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宅配承りますーー異界にて  作者: 瑠璃川香
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パルヴァンティ

渡守と渡琉が訪れた最初の円環、そこに存在する異界は、多種族国家であるパルヴァンティを中心とした世界である。



ここには唯一、転生者が一人だけいて、その転生者は渡守とは懇意であり、日本への物資供給、情報の提供、転生者が確認された場合の管理などを積極的に行っていた。




パルヴァンティは中立機関で、主要な隣国諸国の要人が集まり、文化、経済交流の会議が常に開催され、和平機関(武力による防衛的介入を行う)も存在し、そこには大規模な部隊も存在するが、それも3段階に分けられ、交渉、力の誇示による介入交渉、武力介入の段階に分かれて構成されているが、武力介入が行使された事は未だ無かった。


パルヴァンティは人族、獣人族、アルーヴァ族などが主に居住し、大陸はここパルヴァンティだけが一番大きく、海の向こうには中規模と小規模な無数の島々が広がっており、それぞれの島で独特の生態系が確立され、進化していた。


歴史が進み、それぞれが文明を持ち始めた事で、海を介して様々な争いや侵略が始まったが、この世界に魔法などは存在しなかったため、その攻防は一進一退を繰り返した。


そしてその影は、徐々にではあるが豊かな大国パルヴァンティにも迫っていた。


その山深く、下界に興味を持たない長命な一族、アルーヴァ族がいた。だがアルーヴァ達は関心がないだけで、麓に暮らす人族や獣人族を蔑んでいたわけではなく、交流にも寛容であった。

しかしその一方で、自分達の領域で暮らすことは決して許さなかったし、攻撃などされない限り自分達から何か仕掛けるという事もなかったのである。その中で、アルーヴァ族と人族の間に転生者、”ハーフアルヴ”であるフィルメスが生まれた。



パルヴァンティは元々中立を保っていたため、フィルメスは紛争の渦中にいたわけでは無かったが、物心ついた頃からずっとそうした国々の争いを愁いていた。

そして、物事の判断が自分自身の考えで出来るようなった頃、フィルメスは自分が生まれた時から持つ以外に、もう一つの記憶があることを確信した。


地球のヨーロッパ。1880年代のスイスで時計職人だったフィルメスはヨーロッパの長きに渡る動乱の歴史を知っていた。隣国と国境を接する事の危うさ、それは海を隔てた他国の脅威も例外にはならなかったことも……


この世界でどうやら大国はパルヴァンティだけであったようだが、噂に聞く小国の小競り合いが大国に波及しない保証はどこにもなかった。

転生者で有ることは、自分の思い描く未来を実現出来ることに大いに役立ったし、ハーフとはいえ、アルーヴァ族であることも幸いした。人には語っていないが、アルヴである自分にはアルーヴァ族の者達とはまた違った”水の加護”があり、現代技術の知識を応用することであらゆる加工技術を発展させることが出来、まずはそれを国内へと広めた。


獣人族とも懇意となり、小国との橋渡しをしてもらい、各国の生活水準を上げ、交流拠点を造った。それらの功績によりフィルメスは中立機関の役職である”最高議長”の地位に就いた。アルーヴァ族の寿命は長く、それはハーフエルヴである自分も例外ではなかったため、長期に渡って現在の体制を整えることに役立った。



そして、フィルメスが国作りに際して最も力を注いで来たことは、自分の知る文明を全てこの国に持ち込むことをせず、文明の向上はゆっくりと進ませながらも生活面の向上のみを最優先させ、真なる発展はそれぞれの国に任せ、フィルメスはあくまで助言のみを与えるという考えを貫く事であった。

それは寿命の長いアルーヴァ族の自分だからこそ出来る事であり、前世のように人であったなら長期的な理想の国作りなど不可能であることを、その教訓を持って理解していたからである。



そして、フィルメスが渡守と出会ったのは、まだ渡守が青年であった頃である。



自分を転生者として認識したうえで話しかけられたフィルメスは歓喜した。仲間や友人、家族がいても、やはり全てを明かせない孤独が常にあったからだった。昼夜を問わず語り明かした渡守とはやがて親友となった。



フィルメスは渡守の持ち込んだ商品の技術開発と作成を行い、この国や各民族の情報を渡守に教えた。渡守は相談を受ければ、現代の技術情報について教え、地球の歴史などを語った。

しかし、二人の取り決めとして明かな文書、データや図面など、記録として残るようなやり取りなどは一切しなかった。


それは、渡りの一族が当初から決して犯してはならないタブーとして語り継がれて来たことでもあり、フィルメスが貫いて来た思いと同じものだったからだ。



そのタブーとは”異界の領分を必要以上に犯してはならない。そして、異界の事は異界の者に委ねるべきであり、出来る限り介入してはならない”この二つである。これは、故郷を失った異界の一族であるがゆえの教訓から考えられたものでもあった。



その後、商品の作成を必要としなくなった現在、渡守は商品開発と試作品の作成のみ(商品の製造にあたって一番膨大な資金を必要とするのが、開発費だからである)を依頼していた。










晴れ渡った早朝、工房での作業を終えてくつろいでいたフィルメスの元に、”カラク”からのメッセージが届いた。

渡守と付き合いの長いフィルメスは、カラクを始めとする最新機器の情報にもある程度精通していたため、カラクと連動する小型の通信機器を持っており、渡守との情報共有だけではなくカラクからの偵察情報をも共有していたのだった。



その内容は、開発製品の進捗状況の視察と、異界探索を手伝うことになった”孫”の紹介を兼ねて、パルヴァンティを訪れるとの知らせだ。


ここ数十年渡守は、貴舟都次を伴うか、又は一人で他の異界探索を行っていたようだ。その事を憂いて、苦労や寂しさはないのか?と尋ねたことがあったが渡守は笑って言った。


「知るのは一族だけ、それを求めた事は無いが、明かな見返りや感謝がある訳でも無い行い……だが、誰の記憶に残らなくても私には一族の者達、家族を含めた愛する者達がいる。異界に召喚されてしまった人々を故郷に帰す。ただその繰り返し、だがな?それがやがては愛する者達を守る事になり、そしてその笑顔へと繋がって行く。

今となってはそれだけで……そう、十分だからな?」と。


それが、今……


時を経て、孫へとその思いは受け継がれて行ったのだ。もちろん渡守の喜びは一入だっただろうが、フィルメスもまたそのことを、自分のことのように嬉しく思った。


知らせを受けた足で工房を後にしたフィルメスを待っていたのは、相変わらず旅人然とした風体の渡守だった。


「久し振りだな、渡守。お前に会えたこともだが、今日は孫に会わせてもらえるのを楽しみにしていたんだ。

良かったな? お前や私の思い、そして希望も。これからずっと語り継がれて行く…」


「そうだな……嬉しくはあるが、少々戸惑ってはいるよ。孫の渡琉は何事に対しても、私の予想を遥かに超えた言動をして来るからな?」


そう言って嬉しそうに苦笑いをする渡守の肩を叩きながら、フィルメスも自分の事であるかのように笑顔を返すのだった。


それから孫が待っているという林の方へと向かうと、木の陰から一人の若者が姿を見せてこちら側に手を振っているのが見えた。




その若者はいかにも旅人らしい服装をしており、スリムだが体幹が鍛えられているのが見て取れる。がっしりとしていながらも、こちらに歩いてくるその動きはとてもしなやかだった。そしてその面差しは若い頃の渡守に似ていたが、片目に掛かりそうな前髪に発展途上な幼さが感じられるものの、揺るぎない意思を宿したシャープな眼差しは、研ぎ上げられたばかりのしなやかなサーベルの切っ先を思わせた。



渡守が孫の元へ行きフィルメスに紹介した。


「渡琉、こちらが親友であり、パルヴァンティを束ねる”長”フィルメスだ」


「初めまして、パルヴァンティ最高議長、フィルメスです。 渡琉殿、この国はいかがですか?」


「初めまして、渡琉です。 そうですね、パルヴァンティ全体から醸し出す空気がとても

和やかだ。そして、だからこそ保たれているのだと解る人々の穏やかな暮らし、そこに溶け込んでいる他の種族であろう人達、その進化と成り立ちがとても美しいと思いました」


そう答えた渡琉に、フィルメスは声を上げて笑った。


なんと、この少年は既にどのような種族であろうと、自分の同胞として無意識に受け入れている。彼もまた異界人であるからなのか、それにしても、はじめて訪れた国そのものを全くの偏見なしに見極めようとする、その年齢に見合わぬ度量の大きさにフィルメスは心底感心していた。


「いや、失礼。 そう来ましたか……さすが、渡守のお孫さんだ。 渡守、私の寿命が尽きるまで渡琉殿とも長い付き合いが出来そうだよ」


渡守もまた、その言葉に笑顔を浮かべて頷いた。




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