クレビスホール
その光に近付いていくとそれはやがて、人一人はゆうに通れる程の大きさで、輪郭が少し滲んだような円環がはっきりと見て取れるようになっていった。そして円環の中はと覗いてみるとそこには、風景画のような世界が映し出されていたのだった。
みると、そこはまばらに樹の生い茂る林のようだ。林の中は薄暗いが天気がいいのだろう。遠くに見える光のきらめきと建物らしい影の傍らから覗く青空がそれを物語っていた。おそらく花だろうと思われる鮮やかな色合いを見ると、パルヴァンティは春に近い季節なのかも知れないと思えた。日本と変わらない風景のように感じられるが、この場からそれを推し測る術は無い。
祖父は船首に向かい円環に錨のような金具を掛け、そしてその円環を潜り抜けるようにしてその向こう側へと降り立った。その成り立ちはわからないが、向こう側からの祖父が発する声は想像よりも鮮明に聞こえていた。
「渡琉、私の姿が見えなくなって暫くしたら、周りに注意して林の出口まで来なさい。知り合いに話を付けておく。来ればわかるが言語の心配はいらないからな?」
そういうと祖父は、林の向こう側におぼろげながらに見える、明るく開けた場所の方へと向かって行った。それから少し経って、渡琉は少々ためらいを覚えながらも、円環に向って足を踏み出した。
先入観からか、何か違和感や抵抗感を感じるものかと思ったがそんなものは全く無く、例えて言うなら、店などに入る際に自動ドアが開いて中に入った……そのような感覚しか感じなかった。そうして降り立った瞬間、何かが背後をよぎったような感じがした渡琉は思わず振り返った。
見たところそこには何もいなかったが、いつの間にか、出て来た筈の円環は跡形も無く消えていたのだった。
確かに……林の中とはいえ、あの円環を誰かに見とがめられるのは不味い訳で、その為のシステムか何かが作用したのだろうと、あまり深くは考えず渡琉は林の向こう側へと足を進めた。
木々から漏れだす光はほんのりと暖かいが、風が吹くと少しひんやりとした空気を感じた。開けた場所に近付いて行くと、遠くまばらに人家のような物がいくつかあり、住人らしい人々の姿も見えてきた。渡琉は祖父の指示通り林の中からは出ず、辺りの様子を伺う事にした。
祖父の話にも出て来ていたので、おそらくいるのだろうとは思っていたが、実際に目にしたその者達が醸し出す存在感は圧倒的だった。
そう呼んでいいかは解らないが、その者達とは所謂”獣人”だった。その大きさは自分の周りで見掛ける者とは全く違うが、人とほぼ変わりはない。だが、体格というか身体の厚みや全体の造作がまるで異なっていた。
その他に見掛ける人達とは服装も何もかもが一線を画している。
彼等以外の人達を見ると、服装に凝った仕様は無いが刺繍や色使いに工夫が見られ、地球で言う所の民族衣装にあるような素朴さがあった。顔立ちの要因は解らないが、アジアと欧米圏の特徴をミックスしたような感じの人が多いようだ。そしてそのほとんどが長袖を着ている所を見ると、先程感じた肌寒さといい、春にはまだ早い季節なのかも知れない。
今見えている数人ほどではあるが、その人達と比べて獣人達は、体毛や体皮が身体を覆っているため、それが衣装や装飾の役割をも兼ねていて、コーディネートなどは必要無く、そこに最低限の服を身に付けるだけで完成度が跳ね上がるようだ。
そして、顔立ちは獣人そのものであるにも関わらず、体型が人の形をとっているだけだというのに表情がとても豊かなのだ。
イメージとはまるで違う進化の美しさに、渡琉はここが紛れもないリアルな異界である事を改めて実感するのだった。