六話 厨二部
「さっきの校長の顔見た?」
教頭の一声により朝礼が終了し、教室に戻る途中。桃香が笑いを堪えながら心に話しかけてきた。
「見た見た。すごい悲しそうだったね」
先ほどの光景を思い出し、心も笑いを堪えながら答える。
「ねー。まぁしょうがないよ。あのままだと一限目まで持ち越されそうだったもん」
「教頭先生には感謝だよ」
「あんなバッサリ話を中断するとは思わなかったけどね」
遂に笑いを堪えられず、桃香がクスクスと笑い出した。
心も桃香の様子に釣られて笑いながら、心の中で再び教頭に感謝する。
そのまま談笑しながら二人は教室へ向かう。
すると、何やら階段から騒がしい声が聞こえてきた。
「貴様がエヴァとなるのだ!!それに相応しい器だと!この俺が見定めた!!」
どうやら男子生徒が荒唐無稽な事を叫びながら誰かに絡んでいるようだった。
なんとなく心当たりのある声に少しうんざりしながら、心と桃香は階段を覗き込むと、そこには
「あの…えと…」
階段の上から見下ろす形で立つ明星 義忠率いる漫画研究部三人と、縮こまって狼狽えている言の姿があった。
その様子に
「ちょっと明星!また性懲りも無く言に絡んで、なんのつもりよ!」
心は反射的に言を庇うように義忠たち三人の前に出る。
「あっ…!ココ姉…」
「げっ!糸桜 心…!」
世界一信用している姉の登場に言は安堵の声を漏らし、今度は義忠が狼狽えながら、顔を顰めた。
「くっ…!また邪魔をするのか!糸桜 心!」
天敵の登場に負けじと声を出す義忠。
「邪魔なのはそっちでしょ、みんな通りにくそうにしてるじゃない、厨二部!あんたらの自己満作品に妹を巻き込まないで!」
「誰が厨二部だ!!」
義忠たち漫画研究部は三人という少人数で構成される部活ではあるものの、校内では有名であった。
その背景には二つの理由があり、まず一つ目は、自分たちで作っているオリジナル漫画の知名度である。三人は設定役、構成役、描画役とそれぞれ役割があり、三人で協力しながら一つの漫画を作り出し、それをweb漫画サイトに投稿していた。その作品が、界隈でもなかなか、面白いと話題であり、校内にもその噂が広まっているのであった。
もう一つの理由だが、三人は自分たちが作っている漫画の登場人物、ルシファー、バエル、ベリアルという悪魔になりきり、漫画の世界観を現実に落とし込み、ロールするという活動を行なっている。先ほどの発言のような、学内でもかなり目立つ動きをしているため、周りの生徒から漫画研究部は、“厨二部”と呼称され、注目を集めていた。
「全く、これだから人間というものは」
怠そうな表情を浮かべながら、「はぁ」とため息をつく義忠に対し、今度は桃香が口を開く。
「明星さぁ…いくら言ちゃんが好きだからって、こんな小学生じみたことはやめなさいよ…」
「バッ…バカもの!そっそんなものではない!人間はすぐに愛だの恋だのと恋愛に結びつける!愚か者が。決して好きなどでは……恋慕感情などでは、なっ…ない!」
呆れ返った態度で言う桃香に対し、激しく動揺した様子の義忠。
「焦りすぎよ」
「くっ…!……やはり天の支配、ユートピア化が深刻なようだな…」
「ルシファー君。ちょっとそろそろ…」
悔しそうにする義忠に、恐る恐るといった感じで漫画研究部の部員の一人が発言しようとするが
「おい!お前ら何騒いでいる!」
校内に響くような大声で後ろから男の怒声が聞こえてきた。
「げっ…!?」
その声に対し、過敏に反応を示す、漫画研究部の三人。
その直後、廊下の角から男性教員が顔を覗かせた。
男性教員は階段の上で逡巡している三人を確認するなり
「あ!お前ら、全校朝礼さぼって何やってたんだ!」
と怒鳴りつけた。
「まずいっ!西方教会だ!お前ら一旦引くぞ!!」
「あ、おい!待てぇぇぇ!!」
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
騒がしく上階に逃げていく漫画研究部の三人を教員が鬼の形相で追いかけていった。
「何が西方教会よ。職員室が西棟にあるってだけじゃない…全く、困ったものね」
終始呆れた表情を崩さなかった心が大きなため息をつく。
そのまま言の方に振り返ると
「コト、大丈夫だった?腕とか掴まれなかった?コトは二組だからもっと前のはずなのに…ずっと足止めされてたの?」
心配そうに言の身を案じた。
「ありがとう、ココ姉。大丈夫。その、えっと…トイレに行ってたの」
一旦騒動が収まり、安心した様子の言が心に感謝を告げた。
「よかった、私も二組だったらよかったのに…」
美山中学校では一年生、二年生、三年生がそれぞれ三組ずつの計九クラスで構成されており、義忠は二年一組、言は二年二組、心と桃香は二年三組であった。
「心もちょっと過保護だよね」
「だってぇ…」
不満げな心を見て、「しょうがないなぁ」というような表情の桃香が笑う。
「あの…百崎さんもありがとう…」
桃香にもお礼を言う言に対し、桃香は少し驚いたような表情を浮かべたが、すぐに笑顔で
「いいのいいの。またなんかあったら頼ってよ。心もいつでも近くにいるわけじゃないんだから」
と、優しく語りかけた。
「うん、ありがとう」
また言がお礼を言うと、ドタドタと誰かが階段の上から急いで降りてくる足音が聞こえてきた。
音の主は義忠であり、一人で逃げてきていた様子だった。
義忠は言たちに気づくと、再び遭遇した問題児に敵意を見せる心と桃香を無視し
「これ落としていたぞ」
言にハンカチを渡した。
「ぇ…あ、ありが…」
言がお礼を言おうとするが
「待てぇぇぇぇ!!明星!!!」
教員の大声に遮られた。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
義忠は二階から追いかけてきた教員に気付き、そのまま叫びながら一階に逃げていった。
「なんなのよ、あいつ…言、そのハンカチは?」
「私の。トイレに行った時に落としちゃったみたい」
状況を図りかねて話を聞く心と、それに答える言。
「あぁ、そういうことね。そのハンカチを渡そうとしてたのかな」
「もう…素直に渡せばいいのに…回りくどいなぁ」
遠回しな呼び止めをしていた義忠に対し、桃香は心底呆れていた。
「悪い人じゃないんだよね…」
言は渡されたハンカチを見つめながら、小さくそう呟いた。
※この物語はほたての時代との共同制作となります。この作品は「選択未来」のスピンオフです。
同設定でほたての時代が書いた原作もありますのでよければ下記のURLからそちらもご覧ください。
https://ncode.syosetu.com/n0782id/