鬼灯の袋の中の夢 バイバイさようなら
まあくんと、お姉ちゃんが上を見上げた。ぼくもつられて上を見る。ヒョコ、ヒョコと顔が二つ見えた。井戸の中を覗いている。遠いのにはっきり見えるのは、ぼうと赤と青の光の中に顔があったから。
ギョロギョロした目を、グリグリ動かしている。人間なのかな?なんか違うような気がするけれど………。
「イタ」
「おったぞ」
「チンミョウナ」
「現世の迷い子じゃぁ」
「ゲンセトツナガットル」
「今なら取り出せる」
「地蔵様ノイウトオリ」
「送り手がおる」
「ミチガデキトル」
「半分出来とる」
オタスケジャァ、と赤いのが、ポポポポと鬼灯を投げ入れてきた。それはふあふあ、フアフア、ぽうぽう、ポゥポゥ、中の実が光って、下に、したに、ゆっくりゆっくり降りてくる。
お助けじゃぁ、と青いのが、懐から何か出すと、それから糸が下に下に、鬼灯を追うように、と、と、と、と、ツ、ツ、ツ、ツ、白く光って、底に、そこに、ゆるりゆるりと降りてくる。
「嘘ぉぉ!ねえ、知ってる?『蜘蛛の糸』というお話、難しいかな?習ってないよね、たけるくんは、後で図書館でも行きなさいね、亡者ってそうなのおぉ!すっごい!」
なんか変な喜び方をしている真由子お姉ちゃん、ぼくは、まだ読んだ事がないその本の題名を、頭の中に叩き込んでおく。『くもの糸』だって。
ポゥポゥ光る人魂みたいな鬼灯と、光る釣り糸みたいなのは、途中迄は順調におりてきたけど、あと少しというところで、ピタ!と止まって、フラフラと何か探すように動いている。
「オイ、ハンブンノ、ダセ、タドリツケヌ」
「おい、はんぶんの、鬼灯だ、糸が迷うとる」
「出すのよぉ!聖者たけるくん、あれがここに来たら出れる!良かったわ、腕出てて」
ふぐ!次々になんか言われてくる。そしてぼくは言われるままにポケットに手を入れて、出そうとした時、大変なことに気が付いた。上を見上げて聞いてみる。
「これ、出したらどうなるの?」
「ソレワ、ソナエモノ、サキヲテラスモノ、ハザマとコチラヲツナグヒカリ」
「出せば子供の手の内で光る、糸がたどり着く、亡者がそれに摑まれば上に出れる」
「まあくんとお姉ちゃん?ぼくは?」
「オマエワ、カエラナイトイケナイ」
「お前と下の者は、悪いが上げられない」
赤いのと青いのが教えてくれる。優しい声が降ってきた。す、ん、涙が出てきた。ポタポタと溢れる。まあくん、ついでにお姉ちゃん。
「イヤだぁぁ!出さないもん、ぜーたいに出さない、うわぁぁぁん、まあくん、イヤだぁぁ」
「おわ!泣くな!なくなあ!言っただろ、ふ、ぐ、ぼくも、うわぁぁぁん、たけると、はなれるのイヤだよぉぉ、だから帰れって、起きろって、なんでここにくるんだよう、わああんさっさと起きて、そしたらもう来るなぁ!」
まあくんも泣き始めちゃった、だけど、やっぱり、涙が出てるのぼくだけ。まあくん泣いてるけど、やっぱりユーレーなんだ、そう思うとバタバタ溢れて止まらない。
「あ!ダメダメ!そんな事言ったら、上がれなくなっちゃうわよ、私みたいになりたいの?この後すごい悲劇がおとずれるのよほら、二人とも男の子でしょう、泣かない泣かない」
二人でわんわん泣いていると、真由子お姉ちゃんが、慌てて話してくる。ふえ?す、すごいひげきって?ヒクヒクしてると、上からまた声が降ってきた。
「コラワッパ、ナクナ、イイコ、時間ガナイ」
「泣くな子供、太鼓の音が終わるまでに上がらないと、連れていけぬ、夜が明けたら踊りは終わる」
「井戸ニ、ミズコナガシノ、ミズガミチル」
「お前はいいが、二人は辛いぞ、一回バラされる」
ふぐ、枯れ井戸じゃないの?バラバラ?ヒゲキ?ぼくは、お姉ちゃんに聞いてみる。詳しいの多分お姉ちゃん。
「そうなのよ、お盆の送りの日の夜明けね、つめたーい水が、ずァァって出てきてねぇ、その後グルングルン回って、トイレの水みたいに、その後ゴォーと引いてくの、私は溶けないから詰まってねぇ、ぐちゃぐちゃになったあと、ユーレーだからまた形は、一年かけてデロデローと、元に戻るけど、大変よぉ、ぐちゃぐちゃ………、しくしくしく(チラ)上半分だけど苦しいのいやぁ、しくしくしく(チラ)」
「一年かけて、って!頑張って出てきたって、そーゆー事なのぉ?ぐちゃぐちゃって、ど、どんなの……?」
「みーたーいー?」
慌ててぼくは首をブンブンと振った。お姉ちゃんがニヤリと笑ったあとで、デロデロのグロいスライムみたいなのに、パッと姿が変わったから。じゃ、じゃ、まあくんも?まあくんも?
「うん、詰まってぐちゃぐちゃになるみたい、でそのうち全部迄埋まったら、真っ暗の中を、スライムになって、ずっとさまよううの………、う。イヤだァァァ、わぁぁぁん、でもたけると離れるのはもっとイヤだぁぁ」
ふ………うわぁぁぁん!そんなのダメェ!と二人で泣く。イヤだぁ、ぼくはどっちも選べなくて、わんわん泣いた。
いつも一緒に勉強して、夏休みも冬休みも、土曜日も日よーも、ずうっと塾行って、すき間に遊んで。まあくんがいなくなっちゃう。
「コマッタ、ワッパ、オマエ、ソウジャ!チチ銀杏にナニタノンダ」
「早うせな、ほうそうか、子供、大きくなったら、何になりたいと頼んだ」
「ふ………ん、ヒック、え、お、お、お医者さん」
「イシャ、ソレ、ドウシテダ」
「どうして医者になりたい」
「助ける、お父さん、みたいに、命を助ける人に、なりたい、か、ら」
「助ける、ゲンチヲとった、メノマエノ、タスケテヤレ、ワッパシカデキナイ」
「助ける、言質を取ったぞ、二人がこっちに来たら、お裁きのあとに生まれ変われる、まっさらで、新しい命として新しい世に産まれる」
「アタラシイ、ミチガアルケル」
「乳銀杏に、願をかけた夢が叶うやもしれん」
赤いのと青いのの声。ぼくはヒクヒクしながら、作文を思いだした。もちろん『ウラ』のやつ。秘密基地でこっそり書いて、こっそり隠したまあくんが、ホントになりたいの。
まあくんの?まあくんの『夢』が、かなう、かなう、ぼくは助けなきゃって、どうしてかわからないけど、頭の中が、助けなきゃいけないで、いっぱいになった。
「ダメだよ、ひくひく、まあくんがグロいスライムになって、ひくひく、なりたいのなれないままに、ひく、ずーとだなんて、ダメ、ひっく」
「う、う、う、ごめんな、あれ、涙出てない」
まあくんが、気がついた。謝ってきた。ぼくはゴシゴシ目をこすって、首を振った。
「ごめんね、そうかぁ、ここから出たらもしかしたら、夢が叶うのね。うん!私頑張るわ!」
お姉ちゃんもなぜか謝ってきた。そういえばお姉ちゃんの夢?ぼくは、なんだかものすごく聞きたくなってきた。
「お姉ちゃん、夢をかなえるから、都会に行ったんじゃないの?ひっく」
「うーん、それは、そうねぇ、その時の手が届く夢、周りがいいよ、と言ってくれた将来の道かな、ホントは違ってたの、私はね『宝塚』で羽根背負って、大階段降りたいの」
「何?たからずか?まあくん知ってる?」
「す、ん、しらなーい、羽根背負って階段降りるなんて、家でもやろうと思えば出来るよ?」
「ち、違うわ!君達知らないの?『タカラズカ』よ!宝塚!歌劇、歌とダンスのお芝居よ!」
「ミュージカルなの?あ!戻ったら図書館で見てみる」
すっかり涙が止まったぼくは、ミュージカルだけど、なんか違う、と話すお姉ちゃんに、夢がかなうといいねとつけ加えて話した。
「イイコダ、ソレヲダシフタリのナマエを言え」
「良い子だ、持ってる鬼灯に二人の名前を、吹き込めろ、それが提灯となる、二人の道を指し示す」
「ワッパニハ、ワレノ鬼灯ヲ、カエリミチマデノチカラニナル」
「子供『出口の入口』に行け、鬼灯が力になる」
「ショウキガ居るガ、コワガルナ」
「瘴気が居る、お地蔵様のお使いですと言え」
「………、ふぐ、なんか怖いこと言われちゃっ、あれ?アレレレ?まあくん!!足濡れてない!?」
赤いのと青いのの、話を聞いたぼく、なんか怖いこと言われちゃったけれど助けるために、ポケットになって手を入れそれを取り出したとき、スニーカーの中にジュルりと、冷たい水が滲んで来たことに気が付いた。
「イソゲ!」
「鬼灯に、二人の『本名』を入れろ!」
お、おお姉ちゃんが、お、溺れちゃうー!ぼくは真っ赤になって光っているそれに、二人の名前を言った。
「大内雅之 平瀬真由子」
カッと燃えたかと思うように光ると、上に向かって飛んで行った、ズァァァ!と赤の光がポゥポゥと光っているのを巻き込んで昇って行く。
「ウケトッタ!アオノ!」
「おう!上げるぞ、摑まれ!」
赤いのがそれを、ガシッとつかみ取った、シュルルと青いのの光る糸が降りてきた。スニーカーが水没している。まあくんが掴む、お姉ちゃんがまだ埋まってなかった手を伸ばして握る。
「ワッパ!!ウケトレ、ウゴクナヨ!」
「離すな!何かあってもじっとしろ、双方、動くな」
「ありがとう、ありがとね、じゃぁさよなら」
お姉ちゃんが話してきた。まあくんはぎゅっと口を閉じている。ぼくは目の前に降りてきたホオズキを、そろりと掴んだ。両手でつつみこむ。
水がどんどん上がってきた。足首はもうその中。まあくんとお姉ちゃんが、一気に上がっていく、ぼくは上を見上げている。
「………たける、たける、バイバイ!バイバイ!またな、バイバイ」
まあくん、何時だっけ?おばあちゃんから聞いた、呼んじゃいけないよ。逝ってしまう者が引き戻されるから、黙って、涙で送ってあげなさい、おじいちゃんが死んだときだっけ?
見上げている目が、また熱くなる、歯を食いしばって我慢した。バイバイって言いたかった。だけど出来なかったから、出来なかったから、くちびるを噛んで見送った。
頭の中で、大きな声を出した、
バイバイ、まあくん、またね、まあくん、バイバイ
うん、バイバイ、さようなら。