いつか見た景色。
パチ…
パチ…
パチン…
「うーん…。」
パ…チ
「ん…。」
パチ…
夕焼けの差し込む畳敷きの部室に静かに響く駒音と微かな唸り声。
そこに居たのは将棋盤を挟んだ男女一組の高校生。
パチ…
パチ…
「む…。」
数手進み、男子の顔が明らかに歪む。
それは自らの悪手と、そこから導き出される対局の結末を予想してのものだった。
更に数手進み、自らの読みが対局相手と噛み合っている事。
即ち『敗北が避けられぬ事』を確信した男子は、静かに駒台の上に手を置き、頭を垂れる。
「…負けました」
「ありがとうございました。」
「ふー…。
あー勝てねぇなぁ…」
「いやー、今回は大分危なかったけどねー。
やっぱ穴熊は端攻めされると怖いよ。」
「へん!勝ってから言われても嫌味にしか聞こえねーな!」
「へっへーん!勝者のよゆーってーやつよ!」
敗北した男子は悔しさを隠そうともせず、勝利した女子もまた喜色を隠さない。
そこに居るのは、勝ち負けのみならず、将棋そのものを楽しむ一組の若い棋士の姿だった。
「さて、そろそろ下校時間だろ。また明日だな。」
「そうね。また明日。
何度でもかかってくるがいいよ。何度でも返り討ちにしてあげるから。」
「ふん。言ってろ。」
手に各々の学習鞄を持ち、二人は部室を後にする。
それはだれかにとって何よりも大事な。
いつかあった、そしてもう二度と訪れる事の無い一幕。