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ささやかな秘密基地で、皇女様は秘めごとる


 大きなお城の大きな回廊で、人目を忍ぶように歩いている影があった。

 ただ、影と言うには、そのオレンジ色のふわふわ髪は陽の光を浴びてきらきらと輝きを放っている。

 そして、それが着ている服も良く仕立てられた上質なものであるため、周囲の目を引いていた。


 つまり、こそこそ影――お城の主である第三皇女リーズリット・リリラリルはまったく忍べていないということだ。


「あら、リーズリット様、どちらに行かれるのですか?」


「ぅわっ、ルーシー」


 さっそく専属メイドのルーシーに見つかってしまい、リーズリットは口から心臓が出そうになった。

 重ねて言うが、別にルーシーが目ざといというわけではない。


「ぁっ、もしかして、なにかイタズラでもしようとしていたのではないですか?」


「ひゅ、ひゅ~……ひゅひゅ~……♪」


 日頃の行いによって、すぐに企てを看破されてしまうリーズリット。

 あらぬ方を向いてなんでもなさを装おうとするが、もう遅いだろう。


「ふふっ、誤魔化しも口笛も、お上手ではないようですね」


「むぅ……だれにも言わない?」


「もちろん、優秀な侍女(じじょ)の口は堅いものなのですよ」


 ルーシーが第三皇女の専属メイドを担っているのは、古くから王家に仕えていることだけが理由ではない。

 自ら称しても嫌味にならないほどの優秀さを持ち合わせているからこそなのである。


「あのね、ひみつきちに行くところなの」


「ほう、それは申し訳ないことを……主人の秘密を問いただすなど、優秀な侍女にあるまじき所業でしたね」


「くるしゅーないよ」


 深々と頭を下げる年長者に対して、10歳にも満たない少女は偉そうに振る舞う。

 しかし、その光景はリーズリットが可愛らしい容姿であることも相まって、なおさら微笑ましい。


「では、私はなにも聞かなかったことにして、失礼いたします」


「ルーシー、ひみつきち来る?」


 踵を返そうとするルーシーを、リーズリットが呼び止める。

 その表情は、宝物を隠したままにしておけない、やんちゃさんであった。


「あら、秘密なのによろしいのですか?」


「ぇへへっ、こっちこっちっ」


 陽の光がかかる回廊の中を、皇女とメイドの主従が手を引き合って駆けていく。

 その楽しげな姿は、服装を考慮したとしても、まるで姉妹のようにしか見えなかった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 仲睦まじいふたりは、お城の一室の中で立ち止まる。


「ここだよっ」


「えっと、私の部屋のクローゼットなのですが……?」


 リーズリットの弾んだ声を聞いて、どうしてかルーシーはことさらに困惑した。

 普通に考えれば、ちょっとした小部屋であるクローゼットを秘密基地と呼んでいるのだろうが、いかんせんルーシーにはここでリーズリットを見た記憶がない。


 両開きの扉を開けて、クローゼットの中に入っていくリーズリット。

 戸惑いつつも、ルーシーは主人の後を追った。


 勝手知ったるといった様子で、リーズリットはずらりと並んだメイド服をかきわけ、後ろの壁に手をかけて押し開いた。


「こっちの奥、開くから」


「知らなかった……」


 ふいに現れた非日常に、ルーシーは胸の高鳴りよりも不穏な気配に胸騒ぎがした。

 知らずにいれば、少なくとも今日はいつもと同じ日々を過ごすことができたのに。


「この隠し部屋は、王族の中でも一握りの者しか知らないからね」


「……あの、リーズリット様」


「ダメよ、引き返すのは」


「……」


 隠し扉を抜けて、少し狭い通路を進むリーズリットとルーシー。

 ルーシーの足取りはだんだん重くなっていくが、主人の手前、足を止めるわけにはいかない。


 やがて、ひとつの部屋にたどり着いた。

 入り口が特殊だったというだけで、その部屋の造り自体は、変哲のないものだ。


 しかし、落ち着いた色で揃えられたテーブルや椅子、ソファ、ドレッサー、ショーケース。

 あらゆる調度品の上や中に、銀色に近い白髪の生首――ルーシーの生首が飾られていることは奇奇怪怪でしかなかった。


「じゃーんっ! ここが皇女の秘密基地、かわいい侍女の生首コレクションバージョンだよっ!」


 狂気の塊たちを背景に、リーズリットは元気に両手を広げる。

 背景がなければ、その姿は無邪気の象徴と言ってもよかったかもしれない。


 リーズリットの声に反応したのだろう、それぞれの生首が一斉に口を開く。


「おかえりなさいませ」「あら、本体の私ではないですか」「また見つかってしまったのですね」「気づくのが遅すぎるようにも思います」「リズさまぁ、ちゅー」「仕方のないことです」「記憶の補填は自動ですもの」「あれも私これも私みんな私」「おかえぇりなさぁあい」「これは怖い話になるのでしょうか」「それとも笑い話?」「人間の基準で考えると、発想は狂気ですよ」「でも私はエルフだよ?」「ダメですよ、そんな前時代的な考え方は」「そうです、エルフと人間は手を取り合ったのですから」「らぶあんどぴーすぅ」「でもエルフじゃなかったら、もうお陀仏だったわけで」「確かに」「よかった、エルフで」「まったくです」


 女の子が三人集まるだけでやかましくてしょうがない、というのが通説だ。

 この空間には、ざっと見るだけでも十を超えていて、そのうえ同じ声を発する女の子がいる。

 思い思いの好き勝手な発言を、がんばって聞き取ったと評価してほしいものだ。


「えっと、リーズリット様……?」


「なにかしら?」


 ここまで黙っていた本体のルーシーが口を開く。

 一回、二回と深呼吸。


「はぁ、すぅー……いくらエルフだからって私の生首をコレクションしてはいけませんっっっ!!」


 溜めに溜めて発せられた、ルーシーの叫びが秘密基地に響きわたる。

 「怒ってるぅ」と生首たちは、やいのやいのと(はや)し立てる。


「えぇー、だめぇ?」


 拾ってきた子犬を戻してきなさいと言われた娘のトーンで甘えるリーズリット。

 許してしまいそうになるが、ぐっと堪えるルーシー。


「ダメに決まっているでしょうっ、どこに生首集めが趣味の皇女がいるというのですか!」


 両手を腰に当てて、ルーシーは主人を叱る。

 「ここにいるぅ」と生首たちは、やいのやいの。


「私は黙ってなさいっ! あとでまとめて消してあげるから」


 自分に対してなので、態度のきついルーシー。

 「横暴だ」「身体があるから偉いと思うな」と生首たちは、やいのやいの。


「るーしぃ、ほんとに捨てなきゃだめ? ちゃんと世話するからぁ、このまま飼ってもいいでしょ?」


「黙っ――ぁっ、いや、あの、私の自己同一性に疑いが生じちゃう……」


 上目遣いでしなだれかかるリーズリットと、対応の温度差によって戸惑うルーシー。


「わたし、ルーシーが可愛いから集めたくなっちゃったの」


「ぁえっ? イタズラとかではなく?」


 隙を突くような発言をして、さらにルーシーを惑わせるリーズリット。

 そして、本体を残して部屋を進み、テーブルの上にいた生首を抱える。


「ほら、みんな可愛い髪型してるでしょ? ルーシーっていつも同じ髪型だから、いろんなルーシーも見たいなぁって思っちゃったの」


 確かに、リーズリットの抱えるルーシーの髪は下の方で二つ結びされていて可愛らしい。

 よく見ると、部屋の中の生首たちはそれぞれ、ハーフアップや三つ編み、ポニーテールなどのヘアアレンジが施されている。

 普段の高い位置でのきっちりおだんごスタイルに比べると、いずれも柔らかい印象を受けるのは間違いない。


「まあ、仕事中は邪魔にならないように(まと)めているので、可愛くはないかもしれませんが……」


「もちろん、本体も可愛がってあげるよ? はい、ちゅー……」


 ぶつぶつと拗ねる侍女のもとに、生首を持ったままの皇女がとことこと歩いていく。

 そして、幼い顔立ちに似合わぬ妖艶(ようえん)な表情を浮かべながら、侍女に顔を寄せた。


「ちゅっ!? やっ、こじょっ、みっ、だっ、どっ、だだっ」


 おそらくではあるが、ルーシーは「ちゅうですって!? なにをおっしゃるのですか、皇女ともあろう御方が私のような下々の小間使いと唇を合わせるなどあってはならないことですよ! もし誰かに見られでもしたらこんな生首どころの騒ぎじゃなくなります! それでなくてもエルフは純真無垢でなければならないのですから欲望を芽生えさせないでくださいっ」と言いたかったのだろう。

 ルーシーが美人でなければ、目も当てられないぐらいの落ち着きのなさだ。


「えぇ? 大丈夫だよぉ、ここは秘密基地だから」


「秘密、基地だから大丈夫……?」


「そう、秘密なんだもん。なにがあっても、ひみつ、でしょ?」


「なにがあってもひみつ……」


 耳もとで囁かれることで威力倍増の、リーズリットの甘言。

 顔に触れる息のくすぐったさも、ルーシーの意識を散漫にしていった。


「そうそう、ほら、ちゅー」


「ちゅー……」


 考えることができなくなって、求められたことをそのまま返すルーシー。

 触れるだけの、親愛を表すキス。

 周りの生首たちは「ひゅーひゅー」「いいぞ、もっとやれ」「私にもちゅーして」「こちら側にようこそぉ」と、やんややんや盛り上がる。


 本来許されることではないだろう、エルフの生首を集めたり、皇女と侍女がキスしたりすることは。

 しかし、ここではすべてが許される、誰に咎められることもない。

 だって、秘密基地は秘密なのだから。


「リズさまぁ、ちゅー」


「あらら、おかしくなっちゃったかな」


 また、新しくしなくちゃね。

 侍女の求めに応じて唇を触れ合わせながら、皇女はつぶやくのだった。


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