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 大人の今

 ドリームのリアル、大人になれば、いらない事に気がつく。それを知るとやはり気持ち悪さと、いくばくかのおそろしさを抱いてしまう。


 秘密基地の、ヒ、ミ、ツ、あれだけおおっぴらに、仰々しい名前をつけてるのだから、『何故』『どうして』『そうなった』のかを、きちんと、子供に教えておくべきだと思う。ならばそこで遊ぶのは、止めようとなるから。


 そして『今』でも、誰かがひっそりと、使用しているのならば、ますますその必要性はある。



 八月の中日、暦の上では秋が来ているが、暑い。夕暮れを迎えても涼やかな風は無い。車が過ぎるたびに、車道からは埃っぽい熱が行き交い、それは歩道に押し寄せる。


 都会の夏、地上に溜まりゆく熱、ひたすら暑いだけの毎日。ビルの電光掲示板に、熱中症に注意しましょうと、文字が出ている。全く、注意してほしい、熱中症を診察し治療するこちら側の方が、それそこ熱中症で倒れるかと思った。


 何かのイベントで体調を崩したとかで、次々に搬送されたからだ。それなりに対策は皆していたらしいが、何事にも『想定外』がある。


 今迄の暑さに対応する知識だけでは、追いつかなくなっているのかもしれない。危険な暑さが続いている。 


「暑いですよね。こんな中でオリンピック?あー、お休み取れないですよぇ」


「何言ってるの、医療従事者が呑気に、部屋でゴロゴロしながらテレビ観戦なんか出来ないよ、もしかしてチケットとったとか?それならそれで見てきなさい、観客席に看護士がいるということは、いいことだ」


「あ!部屋でゴロゴロって、先生失礼ですよ!まぁ、お休みが取れれば、ビール片手にゴロゴロ観戦ですけどぉ、暑い最中に外なんて行きません!」


 駅までの道、何時もは独りだが、今日は珍しく共に働いているスタッフの彼女と一緒だ。最寄り駅まではバスが病院前から出ているのだが、僕は徒歩15分の道そのを、体力作りの目的の為に歩いている。


「あ、ホオズキ、これって子供のときは知らなかったですけど、薬草なんですよね、薬効が高いですから、妊婦さんは厳禁と、漢方の本で読みましたよ」


 花屋の店前に鬼灯を見つけた。ダイダイ色、赤い色、青い色の風船の様なふくらみ。中には、艶っとした丸い実が入っている。


「ほんとだ、酸漿だ。売ってるんだ、知らなかったな、へえ、よく勉強しているね、そう、昔は『堕胎』で使ったという話があるね、薬効は鎮静、咳止め、アルカロイドが含まれているから、毒草でもある。そしてこれは盆に、死者の魂を灯りで導く提灯なのだよ」


 一本二百円と、手書きのポップがある。立ち止まり眺めていると、お供え用なのですよ、と店員が話しかけてきた。知っている。地方の実家では庭の片隅から摘んできて、供えていたから………野に咲く花と思っていた。


 袋を割いて遊んだ。中にはツルンとした丸い実。それを思い出す。懐かしさに数本買い求めた。彼女がその選択に苦笑する。


「どうせなら、他のお花を買えばよろしいのに、先生ってちょっと変わってますね、前から思ってましたが、だって先生って、おまじないが効くって話ですよ『痛いのイタイノ飛んでいけー』それから注射とかしたら痛くないって、子供さんに大人気ですよ。あら?バーゲンしてる!」


 小さなフラワーショップの隣のブティック、そのウィンドウに『店内夏物半額』とのチラシが貼ってあるのを、目ざとく見つけた彼女は、買い物をしたいと話す。


「ボーナス、もう使っちゃうんだ、じゃあお疲れ様」


 変わってますねと言われた僕は、それを受け取りながら、少し苦笑しつつ茶化し答える、機敏が良い彼女は、先生、失礼な、少しばかりの自分に対するご褒美です!では御苦労様でした。と一礼をして、カララン、とドアベルを鳴らしブティックに入って行った。


 シャンシャンと、日が落ちても蝉が鳴いている八月半ば。足元から熱が上がる。太陽の熱がアスファルトに閉じこもっていたのが、夕になると動く。その中を僕は一人で駅に向かう。



 ………アハハ、キャッキャッと子供のはしゃいだ声が、横を通り過ぎる。ピンク色の浴衣、赤い浴衣、大きな白い花の模様、裾にレースの飾り、足元はサンダルを履いている。続く母親らしい声。


「待ちなさい、盆踊りはまだ始まらないから、危ないわよ!」


 目の前を先に進む背を眺める。通り過ぎた言葉が耳に残る『盆踊り』それがキーワードとなり、記憶が蘇る。誘われる様に買った鬼灯もそれに関わる。昔住んでた田舎町で言われていた事を思い出す。


「お盆にはお供えするんだよ、鬼灯はお供え花だから、心を込めてね」  


 セロファンに包まれたそれに目を向ける、野生の物と違い、綺麗な姿形の『ホオズキ』僕が摘んで遊んだもののとは、同じ様で違う感じがするのは、栽培されているからなのだろう。


『盆踊り』『夏休みの夕暮れ』『鬼灯』


 僕の記憶、『昔』が『今』を覆い被せるかの様に湧き上がる。ぼ、う………としながら歩く、不意に大切な名前を呼びたくなる。熱くこみ上げてくるものを抑えて、暑いアスファルトの上を歩いく。


 先に目を凝らす。行き交うサンダル、スニーカー、革靴、下駄、様々な足元。それを凝るように見る。こぼしてはいけない。無意識をつくる。歩くにつれ、ここにいる僕は、現実なのか、夢なのか、わからなくなっていく。


 暑い、熱い、アツイ、盆と言われる日の終わり。独り歩く都会の夕暮れ、少年と思われるスニーカーが、こちらに向かって来るのが目に入る。耳に届く声。


「………に捨てに行こうぜ!こんな点数、親に見せられねーもん!」


「オレも!やっべ!こんなの見せたら、この先、家と塾しか出してもらえない!基地に捨てよー、アハハ」


 何時ものところに行こーぜ!と二人の声が、脇を過ぎた。アハハ!と笑う声、それに惹かれる僕。立ち止まり目で追う。人混みに紛れ見えなくなる筈なのに、二人の姿はそうでない。


 紛れることなくクリアに視界に入る、白のティシャツ、短パン、勉強道具が詰め込んでるリュック、キャップをかぶっている、笑いながらかけていく二人。  


 このビルが立ち並ぶ通りの何処に、彼らの基地があるのだろうか、廃ビルにしても中には、入れないようにしている。少しばかりの木々に囲まれ、ベンチが一つあるきりの公園か、それとも別の何処か。


 タッ、と何も考えずに、その二人を追う。通行人が多い時間帯なので、人の間を縫うように進む。少年達は、あの時、あのときの僕達の様に、走っている。


 キーワードに『塾帰りの少年』『基地』が組み込まれた。パスワードが全て揃った。一気に押し寄せる、過去と現在が曖昧になるよう。記憶が『声』を再生させる。聴覚を刺激する。


 夢現の記憶、鬼灯の袋の中で見たような夢、もう一度見たいと、何時も思っていた。何かが足りないのか、それとも場所が足りないのか、あれから見ることはない。


 二つのリュックがつい、と曲がる、ビルとビルの谷間の様な路地へと入る。どうしようかと、足が止まる。彼らを追いかけそこに入れば、不審者と防犯カメラにうつる、そこで気がついた。


 彼ら、子供たちには用は無い、あるのは彼らの『秘密基地』そう、僕は秘密基地に行きたい。


 点数の悪いテスト用紙を、隠したであろう彼らの基地に、僕は行きたい。そこのあの空気に出逢いたい。何故ならば『あの時の記憶』を鮮明にしておきたいのだ。しかし夢の記憶は大人になるにつれ、雑多なものに埋もれてしまう。


 彼らの入った先は袋小路になっていたはず、なので待つことにした。僕は街路樹の下へと入る。用が済んだ子供達が出てきたら、そこへ向かおうと思ったから。


 シャンシャンシャン、頭上からはクマゼミの声が降っている。暑い盆の中日の夕暮れの時。


 道路からの風が、セロファンの中のホオズキを、カサリと揺らした。


















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