鬼灯の袋中の夢 ぼくたちの秘密基地
僕達は『秘密基地』を作った。大人があまり近づかない杉木立の中にある、ポッカリと開けた場所に。
小さな祠があるその場所は、大人達が『忌み地』と嫌うが、何かをお祀りしている為、月イチの掃除の時と、盂蘭盆会に、鬼灯をその年の当番の家が、お供えに行く時に立ち入る程度。何時も静かに眠っているような場所。
鬼灯の群生、銀杏の大きな木、少し離れた木々が生い茂った陰に古い井戸がある、大人が忌み嫌う、『子投げの井戸』『乳銀杏様』が、幹は太く枝葉は大きく伸ばしている。
時々に手入れをする以外、近寄らない場所となれば、子供の『秘密基地建設地』としては一等地だった。
昔建物があったのか、土台の束石が四角く残っている場所は、座ったりするのに便利で、それに鬱蒼と茂っている紅葉や松や杉の中、夏でも涼しい。
なので僕達は、そこで勉強以外の事は、ほぼ認めない、親の目を盗んで塾の帰りに時々寄って、おやつを食べたり、ジュースを飲んだり、宿題をしたりゲームをしたり、借りてきた本を読んだりと、便利よく使っていた。
遠い、遠い、閉じ込められいて、それでいて自由だった、少年の時。僕は大人になり振り返ればそうだった。でもまあくんは、
アハハ、自由なんて今も昔もないよ、と話すだろう。
「たける、ほら起きて、おきて」
「え?あれ、ぼく、え?ここどこ?」
幼馴染みの雅之こと、まぁくんがゆさゆさと、ぼく体を揺すっていた。変な夢を見ていたような?あれ、なんでこんなところで寝てるんだろ………。
目をコシコシとこすりながら、起き上がり座ったままであたりを見渡す。あれれ?ここどこ?周りは真っ暗だ。空からの白い月の光で、ぼんやりと明るいだけ。
「…………、どこって、それよりぼくは、ここに残るから、たける帰れよ」
え?………、と、返事を返す。ジーンとしびれる頭の中、変な夢を見ていたような、スーパー外科医とかになってるの見りゃいいのに、あれ?図書館、残る?
「なんで?こんなところに残るって?はあ?」
「…………うー、でもやっぱり、たけるは帰れよ。ぼくは、のこる」
「ヤダ!一人じゃ帰らない、一緒に帰ろう」
「そだ!、遅くなったらすっげー怒られて、困るだろ、さっさと帰れよ」
「なんで?どおして?まあくんだってそうじゃん!それに、ぼくだけが帰ったら、まあくんの家からおばちゃんがやってくるのはわかってるくせに、ぼくのお母さんとバトルさせたいの?」
「………、それは、うー。知らない、たけるのバーカ!」
そう言うと、まあくんが真っ暗な方向に向かって、走って行った。ぼくは慌てて立ち上がる、背中のリュックががさっと動く。
「ま、待ってよ!バーカ?なんだよ!」
頭の中には、漫画の世界の様に大きな『?』が出来上がっていた。走って行くまあくんを追いかける。
「………?おかしな夢見たよーな、待ってよ!ねぇ!アレ?ぼくこんなの、いつとったっけ?それでどこ行くの?」
短パンのポケットで、何かが、カサリと動いた。ぼくはドキドキしながら、そこに手を入れる。虫かなぁ?と思った。だけど生き物の感じはなかった。ホッとしてそれをそろりと、取り出してみる、
少しだけ赤が強い色、庭やその辺りに生えてるのとはよく見れば違いがある。ぼくはそれに見覚えがあった。確認するために、月明かりにかざしてみる、赤が黒くなった気がする。
「ねえ、まあくんが、待ってよ、これって、子投げの井戸のホオズキだ、赤いもん、採るなって言われてるよね、どうしよう」
なに!ついてきてるんだよ!と振り返ってぼくを見た。怒りながら、泣きそうな顔をしている。どうしたの、と聞こうとすると、赤いそれを見て、何してんだよと言った。
「それ、そのへんに捨てたらぜー!たいに!なんか怒られると思う、むかしむかし、このあたりにはぁ、『ナガシノババア』がおりました」
急にこの辺りの、怖い昔ばなしを、はじめてきたまあくん。ぼくはあわてて止める。
「おわ!ダメダメ!ぼく、怖い話嫌いだし、ユーレー出てきたらどうするの!こわい話は、なーし、ぼく苦手なの知ってるくせに」
「ふーん、まぁだ、怖いんだ、じゃ黙っとく」
ついてくんなよな、と話してくる。ぼくは、なにか、とても怖かったから、黙って手を差し出した。
「えー!手をつなぐのかよ!ユーレーそんなに怖いの」
「うん、なんか出てきそうな気がする、出たらどうすんの!」
「どうするって………、でどうでも帰らないの?さっさと起きろよ、な、目覚ましたら?」
「起きてるし、変な事ばっかいうんだ」
おかしなのはまあくんだよ。図書館って夢だよね。うん、リュック川にポイしたし。起きろって、起きてるのに、それに追いかけている時に思ったけど、そのままどっかに行っちゃいそうで、だからぼくは恥ずかしかったけれど、手をだした。
「まぁくん、荷物は?、宿題とか入ってんの置いてきたの?ぼくもおいてくれば良かった、何で荷物背負ったまま、寝てたんだろ」
「…………、そんなの知らない。ぼくは、もういらない!ワークも、ノートも教科書も、参考書も!シャーペンも消しゴムも、マーカーも!みんなみんないらない!たけるは………だから背負ってるだけだよ」
ザワワっと大きな風が吹いた、暗い闇の中で、吹き荒れた。まあくんの最後の言葉が聞こえない、ヒュルルという笛の音のようなそれに、かぶさって消された。
「………ぼくがなに!?まあくん変だよ、いらないって、後で取りに行こう、そんな事したら、ぼくと遊ぶと悪い子になるって、絶対に家に、電話かかってくるからね、ややこしい事しないの」
もう、まぁくんちってスッゲー!きょーいくママがいるじゃん、ぼくんちもスッゲーけど、その上行くもんな、同じ中学目指していて、塾やガッコで、同じ位の成績取ってるから、ぼくは『お友達』に、してもらえたけどさあ。
なんかやらかしたら、うちのまあくんと、遊んじゃいけませんって、言われそうな気がする。それはどうしてもイヤだ。
「………ごめん、ぼくのお母さんあんなんで、でもたけると………は、カンケーないからね、だから、うん、だから」
「いいよ、ぼくのお母さんもソートーだから、でどこに行くの?ぐるぐる回ってるだけのような気がする」
「うーん、やっぱダメなのかな。わからないや」
つないだまま、先を歩いていたまあくんが、怖いことを言った。なに?どうしたの?わからなって、ま、迷子なの?知らない場所で?ぼくは立ち止まった。後ろにつんのめるまあくん。
「おわ!急に立ち止まるなよ」
「ゴメン、でも………でもぼくたち、迷子みたいだから、お父さんが、迷ったらじっとしなさい、体力を、むだ使いしちゃうからって、言ってた、だから一回止まろうよ」
「………う、ん、そういやまだ聴こえて来ないや、じゃぁ止まる」
「それで、ここどこなの?お月さまの光だけじゃ弱くて、全然わからないよ、でどこ行くの?」
「…………にいくんだ、そして、ここは秘密基地の…………なか」
下を向き、ボソっと何かをつぶやいた。
「なあに?どこ行くの?秘密基地のどこの中?うまく聞こえなかったよ、どこの、中なの?あ!イタイ!」
ゴオオと大きな風がまた吹いた、足元に散らばっている、葉っぱも小石みたいな物が、ザザァァと巻き上げる、声が消されて聞こえない。
ヒュルルルル、窓の隙間から入ってくるような風の音、目にチクっとも何かが入った。
ぼくは、ギュッと目を閉じた。まあくんがギュウッと手を握ってきた。そして声がはっきり聞こえた。
「やっぱ、起きろよな、ぼくは大丈夫」
は?起きろって?もう、まあくん、ワケワカメ。
ポケットのホウズキが、カサリと動いた気がした。