【第十三話】 招かれざる客 後編 ◎
シャルロットは手綱を握りしめ、ひたすら馬車を走らせていた。
だがそんな彼女にも一つだけ気にかかる事はあった、それはいつも何食わぬ顔で付いてきていたのに今日に限って珍しくローズが何かに怯えていて付いてくることを拒んだのだ。
「嫌な気がするわね......まさかローズが駄々こねるんなんて思わなかったわ」
駄々かどうかは別として森に鳥たちや獣の気配が消えたのだと私の願いを許してくれるなら残りたいとローズは言った。
今までの彼女ならそんな事など大して気にせずシャルロットに付いてきたのに。
「なにかしら、あれ__」
屋敷から一番近い村でシャルロットは馬車を止める事にした、誰かが手を大きく上げていて何かを叫んでいる。
そして村の人間が数人ほど寄ってくると中年の男がシャルロットに声を掛けてくる。
「シャルロット様すいません、私どもの勘違いならすいませんですが」
「どうしたのとりあえず落ち着いて、ゆっくりでいいからね?」
「今朝方この辺で見ない格好の男がシャルロット様の屋敷の場所を聞きに来たのです」
「うん、それでなにがあったの__」
「どうせわからないと思い伝えたんですが何か奇妙な事を聞いてきたんです、屋敷に何人いるかとか、さすがにそこまでは、あのシャルロット様__」
村人の説明を最後まで聞かず走り出すシャルロットは気が付いたように途中で足を止めると急に振り向いて村人に声を掛けた。
「あっ!! あなた達おしえてくれてありがとうー、それと馬車を預かっててちょうだ~い」
そして再び自分が来た道に振り返るとシャルロットは再び走り出した、その速度は馬車をもこの世界で一番足が速いとされる土トカゲすらも超える。
ローズが怯えた理由はローズ自信の事ではなく僚太達を気にしてか、シャルロットひとり微笑むがつぎには真剣な顔つきとなると前を向く。
「あぁ見えてやさしいから彼女は.....いそがないと__」
村人から聞いた話にでた男の事を考える、村に行く途中に誰かとすれ違う事はなかった。
つまり考えられるのは人を避ける傾向があるつまり魔物や賊の類がつかう魔物道だ、簡単に言ってしまえばそいつはまともな考えをもっていないという事になる。
「魔物道かしら? それなら普通の人はあえて使わないし、盗賊かあるいは人との接触を嫌う奴......どちらにしてもいい人じゃなさそう!!」
勢いはとどまることを知らずにむしろより速くなると道を駆け抜ける、そして気が付くと屋敷の近くまで来ていてシャルロットは足をしっかりと止めた。
屋敷の外壁に目を向けると本来あるべきところにあるはずの門はなくなっていて辺りには焼けた匂いが鼻につく。
彼女は煙たそうにしながら大きくあなのあいた外壁から庭に入る、すると目に入るのは黒ずくめの男に立ち向かう少年の姿。
そして後方ではローズが膝を着いてレベッカは玄関の柱に手をかけている。
シャルロットは自分に言い聞かせるように整理するように考えた、いや考える必要はない辺りを見れば答えなど出ていたのだから。
__だが次の光景がシャルロットの眼に入る、一度目の斬撃をかわす少年は二回目の斬撃をかわせずまともに受けて彼は倒れていく。
「なんかものすごく腹が立つわね、いやちがうなにかしら、あの男が......」
この気持ちは何なのだろうか、すこしばかり考えるシャルロットは今までに経験した事のない感情が沸き上がる事に気が付いていた、そして顔はいつにもまして真剣になると足は男の居る方へと駆けだしていた。
「僚太、時間稼ぎありがとうッ__わたしは僚太も二人も絶対死なせはしないから、すこしだけそこで待っててね」
「その容姿にその剣か、まさかお前が剣聖......チッ、ハメられたかよ面倒だな」
「ローズ!! 僚太をできるだけ治療してあげてくれる急いでッ」
「シャルロット様すみません、ただ今__」
シャルロットの指示に従いローズが僚太を担ぎ近くから離脱する、玄関先で僚太を下ろすと片手で治癒のルーンを僚太の腹部になぞる、血は止まるが意識は回復せず、レベッカは足を引きずり二人の元に来ると。
「あたしゃ情けねぇ......ローズ、僚太は大丈夫かよ」
「ええ、ただ......今のところはですが」
二人はそう言いながらシャルロットの方を見ると彼女は鞘に収まったままの剣を構えている、顔はいつにもまして真剣で二人はそんな少女の顔を初めて見た。
いっぽうで男は腕を組んであくびをしながらただその時を待っている、まるで獲物に興味を失った狩人の顔だ。
「待ってくれているの? 随分気前いいわねあなた__」
「ん、ただ予定が狂ったからやる気がそがれただけだ」
「予定? あっそうならはやくおわりにしましょうか__」
風がそよぐと壊れた噴水場の水面が僅かに揺れるとそれとほぼ同時にシャルロットの姿が一瞬にして消えると男は不敵な笑みを見せる。
そして男はため息を吐くと手に持つ剣を構えはじめて顔をあげて微動だにしない。
暫くの静寂の後で突如に激しい音が鳴り響いた、それを皮切りにシャルロットの一方的な剣の打ち合いが始まる、男は次々迫りくる斬撃をさばくだけのようで顔には笑みを浮かべる余裕すらあるようだ。
「ちとばかしキツイなこの女、思ってた以上かよ__まぁこのれべるならあの男よりかマシか」
____どれだけの斬撃をさばいたのか、男はタイミングを見計らうとシャルロットに掌底を当てようと前にでると鈍い音と共に彼女は宙に浮く。
彼女は体をひねりその掌底を受け流しながら地に足を着いて腹部を押えながら答える。
「以外に痛いのねそれ、手加減してたわけじゃないけど、それじゃあいくわよ__」
彼女はすかさず剣を鞘から抜くと辺りはしばらくの静寂と目を覆いたくなるほどの閃光に包まれた、そして男の前には凛とした顔立ちのシャルロットが笑みを見せることなく立っていた。
「それが噂の呪われた剣聖の姿か? 滑稽だな......」
「わたしあなたの事を嫌いだから、覚えててね__」
シャルロットの次の斬撃の速度は視界にはおろか影すら映らない、暫く続く剣の打ち合いのなかで男は斬撃を受けるのをやめると疲れたのか息を整えながらかわしはじめる。
「クッ、俺はとんだバケモノを相手にしちまったようだな」
この男はそんな事を本当に思っているのだろうか、男の腕を腹を足を数多の斬撃が襲うほど圧倒的な力の差を見せつけられるのだが未だに涼しい顔をしている。
最後の一撃を受け流されるとシャルロットは男から距離をとって息を整えると、なげかけるように叫んだ。
「それなら__これでおしまいにしましょ!!」
そして彼女は剣を構えなおすと手で握りしめられたその剣には徐々に青い光の帯が集まってい、その煌めく輝きを離れた位置から見つめるレベッカは瞬時にローズと僚太の前に出て地面にルーンの魔法陣を刻み込むと口を開いた。
「あいつ、こんなとこであれを......おいローズ、おつけろ」
シャルロットはなにかをつぶやくと剣を勢いよく振り下ろすが、隙を見てシャルロットに飛び掛かろうとする男を放たれた輝く閃光の衝撃波と轟音が飲み込んでいった。
____荒れたシャルロットの屋敷の庭で僚太は目を覚ます、意識が正常になるのに数分か数秒か、頭を押さえながら立ち上がる僚太は首を傾げた。
「ここ、死んでないのか、そうだシャルロットがたしか」
辺りを見回すと庭園の面影はなく外壁は無残な姿になっている。
僚太の周りにはローズやレベッカが気絶して倒れているが、状況は未だにつかめない。
一方のシャルロットは向こうで確かに立っていた、何故か泣けてくる僚太、だが希望はやがて嫌な予感へと変わり、ふたたび辺りを見回す。
シャルロットから離れた所で、見たくもない男が立っていた。
「あなた、もしかして教会騎士ね、あの剣技はそこそこ自信あったのだけど......これ以上はあたしも堪えるわ」
「馬鹿を言え、てめぇまだ次のをやる気まんまんじゃねぇかよ......」
男の首元には青い石をはめ込んだ小さな十字架が下げられていて青色から徐々に透明になっていく、何か関係があるのか。
「教会騎士団、たった八人で数千の敵を討ったと聞くわね......」
「昔話が聞きたきゃ、他所でやれよ」
「ただ、数年前に全滅したって聞いたのだけど、ある一人の調律士の反逆によって......」
「黙れ、なにが調律士だ、お前が救うのは己だけだろ......俺は必ずこの手で奴を殺す、それまでは死ぬ気はない__」
二人は何かを知っているのだろうか、男が手に黒い剣を生成するとシャルロットに飛び掛かる、が、彼女の前に突如よく見慣れた少年の姿が現れた。
男の持つ剣の切っ先は僚太の額の直前で止まる、彼の眼は見開いたまま男を見つめていた。
「あんたの復讐にシャルロットを巻き込むなよ」
男は手にする剣を消滅させると、微かに笑った。
「悪運が強いなクソガキ......気が変わった、そもそも依頼主が嘘をついていた時点で殺す理由はなくなっていたからな、それとカッコつけるのは構わんが__」
「僚太!! 動いてはダメですよ何をしてるんですか」
意識を回復して気が付いたローズが駆け寄って来ていた、意味がじんわりと分かる僚太。
先ほど受けた傷から血が出ているのだが徐々に止まっていく。
それでもローズは気にしてか僚太を支えると彼の代わりというわけではないのだろうが、剣を鞘に戻したシャルロットが口を開いた。
「手を引くのね、いいわ見逃してあげるわよ、だけど」
「気に食わんが......いいだろう、なら見逃された礼というわけではないが、お前が手を貸すアルタイト国、気を付けた方が身のためだ」
男は再び死んだ魚のような目つきに戻ると外壁に向かって去ってゆく、剣聖とまともに渡り合える人間はきっとそう多くはいないだろう。
少しばかり腑に落ちない事でもあるのか僚太は男の背中に視線を向けたままシャルロットへと尋ねる。
「結局、これで良かったのか、シャルロットならあいつぐらい」
「いえ、かなり難しいかもしれないわね、彼は途中からほとんど手を抜いていたもの、依頼がどうのって言ってたからもしかしたらアルタイトで会う事になるかもしれないわね......」
シャルロットが一瞬なにかを考えていた気もするが、僚太はふと改めて辺りを確認すると思わず口に出した。
「で、シャルロットさん? これどうすんのさ」
「え? ひゅーふーふユー」
吹けていない口笛を吹くと誤魔化そうとするシャルロット、まぁ最低数発はなにかを放ったであろう跡が残っていて屋敷の周りは大変な事になっているのだから僚太でもなんとなく彼女の仕業なのではないのかと予想するが。
「それよりありがとう__シャルロット」
ちゃんと顔を見ようとする僚太に目を背くシャルロットは小さな声で答える。
「いえ.....この前も言ったでしょ、わたしは__」
「俺が言った相手は、シャルロット・ルリエにだよ、アルカナハートさんは知りませ~ん」
瞳に涙こそ浮かべはしないがシャルロットはうつむくと。
「この.....僚太のとんちんかん」
いつの間にか二人から離れていたローズは気絶しているフリをしたレベッカに歩み寄っていてすかさず蹴り起こしていた。




