時カラクからの情報を映し出すための予備なのだという。
そして、次に案内されたのは格納庫前だった。いくつかある60㎝程のものは収納庫で、東が中の物を見せてくれた。
中身は折り畳み式の担架でかなりの数が納められており、その他は簡易テーブルのうような物から医療用の機器や薬品などだった。
「帰還者に何かあれば、すぐに対処出来るように準備している。ドクターも来るが、まあ殆ど経過観察だけだな。都次、収納してくれ 」
説明の後、東が都次に何か指示を出すと、突然部屋の内部が一変した。カウンターなどは床下に収納され、モニターなどもスクリーンらしきものに覆い隠されて部屋は何も無い空間になり、同時に大型の格納庫が開いた。中に見えたのは大きさが自動車ほどあるカプセルのような形のもので、”医療ポッド”なのだという。
渡琉はその説明に……パルヴァンティでの驚きとは違って、まさにバーチャルリアリティを体感しているかのような錯覚に囚われた。
格納庫の壁面に都次が触れると、そこにタッチパネルが現れ、何やら操作すると格納庫内部は立体収納のようで、それから五段階に渡って様々な機器がその姿を見せたのだった。
東や巽からその度に説明があるのだが、その内容も役割も十分に理解は出来た。しかし……喜々としてそれらの機能を語る二人に渡琉は待ったを掛けた。
「二人とも待てって! 説明も機能についてもありがたく聞かせて貰ったけど、こんな物、大げさじゃなく国家機密レベルだろ? 半数ぐらいは研究段階で現実に可能なものもあるけど、医療ポッドなんてSFの世界だし、そもそも亜空間や異界での運用とか、カラクという事例があるにしても……」
勿論、亜空間をエンジンも無く進む船の動力もだが、パルヴァンティでの言語理解などを含め、自分達も異界人であり、詳しくは聞いていないが、特有の能力らしきものがあることを考えればまだ納得出来る。
しかし、カラクの精密過ぎる動きや本物と変わりない外見など、地球において全ての科学技術情報が開示されていないのだとしても、今現在のテクノロジーに比べて余りにも高度過ぎるのだ。そして、これが超高度文明を持つ異界の物だったとしてもここ、地球での運用にはどうしても疑問が残る。
渡琉の言葉に都次を始め、東と巽までしばし互いに顔を見合わせていたのだが、突然笑顔で渡琉のそばへ詰め寄ると、都次は何故か得意げに腕を組んでいるし、二人は嬉しそうに背中を叩くのだった。。
「いや、さすがだな。こんな短い時間で現代技術との相違点や異界での運用にまで思い至るとは……」
東は感心したようにグリグリと頭を撫で回した。
「これで、僕達は安心して自分の仕事に専念出来るよ。渡琉君……いや、もう渡琉で良いよね?異界の事は渡守様と渡琉に頼んだ。その他のフォローは安心して都次や僕達貴晒に任せてくれ」
巽も同様に褒めちぎってくれるが、肝心の答えは貰っていない。
「渡琉様、私達も全てを把握している訳ではありませんが、異界にも地球より遥かに高い文明を持つ所も存在します。これらの技術はそこから我々に会わせて改良したうえで提供されたものですので、ご心配には及びませんよ? セキュリティに関しても……後、千年程進化しなければ地球側に対応することは不可能でしょうから、発見される恐れもありません」
なるほど……都次の説明を聞いた渡琉は、改めて自分の立ち位置をまったく自覚していなかった事を思い知らされた気がした。
祖父に比べれば自分の経験値など微々たるもの、それでもいつか追い付きたいとずっとその背中を見てきた。だからこそ、祖父のようにいつも自分の周りだけに囚われることなく、多元的視野を持つように心がけて来たつもりだったのに。
だが、結局自分は浮かれていたのだろう。余りに現実離れした異界、そして亜空間に……それが仕事としての研修段階のような機会であったにも関わらず……
「いやいや、違うって……そんな褒められる事じゃ無いだろ? 確かに、多少は現実を見てた部分もあるかも知れないけど……痛っ!」
話の途中、東から突然デコピンをくらった。
「馬鹿だな? いいんだよ、そのままで。渡琉、褒められたら素直に受け取れ、それはお前が正しいことの証明だ。それが自信に繋がるんだからな? 渡守様や俺達がお前を褒めるのは道しるべなんだ。
お前の進もうとしてる進路は間違ってないから先に進めってな? お前はまだ半人前どころか、歩き始めの赤ん坊なんだから、甘えろ、ぶつけろよ。俺達はそのために、いるんだから……」
「良い言葉で締めくくったつもりでしょうが、東、解ってませんね? 赤ん坊などと、渡琉様に失礼でしょう」
そう言って都次は東の頭を小突いたのだが、それを巽が抑えながら、なぜか三人で一悶着が始まってしまった。
勿論本気ではない、互いに気心が知れている三人だからこそ……渡琉はついこの間まで自分もああしたやり取りを友人達としていたものだ。ほっと気持ちが和んで、渡琉はいつの間にか笑い出していた。
「渡琉様……いつもの事ながら申し訳ありません。
異界にマニュアルは無く、突発的な予想を上回る出来事にも対処しなくてはなりません。そのための予測や準備が万全で無いことは当たり前の事です。
それでも、渡琉様は中学の頃から”仕事”というものに対して、真摯に満遍なく、それを成し遂げるための素地を作って来られた。その仕事先が異界であっても、十分対処出来る力を既にお持ちだと、私が保証致しますよ?
それに、いいじゃないですか……私も、見たこともない世界にわくわくした一人ですから」
滅多に見せない照れたような笑顔を見せる都次、バツが悪そうに頭を掻く東とその二人を微笑ましげに見る巽、三人の存在が 自分を力強く後押ししてくれていた。
「三人ともありがとう。これからも俺は何度も立ち止まるし、迷うと思うけど、よろしく頼むよ……さあ、続きを聞かせてくれ」
渡琉は格納庫の内部に入り、細かな説明を受けて行った。都次からは、中型と大型船の使い分けや使用にあたっての注意点などを、東からは医療ポッドの使用手順と負傷者を収容する際のシミュレーションについて、巽からは測位、気象衛星用小型ドローンと大中小と取り揃えられた搬送用ドローンの役割と機能など、事例をあげての解説等を聞いて行ったのだった。
現実離れしたその内容には、幾ら実物が目の前にあるとしても、まだまだ字面の上でしか理解が追い付けない。それはやはり、実践を経験していくしかないのだろうと、渡琉はいつ出会うとも知れない、これから赴くであろう”異界”に思いを馳せた。
「お疲れさん、じゃあ都次、俺達は外を案内してくるわ」
東と巽に促されてコントロールルームを出た渡琉は、そことは反対側の扉へと向かった。
扉が開くとそこには、せり出した屋根のある扉の横幅と同じ、鋪装された廊下が壁の端まで続き、そこから開けた先に見えたのは大きさの違うヘリコプターが二機と、大型自動車が二台止めてあった。
「ここからは、僕達の仕事だよ。僕も東ももちろん操縦士の免許は持ってるからね? ようは指定の搬送先まで運ぶ、まあその後についての裏事情はおいおい……ね? 東?」
巽の意味深な物言い、基本飄々とした態度を崩さない巽だが、時々こうしてその場の雰囲気とか流れとかを瞬時に切り替えてしまうような言動を入れてくるのだ。それが自然なのか策なのか渡琉には未だ掴めなかったが……
「巽! なあにが裏事情だ。どっかの組織みたいに言ってんじゃねえよ。
渡琉、召喚者っていうのは、こちら側で言えば、失踪か行方不明な訳だからな、つてのある司法関係者の力を借りて辻褄合わせをしてるって事だ。これからはお前も召喚者達を連れ帰る事になるからな? 詳しくは渡守様から聞いてくれ。
取りあえず、召喚者絡みで貴晒の出入りが多くなるから、貴晒の連中と面通し……じゃなかった、顔合わせしとくか」
車の方へ向かった東の後に続いたものの、巽は肩を震わせていたし、渡琉はこみ上げるものを抑えるのに苦労するのだった。
車は、全面スライドドアで、運転席以外全てが回転シートになっており、十数人は余裕で乗れる広さがあった。機能や走行性能も優れもので、揺れもほとんど感じないほどだ。それから、頂舟村へと向かった車はそのまま貴晒の屋敷に入って行った。
着いてみると、既に連絡が行っていたようで、主に召喚者帰還の諸々を担っている人達を紹介され、顔見知りも幾人かいたこともあり、渡琉は大いに歓待を受けたのだった。
そして……それからは何事も無く穏やかな日々が過ぎて行ったが、そのおかげか今まで得た知識の反復も出来たし、祖父がこれまで会長職を努めながら異界へと赴き、召喚者の救済を続けて来たエピソードなどを都次に聞かせて貰いながら、諸々の雑事を手伝う事で、異界へ行くことの心構えに余裕が出来たように渡琉は感じるのだった。
渡琉の部屋は神殿に近い所にある。祖父の部屋は大広間を挟んだ向かい側に位置している。部屋は幾らでもあるのだから好きな部屋を選べと祖父は言ったが、異界からの知らせが入れば直ぐに行動出来るし、打ち合わせもしやすいからと敢えてこの部屋を選んでいた。
フローリングもいいけれど、ほんの微かに漂うい草の匂いを嗅ぎながら畳の上に寝転ぶと、丁度開け放たれた窓からすうっと草木の匂いを纏い、暖かさを含んだ初夏の風が吹き込んで、全身を緩やかに撫でて行く。
何故か渡琉は子どもの頃から、自然そのものと溶け合ってゆくようなこの感じがとても好きだった……
その時、突然祖父の声がして飛び起きた渡琉が顔を覗かせると、足早に歩いてくる祖父の姿が目に入った。