意外と美味しい
裏手にある山には大きな川があり、その川の上流には大小さまざまな滝がある。
中でも1番の上流にある大きな滝は「コイの滝」と呼ばれ、恋人同士で訪れると末永く幸せに過ごせるという観光スポットにもなっていた。
このコイとは「恋」ではなく「鯉」なんだけど、誰も修正しないのは恋人の聖地と有名になったんだしそれで良いという思いがあるんだと思う。
そんな川のズット、ズーット下流は半年前まで俺の遊び場だった。
今日俺は、おばあちゃんに言われて年末の大掃除をする為に物置の中を片付けていた。
そこで置きっぱなしにしていた釣り竿を見つけたんだ。
所々凍っている道を歩いて久しぶりに川に来てみれば、川の流れる音に混じって時々魚の跳ねる音がする景色が目の前に広がっていた。
この景色は、半年前と変わらないようで、スッカリと変わってしまった気もする。
別に怖いって訳じゃない。
本当に、怖いんじゃないんだ。
ただ、俺はここで河童を見たことがあるだけ。
それで河童の伝承とか色々図書室で調べてみたんだよ。
とんでもない妖怪だったと後から知った俺の恐怖……いや、怖くなんかないぞ!
でも、少しだけ納得できないことがあったんだ。
俺が見た河童はもっとヘンテコだったし、甲羅もなかったし、頭に皿もなかったし、言葉も通じたし、相撲を!なんて事も言わなかったし……足が魚だった。
もしかしたら河童じゃなかったのかも知れない。
もしかしたら、人魚姫のコスプレをした男の人だったのかも知れない。
もしそうだったら全く怖がる必要なんてない。
だけど……日が傾く前には帰ろうかな。
怖いんじゃなくて夜になると冷えるからね!
それに明るいうちは出てこないってのが妖怪の常識だし、オバケは夏に出るもんだし、2時間くらい釣りをしているだけで未確認生物級の生物がひょいと出て来る訳ないもん。
そーだよ、中々出てこないから未確認生物なんだよ。
なーんだ、怖がって損しちゃったよ。
バッシャーン。
「やぁ、半年ぶりくらいかな?」
で……
で……
「出たぁー!」
大袈裟な音をたて、半分陸に打ち上げられたみたいなちょっと哀れな姿をした河童は、半年前に見た時と同じようにオレンジっぽい尾鰭を傷だらけにしてそこにいた。
ただ前と違うのはその表情。
物凄い笑顔なんだけど、それが逆に怖い……。
「出たとは心外だな!俺はここでキミを待っていたんだよ」
待ってた?
え、怖い。
「尻子玉はやらないからな!後相撲もとらないから!」
あ、待って違う。
こういう場合、河童の気のすむまで相撲に付き合うのが安全だったんだっけ?
いや違った、相撲は河童の得意分野だからやっちゃ駄目なんだっけ?
そうだ!皿を攻撃……しまった!コイツは皿を持たない新種なんだったぁー!
「……キミ、相変わらず河童扱いするのかい?よく見てごらんよ、俺の頭はハゲじゃないし甲羅もないでしょ?それに見て、この美しい尾鰭を!」
河童の皿はハゲ隠し、なのかな?そんなバカな。
けど、言われてみれば確かにキレイなオレンジ色は河童っぽくはない。
髪は緑で河童っぽいけど、皿と甲羅がないんじゃあ河童とは言えないのかも知れない。
足がないんじゃあ相撲もとれないしね。
じゃあこの生物は一体なんだろう?
「……半魚人?」
半分人だし、魚だし。
「あいつらみたいなタラコ唇じゃないから!っていうか、半年前にもこのやり取りしたけどねぇ!?」
そうだっけ?
あ、でも半魚人はタラコ唇なんだなーって思ったような……あぁ、思い出した。それで俺はこう答えたんだっけ、
「タラコじゃない半魚人?」
思い出したら少し笑ってしまって、それを見た半魚人はヤレヤレといった風に軽く首を振っている。
「キミってやつは……どーして人魚って言わないかなぁ?んー?」
本人がここまで本気で言うのだから人魚なのかもしれないし、作り物じゃない尾鰭がコスプレした人間でもないことが分かった。
「じゃあ、キレイな半魚人?」
「もー良いよそれで!キレイってのをつけ忘れないように!」
河童にしても半魚人にしても人魚にしても妖怪であることに変わりはないのに、このキレイな半魚人は全然怖くないや。
「それで、半魚人はここでなにしてたの?」
未確認生物なんだからもっと警戒した方が良いんじゃないかな?そうでなくてもここは観光名所になって人通りも増えてるんだし。
「早速キレイが抜けてるからね!?全く……言ったでしょ?君を待ってたんだよ。ここにある……鯉が登って竜になった、伝説の滝」
半年前このキレイな半魚人は、今となっては恋人たちの聖地となった伝説の滝に、竜になるために来ていた。
俺はその日もここで釣りをしていて、このキレイな半魚人を釣り上げた事で手伝うことになって……まぁ、途中にある小さな滝を1つ登っただけで挫折してたけど。 あの日のリベンジをするために俺を待ってたのかな?
だとしたら半年も待たせちゃったよ。
「もう少し暗くなってから行こう」
もう冬になったからすっかり寒くなっちゃったけど、上流は流れも速くて凍ることはないから、目撃されない時間帯を選んで行こう。
「半年間ただキミを待っていただけではなくてね。俺は毎日毎日少しずつ前進し、つい先日、ついに滝登りを達成したんだよ。凄いでしょ?自慢したくてね」
おぉ!
滝登りに成功したんだね!それで未確認生物の半魚人から……半魚人になったの?
恋人たちの聖地になり過ぎていたからかどうかは分からないけど、竜になる不思議効力がなくなったとか?
「ごめん」
俺達のせいだ、恋じゃなくて鯉だって修正しなかったから半魚人が竜になれなかったんだ。
「え、自慢してるのに何故謝る……?ゴホンッ。それよりも今日会えて良かったよ、もっと寒くなったらどうしようかと思ってたところなんだ」
半魚人は滝登りのリベンジをするために俺を待っていた訳ではないようだけど、他に何か理由がある?
「え、尻子玉はあげないよ?」
「いらないし!取り方知らないし!そうじゃなくて、海に帰ろうと思ってね、最後のあいさつがしたくてキミを待ってたんだ」
え……。
「最後のあいさつ?海に帰っちゃうの?」
「ここ寒いし」
あ~、半魚人って良く知らないけど熱帯地方にいそうな感じするもんね。人魚にしたって暖かい海にいそうだし。
「そっか」
会うのは2回目だけど、なんだか寂しいな……。
「キミ、ご飯食べてる?ちゃんと食べるんだよ。物凄く顔色悪いんだけど体調不良とかじゃない?体には気を付けるんだよ。のんきに釣りしてて大丈夫なの?水の中に落ちないように気をつけてね。後寒くない?温かくするんだよ」
別れの言葉みたいなのを畳みかけて来たー!
寒くないのかって、確かに歩くたびに薄く張った氷が割れるような音はするけど、俺にしてみればこの気温が普通なんだけどね。
「温かくなったら、また会える?」
俺は会いたい。
「……そうだね……あ、そうだ。さすがに肉はあげられないけど、これをあげるよ!」
半魚人はそう言ってオレンジ色の尾鰭に手を伸ばし、鱗を数枚剥がしてそれを差し出してきた。
キラキラしていてキレイではあるんだけど、飾れば良いのかな?
「あ、ありがとう……大事にするよ」
「ん?食べるんだよ?」
食べるの!?
「食べ方知らないし!それより、美味しいの?食べれるの?え?大丈夫なの?」
半魚人の鱗……どうなんだろ。
「折角だから調理してあげるよ。別れの夕暮れ鱗パーリィターイム☆」
……色々言いたい事はあるのに、何も言葉が出てこないや。
半魚人は岩場に移動すると、恐らくは半年もの間そこで調理をしていたんだろう、手慣れた様子でカセットコンロに火をつけ、網の上に鱗を置いてカリカリになるまで焼いた。
香ばしい匂いは食べられそうな感じはするけど、調味料的なものが全くないから味はそのまま鱗の味がするのだろう。
鱗の味って、なんだろう……。
「そんなにお腹空いてないなぁー」
「まぁまぁそう言わずに、ほら焼けたよ」
凄い笑顔で焼き立ての鱗を進めてくる半魚人。
えぇい!
こうなったら食べてやる!
未確認生物の、未確認鱗を!
パクッ!
パリッ、パリッ。
「……うん……うん……」
俺はその後に焼かれた鱗を全て平らげ、半魚人と別れたのだった。
次に会った時は、その時はちゃんと人魚って呼ぶから。
「絶対、絶対また来てね、河童ぁー!」
波の音に紛れて、人魚の笑い声が聞こえた気がした。