三話 明けぬ夜
糸桜姉妹との初顔合わせから一週間が過ぎた。この一週間の間で二人は前の様に合言霊は使えるようになっていた。二人の関係も特に変わりはなく、現在、二日か三日のペースで診療所にカウンセリング、もとい遊びに来ている。
「ショウ先生も一緒にボードゲームしましょう!」
「だめですよ、心さん。先生は今お仕事中なんですから」
「そうだよ、ココ姉。迷惑かけちゃだめ」
「えー。だって三人用のボードゲームって少ないんだもん。これもこれももう飽きたー」
ワガママを言う心に、それを諫める梨奈と言。ここ数日で三人はかなり仲良くなっていた。梨奈も同年代の友達ができて喜んでいる。
「この書類がもう少しで終わるから。そうしたら僕も少し休憩がてら付き合うよ」
「ホント!?やったー!」
「いいんですか先生?」
呆れた表情の梨奈が(サボってもいいんですか?)と言わんばかりの声色で尋ねる。
「い、今はそんなにハードな仕事もないし少しなら問題ない」
ジト目で見てくる梨奈に対して、奨水は小声で続ける。
「それに、こっちが最重要任務だ」
「…はい。それは分かってます」
梨奈と奨水がそんなやりとりをしていると
「……ごめんなさい、先生。ココ姉がワガママを…」
はしゃいでいる姉とは裏腹に、申し訳なさそうな顔をしながら言が奨水へ謝罪を述べに来た。
「いや、本当に今は大した仕事がないから大丈夫だ」
そう奨水が言い聞かせると言は
「ありがとうございます。先生」
ホッとした表情で胸を撫で下ろし、愛らしく笑いかけてきた。
「じゃあ何をする?ショウ先生が好きなのでいいよ」
「そうだな…じゃあ手始めに———
そんな楽しげに進んでいく時の流れの中に小さな暗雲が立ち込めていた。
(みなさんが仲良くなって楽しそうにしているのは大変喜ばしいことなのですが…少し距離が近すぎる気がします。心さんなんてちゃっかり愛称で呼んじゃってますし、言さんもなんですかあの破壊力抜群の儚げな笑顔は!先生も先生です。気分は両手に花ですか。あれ…?そしたら私の居場所はどうなるの…?両手が塞がってるから足?そそそそれとも先生のおおおお口で!?あぁだめです先生!そんなっお口でなんて…!)
「ーい…おーい。次!梨奈の番よ!どうしたの?急にボーッとして」
「……?ハッ!…す、少し寝てましたかもしれないです」
「………バッチリ目は空いてたけど…本当に大丈夫?」
「だっ大丈夫ですって。た、たまにあるんですよ。目を開けながら眠ることが」
(何を言ってるの私は!それじゃまるで魚みたいじゃない)
「…………そんな魚みたいな眠り方をするのか?息も荒いみたいだし…どれ」
体温を調べるために自分の手を梨奈のおでこに当てる。
(!?!?!?せせせせ先生のおおお顔が目の前にっ…!)
「キュゥゥゥゥゥ……先生は…お花で…三刀流です…」
ガクッ…
謎の文言を言い残し梨奈が気絶した。
「美里君!?おい!しっかりするんだ!」
「梨奈!?あなたなんて面白そうな夢を見ているの!?どこの海賊狩りよそれっ!」
「ココ姉!今はそれどころじゃないよ!わ、私お水と氷とタオル持ってくる!」
「美里くぅぅぅん!!!」
こんな風に騒がしくも平和に(?)日々が過ぎていくのだった。
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「今日はご迷惑をおかけしてすみませんでした。先生」
その日の夜。梨奈が倒れてしまったため、ゲームの続きはまた今度ということでその場はお開きになっていた。
その後、深夜になるまで目を覚まさなかった梨奈がソファの上でちょこんと正座しながら奨水へ謝罪した。
「気にしないでくれ。むしろ謝るのはこっちの方だ。最近は特にあの姉妹のことでも精神的に負担が来ていたんだろう。楽しそうにしていたもんだから気づけなかった。僕の責任だ。見習いとはいえ精神科医としてあるまじき失態だな。仮にも患者として暮らしている君のメンタルチェックが正確にできていなかったなんて…本当にすまない」
(小さな女の子に対して、重い問題を抱えた二人の相手をさせていたせいだろう。少し頼り過ぎてしまっていたようだ。よりによって一番に何があろうと守り抜くと決めた子に負担を強いてしまっていたとは……)
少々思い詰めた様子の奨水に対し、梨奈が恐る恐る弁解するが
「あの…先生あまり落ち込まないでください。今回のは別に先生のせいじゃないと言いますか…確かに先生が原因ではあるんですけど…私の方の問題が大きいといいますか…」
うまく言葉がまとまらない様子であった。
「また気を使わせてしまったな…よし、もう大丈夫だ。ありがとう。今度からはより一層気を配ることにする」
「えーと…まぁ先生が元気になったならそれで良いです。あ、それよりお腹すきました。何かありますか?」
まだ何か言いたげで飲み込んだ梨奈に対して、疑問を浮かべる奨水であったが、梨奈の要望に応える
「レトルトのお粥なら作ってあるが…食べれそうか?」
「いただきます!」
「そうか。梅干しか何かのせるか?」
「あ、ごま塩がいいです」
「了解」
「えへへ。こんな時に軽率かもしれないですけどちょっとだけ新鮮で嬉しいです。」
「いつもは君が料理を作ってくれてるからな」
柳葉診療所の食卓を含む家事全般は梨奈が執り行っている。小学生とはいえ、彼女の家事スキルは卓越しているので、奨水たちはかなり助けられていた。
梨奈は家庭の事情でそのスキルを習得していた。そしてあくまでも奨水たちが無理やりやらせているわけではない。というのも彼女からの申し出で、居候の身であるため少しでも役に立てることがあればやらせて欲しいとのことであった。
「心さんと言さんにも謝らないとですね」
「そうだが、まぁあまり気にしすぎるのも良くない」
「そう言いますが…」
お椀によそい、ごま塩をかけたお粥を二椀運び、梨奈の隣に腰を掛ける。
「あ、ありがとうございます。先生もお粥なんですね」
「あぁ。料理は本当にからっきしだからな。それより何か言いかけてなかったか?」
奨水はお粥を渡したことで中断させてしまった、梨奈の言葉の続きを聞こうとする。
「あ!そうです。あのお二人、先生と遊べるのをとても楽しみにしていたんですよ。先生はお忙しいですから、ここにいないことも多いですし、先生がいなときは寂しがってました」
「そうなのか?定期診療は欠かさずに行っているんだが」
「先生はそれを遊びでやっていると?」
「む?…失礼。訂正だ。勿論、診察は仕事として誠心誠意努めている」
奨水が勘違いされないように、しっかりと訂正をする。
しかし、そんな奨水を見た梨奈はいたずらっぽく笑い出した。
「ふふっ。ごめんなさい、冗談ですよ。少しいじわるをしてみたくなっただけです。先生が頑張っているのは、私もよく知っています。そこが先生のかっこいいところで、何より真面目なのが…」
梨奈が長々と話始めたのを聞きながら、奨水もお粥を食べ始めた。
「はは…まぁ、また今度みんなで遊ぶ時間を作ろう。幸い、今のところ大きな仕事はないから」
梨奈の話が一区切りついたあたりで、奨水が口を挟んだ。
「それは、あのお二人もとても喜ぶと思います。やるなら、あのゲームの続きからですね。大丈夫です。もう倒れないように気をつけ…あ!そういえば…お二人とも要注意人物なんでした…いや、だからこそ倒れている暇なんてありませんね!」
独り言を話し始め、意気込んでいる梨奈を尻目に奨水は物思いに耽る。
(あの姉妹に出会って、遊ぶようになってから美里くんは前よりももっと笑うようになった。……やはり僕では…)
夜空に浮かんでいるはずの月も今日は見えない。奨水は浅くため息を吐く。
夜はまだ、明けそうにない————
※この物語はほたての時代との共同制作となります。この作品は「選択未来」のスピンオフです。
同設定でほたての時代が書いた原作もありますのでよければ下記のURLからそちらもご覧ください。
https://ncode.syosetu.com/n0782id/