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ランディの後ろについて降りてきたのは、あの檻の中で共に過ごした少女だった
薄汚れて性別すら定かではなかった子供は、オレンジ色の髪に櫛を通して肩口に揃えたのだろう、目は不安の色をたたえてはいるが、利発そうな可愛い女の子であった。
目が合う。
力無げにお互い微笑む、多少、幸平の顔はぎこちなかったかも知れない
思い出すのは彼女が気絶したと知らず、この世の絶望が全てふりかかったとばかりに取り乱した記憶だ
顔が赤くなるのがわかる、彼女があの時のこちらの様をランディ達から聞いているのかどうかが気になる、知られていたらと思うと恥ずかしさが込み上げる
37歳にして恐怖に怯えてすがったのが女の子、その時点でもだ
「なんつー照れ方してんだいあんた!」
クラーナは爆笑しながらこちらの肩をバンバンと叩く、いじらしい少年の恋の照れ等では無いのだが、そうとしか見えない
それを見ている少女も恥ずかしさが伝染しうつむいてしまう
「さて、とりあえずジョンはクラーナさんの手伝いを、二人はまた私の部屋に来てくれるかい」
ランディと少女に続いて彼の部屋に移動する
ランディは部屋に入ると七輪ストーブの窓口にパタパタと書類で空気を送る、まだ炭は生きていたようだ
「改めてになるかもしれないが、彼女はミリエナ、この街ヤルマンテと北西のエルビーンの間の飛地民で家族と木業をしていた、あっているかな?」
ミリエナ、彼女の名前と共に二つの街の名前が出て来た、尋問中に比べて、出し惜しみなく情報を提供してくれるランディに面食らいそうになるが、ランディの目線に気付く
「…あの、その、あの時はありがとう、ミリエナ」
ランディは笑顔だ、40手前のおっさんが、自己紹介すらできずに顔を真っ赤にして、お礼を言う、クラーナがいたらまた背中を叩かれてしまう
「ううん、こちらこそ…こちらこそありがとう…」
ミリエナもお礼を返してくれるが、照れは伝染し彼女もまた小さくなってしまう
「それで彼の方は、記憶を失くしてしまっているようでね、名前もどこにいたかもわからないんだ」
ランディがこちらの紹介とも言えぬ紹介をする、ミリエナは顔を上げ驚いた顔をしている
「本当は四人が戻ってきたら話をきちんとしようと思ってたんだが、単刀直入に言おう、君達二人にはテンセイモノの疑いがかけられている。」
ジョンの失態から体を洗ってる間に心の変化か、それとも本人なりに答えが出たのか、尋問の意図をあっけなく話してくる
「いま、四人の部下がミリエナの話を元に西側の中継村と飛地の状況を確認しにいっている」
途中から姿が見えなかったのは出ていたからのようだ、恐らくミリエナの話の確認をしに幸平が目を覚ましたら出発し、話をし終えたタイミングで情報の擦り合わせをする予定だったようだ
「まず馬車にいた二人の男は教会か王都か、人拐いか、どちらにしろテンセイモノを狙って10歳前後の子をさらっていたようでね」
「ミリエナは二週間前に鳴った『鐘』を覚えているかな?」
「…はい、あのどこから聞こえるのかはわからない『鐘』の音ですか?」
「そう、あれはね、『テンセイモノの鐘』と呼ばれているんだ、他の大陸でも聞こえるらしい、あの『鐘』が鳴る時にテンセイモノが、彼らいわく『この世界』に現れる音らしい」
「その時に我々大人はね、10歳前後の子供をいつも見張るんだよ、突然違う名前を名乗り、見たことも聞いたこともない知識を話し出す子供はいないかを」
ここで幸平はテンセイモノは厄介物扱いされているだけでなく、ある事に気付き確認するように質問してしまう
「あ、あの…違う名前を…名乗った子達は…それまでの名前は……?」
「完全に忘れてしまう、名前も家族も全て、だから教会の一部では『悪霊に体を奪われた』としてテンセイモノを敵として見る宗派もある」
この世界の子供に乗り移り体を奪っているという事実、名前を聞かれた時に予測した一つだった、この体に名前があったなら、と。
「その宗派の主張の一つがテンセイモノが現れるとその近くの魔泉が強くなる、魔泉を避けて敷かれた道や人のすむ場所に魔物が来るようになってしまう」
ミリエナが「…えっ!?」と呟く、顔は青ざめ混乱しているようだった
「ミリエナ、君は二週間前の『鐘』の二日後にご家族が森で怪我をし、そのまま凶暴化した魔物からご家族が君を守り、隠れていたと言ったね、本来そこには来ない魔物に襲われた、と」
「じゃあ皆が、こ、殺されたのは!?わ、私の……!?」
(ジョンといいこの男といい子供の傷を抉るのは「この世界の男」の得意分野なのか!?)
隣でポロポロと泣き出すミリエナの手を思わず握る
どうしてそんな話をするんだという抗議の目をランディに向ける、「ほんとはこんな話、私もしたくはないさ」と言わんばかりにすまなそうな顔をしている。
ジョンのおかげで頼りに出来るかも知れないと感じたのを撤回する、この男はクズだ
「私は君はテンセイモノでは無いと私も思っているが、魔泉の活性化の話を聞いたあの男達が君を拐いに来て、地下に隠れていた君を見つけたようだ」
本質と結果から言えば「子供ら二人揃ったら多少きつい事言ってもわーわー喚かないだろ」という打算の上でこの場で話している
「そして君なんだが、君は君で、以前の記憶が無い、しかしテンセイモノなら答えてしまう質問や知識にも関心を示さない、魔泉の活性化も見られない、記憶を失くすにしても『鐘』から時間にずれがある」
いけしゃあしゃあと尋問をしていた事を明かす、本当の子供なら、あの質問はそういう意味だったんですね!と驚く所なのだろう、それは非常にありがたい事で幸平は「いとも簡単に自分はクソ野郎ですよ、と話したものだ」と驚いてしまった
「私としては二人ともが、テンセイモノだとも違うとも確信出来なくてね、正直困っているんだ」
ミリエナも悲しみを拭えていないが、話を聞いていて、今後の自分がどうなるかの話である事を察していた。
「君達をテンセイモノとして王都に護送し保護してもらうべきか、只の子供として元の生活に戻すのか、それとも経過観察し答えが出るまでここで保護するか」
本当に嫌な男だ、二つ目で言うなら「元の生活」なんて幸平は部下に落とされ幕を降ろしている、ミリエナの家も無事かの話が出ない時点で予想できる。
そして王都に護送、檻の中にいれられてなのかはわからないが、あの人拐い達が無事に王都に着いた時と同じ結果という事なのだろう
「「……」」
二人の子供は押し黙る、この「今までの人生は終わりました、ここからスタートなんですよ」という、改めて残酷な現実を丁寧に示されたのだった。