エルフは激辛料理が大の得意です
日も暮れてきた、第三皇女の専属メイドの執務室で。
「ルーシー、いつもありがとー」
「ぅわぁ、うれしいー……」
部屋に入ってくるなり、世界統一王国の第三皇女は専属メイドへの感謝を述べた。
もちろん、ルーシーが素直に受け取ることはできるわけもなく。
言葉とは裏腹に、その顔は引きつっていた。
「日頃の感謝を伝えるために、今回は晩ご飯を作ったよ」
リーズリットは大きなキッチンワゴンを押しており、たくさんの釣り鐘型の蓋が載せられていた。
おそらく、それぞれの蓋の中には料理が入っていると思われる。
豆知識だが、こういう料理を保温するための銀メッキ製の蓋をクロッシュというらしい。
「ちゃんと食べられるものなのですか?」
まあ、ルーシーにとっては、料理が温かいままかどうかなど些末なことのようだ。
「たーんと召し上がれー」
そして、自分の専属メイドの問いを完全に無視するリーズリット。
もしかしたら、意に沿わない発言は耳に入らないようになっているのかもしれない。
「あー……なんだか、お腹が痛くなってきちゃったな」
お腹をさすりながら、嘘くさすぎる演技をかますルーシー。
エルフのルーシーが痛いという感覚をほとんど持ち合わせていないことは、周知の事実である。
「エルフなんだから、なに食べても平気でしょ」
「平気かどうかと美味しいかどうかは別物ですよ」
「大丈夫よ、厨房のみんなに手伝ってもらったんだから」
「それを聞いて安心しました。空腹すら逃げ出すゲテモノへの恐怖に震えていたので」
「クサガエルでお刺身してもよかったのよ?」
「わぁー、リズ様がお作りになった晩ご飯、とっても楽しみでございますー」
リーズリットの脅迫に屈し、ルーシーはぶりっこみたいに両手を合わせて口を動かす。
メイドの声には感情がこもっていなかったが、皇女は満足したようだ。
キッチンワゴンから一皿を取り上げ、ルーシーの前に置く。
「じゃーん、こちらでーす」
楽しげなかけ声とともに、リーズリットはクロッシュを持ち上げた。
溢れ出た湯気が晴れると、そこにはブラウンの毛色の羊さんが横たわっていた。
当たり前だが、ホンモノの羊ではない。
「あら、可愛らしい羊さんですこと」
よく見ると、羊の頭のような部分は米でできていて、くりんとしたお目々はベリー系の果実だ。
茶色のもこもこ羊毛はなんだろう、粗いひき肉のようなごろごろ感があるのはわかるのだが。
「ルーシーにたくさん食べてもらいたくて、がんばって作ったんだからね」
「リズ様が、がんばる……? すごいスパイシーな香り、カレーですか?」
なるほど、ひき肉で作ったカレーで羊のもこもこを表現していたらしい。
お世辞など抜きにして、普通に美味しそうなカレーである。
「うん、“羊のもこもこカレー~皇女の愛情を添えて~”だよっ」
「リズ様の、愛情……?」
「わたしを怒らせてうやむやにしようとしてるみたいだけど、一皿食い切るまで逃がすつもりはないからな」
愛くるしい顔つきだからこそ、リーズリットに睨まれた者は自然と迎合してしまう。
長い時間をともにするルーシーでさえも、これに抗うことはなかなか難しいのだ。
「せめて一口目で完食可能か判断させてほしいのですが」
「はいはい、とりあえず食べてみてよ。ぜったいに美味しいんだから」
「わかりました……では、いただきます」
「うむ、いただきなさい」
逃れられないと観念したのか、震える手でスプーンを握るルーシー。
カレーをちょびっとすくって、一口。
「ぱくっ――ぁっ、からぁいっ……でも、いいですね! 強烈な主張をする辛味の奥に、確かな旨味が存在しています。ぱくぱく、この使われているお肉が旨味の正体? なんのお肉かしら、クセは強いけど、ぱくぱく」
どうやら、美味しいようだ。
ルーシーは、カレーは飲み物だとでも言わんばかりの勢いで次々に口に運んでいく。
ただ、かなり激辛の味付けで作られているらしく、ルーシーの額には汗が玉のように吹き出していた。
「ルーシー、覚えてる? この前さ、錯乱雄羊の群れが関所になだれ込んできたことがあったの」
「もぐもぐ、ええ、覚えています。群れのアイドルだった雌羊が実は雄羊だったから自棄になった事件ですね。まあ、同じことが頻繁に起きるので事件と言うより習性と言った方がいいかもしれません。残念ながら、殺さざるを得なかった子たちも多かったみたいですよ、もぐもぐっ」
ちなみに、錯乱雄羊は名前の通りに雄しかいない種属である。
可愛そうに、可愛い雌羊は雌というところから幻想でしかない。
「それで、その殺処分した羊ども、正しく処理すれば身体の肉は食べられるんだって」
「ばくばく、ほう、人間の食への情熱は凄まじいですね、精神異常をきたす恐れがあるのにそのお肉を口にしようと思うとは。そこまでして食べる価値が錯乱雄羊にはあるということでしょうか、ばくばくっ」
最後の一口を食べ終えたルーシーは、皿に残ったカレーを舐めはじめる。
まだ食べ足りないようなので、リーズリットはお代わりを差し出してあげた。
「はい、お代わりどうぞ。さあ? 私は食べたことないし食べたくもないからわからないけど。ただね、脳みそは、どんな処理をしようとも精神異常を無毒化できなかったんだって」
「むしゃむしゃ、へえ……なるほど、あの子たちの錯乱の根幹ですものね、むしゃむしゃっ」
「ルーシー、美味しい?」
「がつがつ、はいっ、それはもう! なぜか、ぅぷっ、カレーを口に運ぶ手が止まらないほどですっ、がつがつっ」
あまりにもカレーが旨すぎるのだろう、ルーシーは、前の一口を飲み込めていないということにも気づいていない。
食べる処理がまったく追いついておらず、次の一口がどんどん口から溢れて、メイド服の前を汚していく。
「ぇへへ、お代わりは、たくさぁんあるからねぇ」
「ぅおえっ、ありがとうございます! おいしい美味しいオイシイっ! ぅるろぅえっ、おいおい美味しそいおいそいおしいお――!」
吐き出したカレーを、再びすくって口に運んでいくルーシー。
汗やらカレーやら涙やらで顔をぐしょぐしょにしている姿は、いくらルーシーが美人だとしても、目も当てられないほどみっともないものだ。
「ルーシー、美味しい?」
しかし、そんな見苦しいルーシーを、リーズリットは愛おしそうに見つめる。
その表情は、まるで恋人に向けるかのように甘く、そして、まるで聖母であるかのごとく慈愛に溢れるものであった。