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宅配承りますーー異界にて  作者: 瑠璃川香
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亜空間(邂逅)

そして渡琉は林の方へと引き返し、元来た場所へと戻った筈だったが辺りを見てもクレビスホールの痕跡はやはり見当たらない。疑問に思っていると、祖父が空を見上げて言葉を発した。


「カラク!」


すると、スッと目の前を何やら小さな物体が横切ったかと思うと、突然無かった筈のクレビスホールが現れたのだ。


そして先程の物体らしい物が近付いて来て渡琉の肩に止まった。よく見るとそれは、管制室のような部屋で見たウグイスだった。


「カラクはお前を認識したようだ。これからはお前が言えば、思い通りに動いてくれる。

例えば、今のようにクレビスホールを認識阻害させたりそれを解除させたり、後はここパルヴァンティの環境の変動などの欲しい情報なども随時教えてくれるし、フィルメスとも通話可能だ。やり方は音声認証でな、空中ディスプレイで見られるしタッチ操作も可能。

詳しい事は帰った時、都次から説明があるだろう」



祖父の説明を聞きながら渡琉はカラクに目を向けた。本物を間近で観察した事は無いが、どこから見ても人工的な部分は見られず、生物としてのウグイスにしか見えない見事な再現度だった。思わず手を伸ばして触れてみるとフワフワとした毛並み、小首を傾げる仕草が愛らしい。


「カラク、これからよろしくな!」


渡琉がその小さな相棒に声を掛けると、気のせいかも知れないが、カラクが目を合わせて頷くような仕草を見せてくれた。今現在地球でも空中ディスプレイなどの開発は進んでいて、タッチ操作なども可能らしいが、カラクが内在する機能はそれだけではないようだ。渡琉はこんなにも身近な所にカラクという未来テクノロジーが存在し、その力を貸してくれることに心躍らせている自分を感じるのだった。


そして、パルヴァンティに降り立った時と同じように船へと乗り込む。スーッと身体を包み込む空気がひんやりしたものに変わって行く。底から放たれる淡い光源以外は変わりのない闇色の空間を、船はまた音も無く進み始めた。



初めて訪れた異界での高揚感が未だ冷めやらぬ中、渡琉はある疑問を祖父に尋ねた。



「爺さま? 実践はこれからなんだろうけど、その前に他の異界にいる一族の人達は何処にいるんだ? 出来れば先輩にあたる人達にも話しを聞きたいんだけど」


こちらを向いた祖父は何故か沈んだような面持ちでゆっくりと首を振った。


「それについてはまだ話していなかったな。一族がそれぞれの異界に移住し始めたのを機に、私達も日本へと移住先を決め、頂舟村にも住居の建設が進んでいた頃のことだ。

今から53年前、亜空間内に突然壁のような物が出現してな、飛空挺もそれに巻き込まれて真っ二つに破壊されてしまったんだよ。その時、お前の祖母、世津由よつゆの家族や他の一族とも離ればなれになってしまったんだ。


今の所、その人達がどうなっているのか確かめる術はない……

渡琉、今から行って見るか? お前に見せておくのも良いかもしれんからな」



渡琉の心に少しの緊張が過ぎった。一族を襲った異界の崩壊から亜空間での暮らしを余儀なくされ、それぞれが生きるために移住先を求めて移動し始めた矢先、再び壁の出現により一族はまたしてもバラバラにされてしまったのだ。


考え過ぎだと思わないでもなかったが、渡琉はその背後に得体の知れない何者かの思惑が働いているような言い知れぬ不安が過ぎったが、すぐさまその考えを追い払うように首を振り、気を取り直した。


ランタンの砂時計が二周する間、船は徐々にスピードを上げながら進んで行ったが、やがてゆっくりとその速度を緩めて停止した。


周りを見回してみたが何の変哲も無い……変わらない闇の風景が広がっているだけだった。


「渡琉、船から降りたら”へさき”に向って手を伸ばしながら歩いてみろ」


言われて渡琉は船首へと向かい、水面としか例えようのないそこへと足を降ろした。その感触はコンクリートのような固さと言うより、土の上に立ったような感覚に近かった。その事に安堵しながら足を進めて行くと、その数メートル程先で、手の先に何かが当たったように感じた……


何だろう?手触りは滑らかなのにびくともしない。この風景に同化して見えないけれどそれはまさしく”壁”だった。


「カラクに調べさせた事があるが、上空、左右どこに行っても100㎞以上は進めなかった。今の所はなすすべの無い状態だ」


そう言った祖父の寂しそうな横顔、そしてその眼差しは見えない筈の遥か向こう側を見ているように思えた。


その思いは計り知れない……自分が住む地球上でも様々な災害や紛争が起きている。それらの現場に居合わせた事はないが、映像や情報のみでも悲惨で過酷な状況は伝わって来る。しかしここで起きた悲劇は、リアルに祖父や祖母、同じ一族達が味わった出来事なのだ。それでも、だからこそ不安に囚われるのではなく、自分こそがいつか必ず壁の向こう側へ行ける未来に繋げたいと、渡琉は心から思うのだった。


「そうか……それでも爺さま、可能性はゼロじゃない、ってことだろ? 俺も、ばあさまの家族や一族、皆に会いたいからな?」


そう言って振り向いた渡琉は、祖父に笑って見せると、祖父は意外そうな表情を浮かべながらも静かに微笑んでくれた。


「そうだな……これまでは出来なかったが、これからがあるからな?」



そうして船は再び、徐々に速度を上げながら帰路へと向かって行った。



闇に囲まれた上空はどこまでも暗いままだが、滑るように走る船の下は色とりどりの淡い光が、ホタルのように浮かんでは消えていく……


その様を暫し眺めていたその時の事だった。そのさらに下の方から何やらゆっくりと、人と変わらぬ大きさの土偶のようにも見える物体が上がって来るのが見えたのだが、それが一体何なのか確かめる間もなく、それはまたすぐに下方へと沈みながら消えて行った。


パルヴァンティへ向かった時は、初めての異界探索に興奮していたせいで気付かなかったかのか、ここ亜空間での滞在時間が長かったからたまたま目に入ったものなのかは解らないが、よく見るとそのような物体は一つや二つでは無かったのだ。



「爺さま、下から変な物が浮かんで来るけどあれは何?」



その存在は下方のわりと深い所を流れているような感じで、見えると言ってもそれはシルエットのような物だったが、渡琉にはその輪郭から、それらが何を現しているのかなんとなくではあるが想像はついた。



「渡琉、あれの事は気にするな。めったに上がってくることはないが、異界からはじきだされた何かがたまに姿を見せる事がある。

だが、見えたところでどうにもならない……ようするに干渉出来ないからだ。それにな、あれが実際の所なんなのか未だに解ってはいないんだ」



祖父の言葉に渡琉は極力自分の脳裏から、今にも湧き上がろうとする想像力を排除した。

ふと、祖父を見ると、その眼差しには確かな揺らぎがあった。それを眼にした渡琉は浮かびかけた言葉を飲み込んで、ただ頷くのだった。


これから自分が担うであろう仕事を放棄する気が無かったからということもあったが、ジワジワと忍び寄る恐れよりも、これからの異界に対する好奇心が、それを凌駕していたからだった。






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