6.鬼の殺し方
△7七角成
▲同 桂
昨晩と同じ序盤を進み、件の分水嶺で後手が指した手は
△4五角打
2七と6七への両成りを狙った△4五角打だった。
三間飛車に対する常套手とも言える一手だが、新鬼殺しに対する応手としては《悪手》である。
▲6五桂
この桂跳ねは端的に▲5三桂不成と更に跳ねての金取りを見せている。
これを防ごうと△6二銀と来たならば、▲7四歩、△同歩に▲5五角打が狙いの返し技。
飛車を狙い、方や香車取りつつの馬作りである。後手としては大激痛だろう。
無論△4五角打に対する応手も皐月には徹底的に叩きこんでいる。
「やっちまえ。皐月。」
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△4二玉
『…△4二玉、ですか』
返ってきたのはマスターから聞いていない一手。
しかしこの手の意味するところは△6二銀と同じである。
それ即ち「飛車の横効きが止まる」という事。
『それならこれです。』
▲5五角打
7四歩と順番は前後するが先に角を打つ。
玉の早逃げを牽制しつつ1一角成を急ぐ為だ。
△6七角成
▲7四歩
△8六歩
▲7三歩成
盤面は序盤に起きた要所要所の手止まりが嘘のようにパタパタと進む。
その中で皐月は思う。
この対局は今までの対局とは明らかに異なると。
(なんだろう…凄く指し易い…)
優勢になる為に何をすればいいのかがわかる。
相手の何処が弱所で、どう攻めればいいかが解る。
それは何年にもわたり将棋を指してきて一度も経験した事のない。
即ち「初めて体験する」感覚だった。
△8五飛
▲1一角成
△8七歩成
▲7四飛
△6五飛
(桂馬は取られたけどその位置ならこれがある!)
▲6八香打
馬と飛車を貫く田楽刺し。
馬が逃げれば飛車を、逃げなければ馬を。
香車を取りに来ても馬を取り返す。
『…っ!』
盤面を挟んだ相手の歪んだ表情に口元がにやける。
(面白い。面白い!面白い!!)
正解がわからなかった今までとは全く違う。
意味も解らず定跡をなぞるだけだった今までとは全く違う!
(これが…これが将棋なのね!)
△7三桂
▲6七香
△同 飛成
▲6八銀
△6五龍
▲7三飛成
作られた龍は銀で弾き返し、こちらも桂馬を取りつつ龍を作る。
駒割りは相手が桂馬と香車なのに対してこっちは角と桂馬。
(これなら…勝てる!)
そう思った皐月の自惚れを突くかの様に、攻めの手を拉ぐ一手が飛んできた。
△7二香打
(っ…これは、避けるしか無いわね。)
▲8三龍
△7八と
殺された勢いを更に広げるかの如く、今まで防戦調だった後手は攻めを広げてきた。
もしこのと金を▲同金と取ってしまうと、△同香成で更に後手の攻めがきつくなってしまう。
ここは逃げるしか手が無い。
▲5八金
△6六桂打
▲6七金
△6八と
▲同 金
△7八桂成
▲5八金
(ううぅ…しつっこいなぁ!もう!)
打って逃げて取って取って成って逃げて。
八筋の香車と七筋の龍を後ろ盾にした絡み付くかのような後手の攻めだが、逃げの手はまだある。
今はきつくても耐えるしかない。
△7六歩打
▲4八玉
△6八成桂
(っ!
今だ。)
▲7三歩打
香車の効きを遮る歩打ち。
これで7六歩の脅威度は大分下がった。
代わりに金を渡すが、こっちにはまだ手がある。
△5八成桂
▲同 金
△6八金打
▲6六歩打
(よし。これで龍の利きも塞いだ。)
この歩は馬の紐が着いている。
それなりの手数をかけなければ、龍の効きを復活させるのは無理だろう。
△5八金
▲同 玉
△4五龍
▲4八玉
龍は逃げ、皐月の玉も右辺へ動く。
これで後手の攻めは一旦切れたと言っていいだろう。
しかしまだ後手には7七の歩成が、先手にも7二の歩成がある。
仕切り直しとはいえ、まだまだ勝敗は明らかではない。
△7七歩成
▲7二歩成
△同 銀
▲7四龍
7二の"と金"は銀で払われたが、銀から避けるついでに皐月も龍を"と金"へ当てる。
△6七と
▲4六香打
△7三歩打
▲8四龍
△5四龍
▲同 龍
△同 歩
と金を逃げられ、龍を交換し、皐月の手番。
持ち時間一杯まで読みを入れ、指したその手は▲4三香成。
この日彼女は、初めて対局に勝利した。
棋譜は△4五角打以降に技巧を使い、先手は後手より読みの深さを3段階落とした上で対局させました。
要は△4五角打が超絶悪手なので、そこからの対局では読みの深さで後手が勝るものの勝てなかったと言う棋譜です。
恐るべきは新鬼殺しと言う話ですね。
オーコワ(棒)
持論ですが、将棋に於いて脱「駒の動かし方は知っている人」が起きるタイミングでは「どのように攻めるかのプランニングが出来るかどうか」があるんじゃないかなと思っております。
振り飛車であれば「美濃の固さを利用し、大駒を捌いて居飛車側の守りが固くなる前に攻め切る」というのが「攻めのプラン」の一例でしょうか。
これは定跡の丸暗記だけでは身に着かない所ではないかなと思っております。
今回で上手く描写出来ていれば幸いです。