皇女様が幸せレシピを紹介します
左右対称に美しく整備された、広大な庭園の一角で。
「ねえ、ルーシー・グリット。いったいぜんたい、これはなにかしら?」
世界統一王国の第三皇女リーズリットは、目の前に置かれた皿を指さしながら問うた。
その皿の上には、タコの頭のようなドーム状の焼き菓子が載せられている。
「はい、そちらは本日のおやつ“蜂蜜のワフルッル”でございます」
専属メイドのルーシーが、主人の質問に厳かに答える。
なるほど、網目状にかけられているシロップは蜂蜜らしい。
細かい材料まではわからないが、小麦粉、砂糖にバター、それにタマゴの焼き菓子に蜂蜜がかけられる……美味しいと約束されたおやつであることは間違いない。
「ねえ、ルーシー・グリット。わたしが言いたいこと、あなたほどの忠誠心を持つ者だったらもうわかっているのでしょう?」
「はい、私ルーシー・グリットは主人であるリーズリット・リリラリル様に忠誠を誓っておりますゆえ、聡明なお考えが手に取るようにわかります」
ルーシーの言葉を聞いて、リーズリットは満足そうに数回うなずく。
「うむ、たいへんよろしー・ぐりっと。じゃあ、どうぞ」
「“こんなに美味しそうなワフルッルなんだもん、ひとりで食べるのは忍びないわ。そうだ、いつもお世話になっている家族同然の従者ルーシーの分も用意してもらっていっしょに食べることにしましょう。うふふっ、楽しいティータイムになりそうな、よ・か・ん♡”とリズ様はお考えですね」
少し頭がお花畑になっている女の子のきゃぴきゃぴ感で、ルーシーはリーズリットの思考を代弁した。
ちなみに、♡マークは濃密なキスを投げたことを表している。
「ちっげーよっ! どうして皇女のわたしが薄汚い侍女ときゃっきゃうふふしながらおやつらなきゃいけねーんだよ! というか三桁年齢のばばばあの投げキッスなんて誰の得にもならねーからやめろっ!」
「はいぃ!? エルフの私を人間の尺度で語らないでくれますかぁ? どこからどう見てもうら若い可憐な少女でしょうが! それにあと数十年したらばばばばあなのはリズ様の方なんですからね!」
ヒートアップして罵り合うふたり。
いいことなのかどうか、皇女とメイドの主従関係にはまったく見えない。
「はぁーあ、これだからエルフはダメなんだよね。ルーシー、このワフルッルのおかしいところ、ほんとに気づかないの?」
もしかしたら自分に手抜かりがあったのだろうか、そう思ったルーシーは熟考する。
「……わかりません」
しかし、黙っていることが無礼になるぎりぎりまで思考を続けたが、けっきょく白旗を挙げた。
百戦錬磨のプロフェッショナルメイドであるルーシーでさえ気づけなかったこととは、いったいなんなのだろうか。
「アイス――」
「ふぇ?」
「アイスクリームがのっていないでしょうが!」
「はっ! たっ、確かにのっていない! こりゃあ画竜点睛を欠いているとしか言えねえやぁ!」
あまりの衝撃に、キャラクターがおかしくなるルーシー。
江戸っ子のような口調で、額をぺしんと叩いている。
「エルフと違って、わたしたち人間は一日一日のおやつに全力で向き合わないといけないのはわかるでしょ?」
「物足りないのが明らかであるのに、リズ様に指摘されるまで気づかなかった……これが、不死に胡坐をかいた結果だというの……?」
忠誠を誓った主人の御心、それを察することができなかった。
ルーシーはがっくりと肩を落とし消沈している。
「反省してくれればいいわ。さあ、厨房からアイスクリームをちょうだいしてきなさい」
そんなルーシーに、リーズリットは優しく手を添えて励ます。
聖母のような声音に、ルーシーの頬には自然と涙が流れる、と思いきや。
「……しかし、ワフルッルにアイスクリームをのせないなんてミス、厨房の皆さまが犯すでしょうか?」
探偵がよく使う、他人に聞いているようで聞いていない調子でつぶやくルーシー。
「なっ、なにを考えているの!? あなたは言われるがままアイスクリームを取ってくればいいのよ!」
「そういえば……リズ様、昨日のおやつの時間に、別添えされていたシロップを全部使っていませんでしたか?」
「ぎくっ!」
「厨房は、リズ様の食生活の健康をになうのが使命……つまり、アイスクリームをのせなかったのは“甘いものはほどほどになさってくださいね”というメッセージである可能性が高い!」
「ぎくぎくっ!!」
まさに図星を衝かれたというようなリーズリットに、ルーシーは保護者よろしく詰め寄る。
「リーズーさーまぁー?」
「うるさいうるさいっ! アイスアイスアイスイスイスイスイスゥッ!」
そろそろ13歳になろうというのに、まるで幼児である。
そういうところが可愛い、と言えるのは赤の他人だけだろう。
「リズ様の身体を気遣ってくれているのですから、我慢してそのまま食べなさいっ」
赤の他人ではないので、ルーシーは腰に手を当ててリーズリットを叱りつける。
「いやだぁ! ワフルッルにアイスクリームをのせずに食べる皇女だと思われたくなぁい!」
「そんなこと誰も思いませんって! ほらっ、リズ様のためなんですよ!?」
業を煮やしたのか、ルーシーはワフルッルの頭頂部にナイフを突き立てて、それを勢いよく切り開いた。
無理やり食べさせてしまおう、武力制圧である。
「ちくしょーっ、この腐れエルフが! 皇女の信念をへし折った罪は重いぞ! いいか、どろどろに熱した銅でお前を包んでワフルッルみたいに――!」
しかし、声を荒げるリーズリットの眼前で、ワフルッルの中からほどよく溶けた白い物体が姿を見せた。
ひじょうに、食欲をそそる光景だった。
「ぁっ、中にアイスクリーム……」
ルーシーの、思わずつぶやいた言葉が空気中に消えていって、気まずい沈黙がこの場を支配する。
ちなみに同時刻、厨房では、生地の表面のサクサク感を損なわないためにアイスクリームを中に閉じ込めたうえに見た目が寂しくなったワフルッルに先に濃厚な蜂蜜をかけておくことで見栄えアップとシロップの使いすぎを防ぐなんてアイデアさすがサムおじさんは天才だよはははよせやい俺は食べる御方のことを第一に考えているだけだぜ、なんていうやり取りがあったそうな。
「……ルーシー、いっしょに食べようか」
「あーん、してくださいね」
厨房に行っている間に、こちらは仲直りをしたみたいだ。
恥ずかしい勘違いをひとつ乗り越えたリーズリットははたして大人の階段をひとつ上ることになった、と思いたいものである。