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エルフには雨乞いの風習があります


 第三皇女の専属メイドに用意されている、ちょっと大きめの自室で。


「るーしー……」


 夜明け前にもかかわらず、なぜか第三皇女がメイドのベッドに潜り込んでいた。


「ぅん……?」


 ルーシーは寝起きが悪いわけではない。

 しかし、昨夜に遅くまで仕事をしていたことが影響して、なかなか覚醒にはいたらないのだ。


「るぅー……しぃー……」


「ふぇ……リズ、さま……?」


 半分ほど開いた目で、隣で横になる主人を見つけるルーシー。

 鍵をかけているはずなのに忍び込まれていることは、とうに気がかりにもならなくなっている。


「起きた」


「ぅうん……そりゃ、あれだけ呼ばれれば起きますよ」


 リーズリットの少し嬉しそうな声音に、まだ眠そうなルーシーの声が返される。


「ぇへへ、起こしちゃった」


「なにか、怖いことでもありましたか?」


「んー、ちょっと雨のやつらがざわざわしてて」


 窓の方に顔を向け、ルーシーは外の様子を眺める。

 ぱたぱたと、雨粒がそこかしこに当たる音も聞こえた。


「ああ、まだ降り止んでいなかったの……確かに、はしゃいでますね」


「何度も消し飛ばしてやろうと思った」


 頬を膨らませながら、リーズリットは言う。

 まったく冗談の気配を感じないことに苦笑しながら、ルーシーはおどろおどろしい主人の頭を撫でた。


「我慢して偉いですね、リズ様」


「いまルーシーに褒められなかったら確実に殺ってた」


 猫のように、リーズリットはルーシーの手のひらに頭をこすりつける。


「みんな、リズ様のことが好きなだけなのですから、優しくしてあげてくださいまし」


「でた、エルフ的善良説」


 エルフは、神や精霊などの目に見えないとされる超自然的な存在をひじょうに敬っている。

 リーズリットからしたら、頭の中お花畑の浮かれポンチなのである。


「善良で悪いことなどないでしょう。それに、雨が降ることによって緑が潤い、自然が豊かになるのですよ」


「田舎くさいエルフどもは喜びそうね、森が守られたって」


「森の恵みは人だって享受しています。燃料や食べ物、紙に家具、それに家だって木がなければ造ることはできません」


 悪態など聞こえていないかのように、ルーシーは教師然として語り続ける。

 実際、ルーシーがリーズリットに授業を行うこともあるのだが、たいていは言い争いか取っ組み合いのケンカで終わる。


「雨のせいで川の水が氾濫して村が流されてしまったサムおじさんに一言」


「愛を受け止めきれなかった愚かな人間が悪い」


「いや、一番悪いのは、雨乞いしているお前らエルフだ」


 皇女もメイドも、お互いに頑固であるからたちが悪い。


「雨乞いかぁ、懐かしいですね。私が神官をやるときは、百発百中で雨をもたらしていたのですよ」


「……この雨、ルーシーが降らせているんじゃないでしょうね?」


「いまは何もしていないつもりですけど……もしかしたら、私のことが忘れられなくて来ちゃったのかもしれないですね」


「とっとと追い返せ、迷惑だ」


「あら、せっかく好いてくれているのに追い返すなんてできませんよ」


「そんなに雨が好きなら、わたしがお前にキスの雨を浴びせてやる――」


「ぅぷぷっ」


 少女漫画の中でさえも歯が浮くようなセリフを、リーズリットは冗談で口にしたのだが。

 こともあろうに、ルーシーはあからさまに吹き出してしまった。

 不敬罪である。


「……」


「ぁっ! も、申し訳ございませんっ。真剣なお顔で、そんな……ふっ、そんなダサい言葉を、ぁはっ」


 自らの過ちに気づいて、即座に謝るルーシー。

 だが、謝罪のためにリーズリットの目を見るので、先ほどのキザなセリフをいやでも思い出してしまう。


「……」


「いや、ご冗談ですよね、わかっております。本気であのような……あの、ような……くふっ、あはははっ、なんですか“キスの雨”って! ひひっ、ぃひーっ、止めてくださいよっ、リズ様! ひぃーっ、お腹痛いっ……!」


 足をバタバタさせながら、お腹を抱えるように笑い続けるルーシー。

 これは、夜が明ける頃まで生きてはいられないだろう。


 よっこいしょ、とリーズリットはルーシーに馬乗りになり、両の手首を掴んで押さえつける。


殺殺殺(ころす)……」


「ぁはーっ、ひー……あれ、リズ様? ちょっと、皇女ともあろう御方が、乱暴はよくありませんよ? ぁっ、力強い……これ、本気のやつだっ! いやぁーっ、ごめんなさいリズ様っ! つい出来心で笑っちゃっただけ――ぅににゅっ! ぃあ、ぅむーっ、やめにゃーっ――!」


 暴れるメイドを器用に組み伏せたまま、皇女はひと噛みひと噛み味わうように雨を降らせた。


 さて、どちらの雨が先に降り止んだのか。

 それこそ、神のみぞ知るところであるだろう。


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