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皇女様はお淑やかを目指します


 世界統一王国の第三皇女の居城、奥まった位置にある一室で。

 皇女リーズリットと、その専属メイドのルーシーが寄り添っていた。


「あのー……リズさまぁ?」


「ぁっ、動くと危ないよ、気をつけて」


 不安げなルーシーを気遣うように、リーズリットの声音は優しく響く。


「あぁ、ごめんなさい……でも、ちょっと怖いのですが」


「大丈夫、壁のシミでも数えてて? すぐに終わるから」


 背後に立つリーズリットを振り返ろうとするが、制止されるルーシー。


「痛くない、ですか……?」


「わたしを信じて動かなければ、ヘンなところに入ったりしないわ」


「うぅ、こわぁ……ぃたぁっ、リズ様、刺さってる刺さってる!」


 リーズリットが指に力を込めると、ルーシーの大切なところにどんどんとめり込んでいく。

 エルフでなければ、血が出てしまっていたとしてもおかしくない。


「少しぐらい我慢してっ! 優れた芸術は忍耐の先に生まれるものなんだから!」


「ぅぐぅ、加害者が言っていいセリフじゃないっ、絶対にぃ……!」


 今回、リーズリットとルーシーがいちゃいちゃと何をしているのか。

 答えは、白髪メイドの大きなおだんごを剣山代わりの花留めとして皇女が生け花をしている、というものだ。


 すでに、数本の草花がおだんごから生えるように突き刺さっていた。

 そして下に目を向けると、花器のルーシーは涙目になっていた。

 不憫としか言いようがない。


「さーて、次はこいつを中央に据えよう」


 おそらくメインとなるであろう、一際大きく派手な花を、リーズリットは楽しそうに取り出した。

 花も花で、ひじょうに活きが良さそうである。


「あれ、リズ様? なにかどろりと粘着質な液体が垂れてきていて鼻がひん曲がりそうなのですがあなた様はお花を生けているのではなかったでしょうか納得のいく回答をお聞かせいただけますか?」


「ぁーうるさっ……ちょっと元気なお花なんだよね――おいっ、くせぇ汁を出すんじゃねぇ! おとなしくしてろっ」


 リーズリットに怒られて、元気なお花は元気なので逆上した。

 破裂するような高音で「キシャキシャシャシャシャシャーッ」と花弁を震わせる。


「リズ様っ、お花なんですよね!? 強烈に鳴いているような気がするのですがっ?」


「うーん、こんなものかな……バランス見るから、動いちゃダメよ」


「ひぅっ、やだ、なんかピリピリする……!」


 様子を窺うことのできない頭上で、邪悪な主人が謎の花を自分のおだんご頭に刺している。

 さらに、その花から分泌されているであろう臭い汁が、首筋や襟から服の中に侵入しているのだ。


 先ほどまで抱いていた、リズ様に付き合っていたら仕事が終わらなくなるなぁ、などという心配はとうに何処かに消えていた。

 良かったと思おう、ルーシー。


「よし、完成っ! 作品名は“禁忌の森を侵した者の末路”にしよう」


 ルーシーの頭からは、まるで寄生しているかのように大小の草花が天井に向かって伸びて。

 特に、ルーシーの顔面に食いついている巨大花が異彩を放つ。


 華道を(たしな)む人間が、この作品にどのような評価を与えるのかどうか、純粋に気になる。


「リズさま――ぅおえっ、もう、よろしいですか……?」


 巨大花の分泌液が臭すぎるようで、ルーシーは嘔吐(えず)きつつも伺い立てた。


「うん、とっても楽しかったぁ、満足満足」


「それは、よろしゅうございました……ぅわ、ピーキークルッコじゃないですか」


 いの一番に引き抜いた悪臭の根源を見て、ちょっと嬉しそうな声を上げるルーシー。

 正体がわからないことへの恐怖があっただけで、エルフの森出身の彼女にとって植物は友だちなのである。


「一番ヤバそうな花を南方から取り寄せた」


「まったく、イタズラには労力を惜しまないのですから……あぁ、他の子たちも珍しい。あとで植えてあげますからね」


 ルーシーは、ピーキークルッコを含め、頭に生けられていた花々を一本ずつ優しく置いていった。

 そして、あらかたを引き抜いてから、おだんごのふもとになにか硬いものがあることに気づく。


 不思議に思いつつ顔の前に持ってくると、それはオレンジ色の宝石で作られた、蝶のようにも見える八の字形状のバレッタだった。

 もちろん、リーズリットの生け花教室の前から身に着けていたものではない。


「――じゃあ、後片付けはよろしくな」


「ちょっとお待ちください、このバレッタはなんですか?」


 そそくさと部屋から出て行こうとするリーズリット。


 ルーシーは優秀な侍女(じじょ)であるため、主人の御心をある程度察することができていた。

 しかし、なにもなしに懐に入れるにはバレッタが見事すぎる、そう考えて呼び止めたのだ。


「あー……この前の辺境伯が送ってきた、お礼だって」


「ああ、あのドラゴンの」


「あそこら辺で採れるんだって、その宝石が。それで、皇女の髪の色と同じだからお似合いになるのではないかって。でも、わたしはあんまり髪(まと)めないじゃん? それに、色が被ってると印象がぼんやりする気がして嫌だし。せっかく可愛いデザインだから使わないのも、ね?」


 なにかが気まずいのだろう、リーズリットにしては言葉の節々の歯切れが悪い。


「……そういうことでしたら、私がもらってしまってもよろしいですか?」


 そんな主人の様子に満足したのか、臭い汁まみれのメイドは、嬉しいという感情を噛みしめながら問うた。

 主人の髪と同じ、太陽のような色のバレッタを大切そうに胸に抱いて。


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