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エルフは銅がお嫌いです


 日本でも西洋でも地球でもない、どこかの世界で。


「るーしぃー、ひまなのよー……」


 世界統一王国の第三皇女リーズリットは猫のような甘えた声を発している。

 そろそろ13歳になろうというのに、まるで幼児のようだ。


「リズ様、私は忙しいので暇人に構っている余裕はありません」


 まとわりついてくる自分の主人に、専属メイドのルーシーは冷たい口調で言い放った。

 美人が無表情だとなおさら威圧感が与えられるものだが、リーズリットは怯まない。


「辛らつっ!? ねえねえ、ルーシー、わたし皇女っ!」


「皇女であらせられるリズ様が暇を持て余すことができるのは私たちのような下々の者が血を燃料に命をくべて働いているからなのですよ」


 すがるリーズリットをぺいっと押しのけて、ルーシーは仕事を続けようとする。

 なにをそれだけ書類が必要なのかと思うほど、文机の上には紙の束が載っていた。


 ルーシーが仕事をため込む駄メイドかというと、そういうわけではない。

 ほとんど、リーズリットのせいである。


「ちょっと、早口止めてっ! わたしの相手をする時間がほんとに惜しいみたいじゃない」


「……」


「図星だったからって黙らないでっ、傷つくでしょ?」


「はぁ……」


「これ見よがしに溜息つくなっ! そろそろ泣くぞ!? いいのか、皇女を泣かせてっ」


 リーズリットは喚きながら、ルーシーのメイド服の襟を掴んでがくがくと揺らす。


「リズ様、古語の教師から出されていた宿題は終わったのですか?」


「ぅわあぁ、ぅあ……ぁああーーーーーーんっ! この薄汚い侍女(じじょ)が高貴な身分で賢く聡明な皇女をいじめたぁぁあーーっ! だれか引っ捕らえて斬首して斬首ぅーっ!」


 ルーシーの指摘に対して、権力という武器で暴虐の限りを尽くそうとするリーズリット。


「エルフは首を切られたぐらいでは痛くもかゆくもないのですよ」


 だが、俗に言うドヤ顔を見せる余裕すらあるルーシー。

 これは、初めてルーシーがリーズリットに邪魔されずに仕事ができる瞬間に立ち会えるのかもしれない。


「刃の部分が錆びた銅の斧でちょん切る」


「ごめんなさい、どうかお許しください」


 無理だったようだ。


 首に手刀をとんとんと当てるリーズリットと、それを見て床に這いつくばるように謝罪するルーシー。

 エルフにとっては死よりも恐ろしいことらしい。


「宿題いっぱいなのよねー、だれか代わりにやってくれないかしらー」


「こら、調子に乗るんじゃありません。ご自分で取り組まなければ意味がないでしょう」


 ルーシーはエルフという種族、そして年長者としての誇りを胸に必死に抵抗する。

 がんばれ、ルーシー。


「落とした生首は銅鍋(どうなべ)につっこんで、クサガエルの体液といっしょにぐつぐつ煮込む」


「リズ様、私が宿題をやっている間、なにか甘いものはいかがですか? ご用意いたしますよ」


 魔女が鍋をかき混ぜるようなジェスチャーを見せるリーズリット。

 ルーシーは、誇りなんてなんの役にも立たないと、両手をすりすりとごまをすった。


「じゃあ、よくこねて生地を柔らかくして丁寧に焼き色をつけたロットトが食べたいな」


「また手のかかるものを……! さすがに厨房の皆さまの手を煩わせるわけにはいかないのですが……」


「わたしも作るの手伝うからぁ、いいでしょ? るーしぃー」


 猫なで声で抱きついてくるリーズリットに、ルーシーはほだされてしまう。


「ふむ、そういうことならいいでしょう」


 なんだかんだ、このメイドがちょろいのも悪いのである。


「やったぁ! 善は急げっ、標的はロットト、よーそろーっ!」


「きゃぁっ! すっ、裾を持たないでくださいっ……リズ様っ、ちょっ、離して……は、離せぇええぇ!」


 いたずらっ子だとしては邪悪に笑うリーズリットと、そのあとを羞恥で顔を真っ赤にして追いかけるルーシー。


 仲の良い友人か、それとも姉妹か。

 楽しげにスカートの裾を持って走り回る皇女と、白くすらりと伸びた脚と黒い下着をちらちら(さら)すメイドの姿は、傍から見ると微笑ましいものだった。


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