二話 〔患者:糸桜 言〕
奨水と梨奈はリビングの隣のカウンセリング室に入ると、各々で準備を始める。
梨奈がソファや机周りの整理を行いながら、バインダーとカルテ用紙を準備している奨水に話しかけた。
「先生!チャンスがあったら、心さんに告白のこと聞いても良いですか!?」
「さっきから夢中だね。構わないけど、程々にな」
一人興奮気味の梨奈を宥めながら、奨水は最近の仕事内容を思い出し苦笑を零す。
「まぁ、最近ハードな仕事が多かったから、あれらに比べると…なんというか可愛らしい悩みだな」
(師匠の無茶振りであの暴走鎮圧に向かわされた時は…本当に死ぬかと思ったな)
過去の仕事を思い出し、遠い目をしている奨水に梨奈が語りかけた。
「あぁ…その節は本当にお世話になりました。お陰で今はとても幸せです!」
梨奈の屈託の無い笑顔に、さらに目から光が消えかけていた奨水の表情も釣られて和らぐ。
言霊障害専門の精神科というのは、大きく分けて二つの仕事がある。
一つは、今回のような相談事、カウンセリングなどである。この一つ目は、奨水の言霊との相性の良さもあり、彼は特に苦労したことはなかった。
問題はもう一つの方、精神障害による言霊及び人間の暴走の鎮圧。このケースまで至るのは稀だが、ありえない話でもない。まさに先日、奨水が危険度の高い言霊の所持者の鎮静に向かい解決してきたのだ。
「こちらこそ。本当に助かってるし、毎日が楽しいよ」
奨水は整理し終わった書類を机の上に置き、梨奈に呼びかける。
「それじゃあ準備もできたことだし、心君を読んできてくれるかい?」
「はーい」と言いながら小走りに梨奈がカウンセリング室を出ていく。
「お待たせしました。それでは心さんカウンセリング室へどうぞー」
「はい」
呼ばれた心が席を立ち、カウンセリング室に向かうため歩き出す。そこへ糸桜妹が後ろからちょこちょことついて来た。
「じゃあちょっと行ってくるね。コト」
「あ…ココ姉…」
またも姉に縋り付こうと手を伸ばす言。そこへ梨奈が
「言さん。お菓子は何がお好きですか?私、お菓子作りには少しばかり自信があってですね…ケーキにプリンなんでもござれなのですよ?」
と声を掛け、ふふん と自慢げに胸を張る。
「ケーキ!!プリン!!!」
よだれを垂らしながら、言が素早い反応を見せる。
ズルッ!
双子の妹に、姉<ケーキ の反応を見せられた、心の古いコントのようなリアクションにツッコむ者も誰もいない。心は泣く泣く事務所を後にするのだった。
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カウンセリングが終わり、心をリビングへ帰した。筆記作業を終え
「続いて言君〜!」
と奨水が言を呼ぶと、
ガタンッ!
向こうの部屋で大きな物音が聞こえた。
「コト!?」「大丈夫ですか!?言さん!」
続いて二人の慌てた声が聞こえてくる。
(そんなに重症なのかあの子の人見知りは…)
その直後、ドタドタと廊下を走る音が聞こえてきた、続いて
バンッ!
勢いよく扉が開け放たれ、
ガコッ…シュポッ
自己主張の強い男の額縁写真が壁から落ちゴミ箱にホールインワンする。
「ちょっと!なんでコトまで!?」
息を切らしながら問う心。
そんな心に対し、奨水は至って冷静に受け応える。
「なぜと言われても、言君からも話を聞かないとその不調について解明できないからね」
「原因は私にあるって…」
「それは一つの可能性に過ぎない」
「なら私も一緒に…」
「む?それはあまり望ましくないな。一番近くにいるからこそ言えないこともあるだろうから」
かなり焦った表情を浮かべる心。
(相当な過保護の様だ。どうしても無理なら日を改めるが…)
「ココ姉…私大丈夫」
廊下から顔半分覗かせて、恐る恐る言が姉に告げた。
「コト……分かったわ。先生よろしくお願いします」
「大丈夫だ。そんなに睨まなくても無茶はさせない。無理そうならすぐに呼ぶから」
渋々といった感じで糸桜姉が退出し、代わりに妹が入室する。
奨水は自分の斜め前のソファに座るよう言に促す。
「それでは、今からいくらかお話をします。[僕はここから一歩も動かないし落ち着いて、できる範囲で答えてください]」
という“詠唱”と共に〔患者:糸桜 言〕のカウンセリングが開始した。
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「先生、ありがとうございました!」
「ありがとう、ございました」
奨水と梨奈は玄関先で、お辞儀し帰っていく糸桜姉妹を、夕日に染まった町に送り出す。
「あぁ。気をつけてな」
「心さん。言さん。またいつでも遊びにいらしてください」
二人は手を振り、シルエットが小さくなるまで見送ると
「先生の女たらし…」
若干剝れっ面になった梨奈が呟いた。
「人聞きの悪い言い方をするもんじゃない」
「だって先生、言さんに言霊使ったでしょ」
(女の勘か?小学生のうちからそんなものが備わっているとは…いや、糸桜妹の変わり様を見れば一目瞭然か)
「あの子の場合、しょうがないだろう。僕の言霊<響>を使えば、僕の言葉が彼女の心に響くようになる。ああいう子と話しやすくするには最適なんだから」
「分かってます。私も先生とその言霊に救われたから……でもそれとは別に言さんは…」
「気付いてたのか。それもは女の勘ってやつか?」
俯いた梨奈の表情が少しかげる。奨水はそんな梨奈の様子を見て少し迷ったような表情になりながら、続けて口を開く。
「間違いなくあの少女。糸桜 言は、姉である糸桜 心に恋愛感情を抱いている。それもかなり本気、のな。おそらく、姉が告白されたことがきっかけで自分の気持ちに気付き始め、戸惑っている。そんなところか」
「はい。私も人の目を意識しながら生きてきたから、ちょっとだけわかるんです。あの子、言さんが心さんを見る目はそういう目でした…」
梨奈は同性愛、さらには血の繋がりのある姉妹というのが素直に受け入れられないのか、少し弱々しく言った。
「また難しい問題に当たったもんだな。合言霊が使えなくなったのも多分姉じゃなく妹に原因があるんだろう。まさか柳葉先生、これを見越して僕らに預けたんじゃないだろうな…」
「あの方ならありえますね」
夕日に照らされながら苦笑いする梨奈。
「まぁ、なんにせよ放り出すことはできない。今は普段より強めな<響>の力で少しだけ意識が僕に向くように仕向けているけど、いつまでもこのままって訳にもいかないしな。どうせ僕との接触がない状態が続けば効果が切れるのも時間の問題だし」
「そのまま、上手く自然消滅って形が理想ですよね…理想、なんですかね…」
梨奈の口振りが段々と弱々しくなっていく。
「…そうだなぁ。正直これはわからないな。恋愛経験のない僕が言うのもなんだが、世間的にはそれが最適な気がするよな」
(「先生の場合チャンスがあっても掴まないだけなんですよ…」)
梨奈が小声でぽつりと呟く。
「ん?ごめん聞こえなかった。なんだって?」
「いいですよ。大した事じゃないので。それよりどうするんです?」
少し膨れた梨奈が問いかけてきた。
「今は特別なことはしない。ちょくちょくカウンセリングをして様子を見るくらいかな。幸い危険な感じはしなかった。自然消滅するにせよ、別の結末になるにせよ、今の段階では僕らにできることはない。ただ、あの姉妹の絆に亀裂が入ってしまう事だけは避けないとな」
奨水は沈みゆく夕日を眺めながら、浅くため息をついた。
※この物語はほたての時代との共同制作となります。この作品は「選択未来」のスピンオフです。
同設定でほたての時代が書いた原作もありますのでよければ下記のURLからそちらもご覧ください。
https://ncode.syosetu.com/n0782id/