皇女様は不眠のきらいがあります
シックな家具と可愛らしいぬいぐるみが、ちぐはぐな印象を与える寝室で。
「夜に眠らないと体調が悪くなるのは、人間の欠陥を突きつけられているようで腹立たしいわね」
世界統一王国の第三皇女リーズリットはベッドに入ったが寝つきが悪くていらいらしていた。
昼間に勉強をサボって木陰で休んでいたのが原因なので、自業自得である。
「リズ様、これだけ延々と寝かしつけさせてから得た結論がそれですか?」
まだ仕事が残っているのに夜更けまで付き合わされるはめになっている専属メイドのルーシー。
さすがに不憫なのだが、リーズリットはまったく気にしない。
「あくびが出るほど退屈なエルフの伝承を聞き続けなきゃいけないのも腹立たしい」
「眠れないからなにかお話しして、と私を呼んだのはリズ様だったと記憶しているのですが」
憎まれ口をたたくリーズリットに対して、ルーシーは呆れた様子も隠さずに話す。
王位継承権を持つ王族は百を下らないけれども、その中で一桁の順位であるリーズリットにこんな態度を取れるのは、ひとえに二人の仲の良さによるものだろうか。
「あっ、エルフ譚のつまらなさが腹立たしすぎて余計に目が冴えていたのかも……なおさらむかついてきた」
「それ、もう少し早くおっしゃってくださいませんか? 終盤に差し掛かろうかというところまで話をしたのですが」
少し興が乗っていたことも相まって、照れ隠しなのだろう、ルーシーは不平不満をとがらせた口にした。
「実のところ、序盤でもう興味をなくしていた」
「どうしてですか!? 人間とエルフの固い絆、その始まりが語られるという超決定的エピソードなのにっ」
ルーシーの機嫌が悪くなったときに、さらに塩を塗り込みたくるのがリーズリットの性分だ。
からかっておちょくってこづき回して、ようやく表れる感情が大好物なのである。
「むかしむかし、霧も緑も深い森に迷い込んだ人間たち――」
「あら、よく覚えているではないですか。つまらなかったなんて言っておきながら、リズ様はあまのじゃくでいらっしゃいますね」
「『この森はよく燃えそうだなぁ』そう言ったサムおじさんの手には、煌々と燃え上がる炎が握られていました――」
「おいっ、サムっ! ダメだぞっ、神聖な森を燃やすなんてことをしたら!」
平静を失うルーシー。
それだけ彼女にとって故郷の森が大事な存在であることがわかる。
「うるさいエルフの女が現れたので、引っ捕らえて連れ去ることにしました――」
「ぃやっ、さ、触るなケダモノっ、ぅぐ、もぐぉがもがもがっ……!」
「猿ぐつわをかませられたエルフは身ぐるみを剥がされ、王国の皇女と添い寝をする刑に処されたのでした――めでたしめでたし」
いつの間にか、ルーシーは王族御用達のふかふかベッドの中に引きずり込まれていた。
「ふふっ……初めから、“寂しいからいっしょに寝てほしい”とおっしゃってくだされば、可愛げもありますのに」
先ほどまでのドタバタで、リーズリットの顔には乱れた前髪が散乱している。
ルーシーは、それをひと束ずつ優しく退けていった。
「うるさい! 早く身ぐるみ剥いでっ、ごわごわするでしょ」
「きゃっ、じ、自分で脱ぎます! ちょっ、下着まで脱がせる必要ないじゃない……!」
そんな気遣いなどお構いなしに、リーズリットは勢いよくルーシーに襲いかかる。
きちっとしたメイド服によって膨らんでいたシルエットが、徐々に小さくなっていく。
すでに夜も更けた時間に。
久しぶりに温かく眠れるであろう第三皇女と、残った仕事を翌日に回さなければならなくなったメイドの、修学旅行の夜のような楽しげな声が廊下に響くのだった。