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世界は変われど平穏を  作者: 藤々
一章:行方知れずの平穏
7/38

1-6

頭をかく、するとやはり汗と脂の獣の臭いがふわりと広がる


そう、いたいけな子供といえどベッドでは寝かせられないと判断した臭いだ


指に脂がついてテラテラしている、元々、檻の中にいた時点で鼻はバカになっていたのだろう


体を拭き、手を洗った事で自分でもわかる、あのボロの服ほどではないがひどい臭いだ


ランディにとっても背負って運んだ時に実は数回えづいていたのだった、街に戻ってから彼がすべき処理を終えた後も外套に染みた臭いは耐え難かった


ランディは微笑みを崩しはしなかったものの、わずかに頬をひくつかせた


「わかった、そうだね、そうしよう。」


深くうなづく、これ以上話を聞き出す事よりも、目の前の子供が頭をかく度に、七輪ストーブの熱に乗り、部屋に広がる臭い、臭い自体は大した問題ではないが、彼にとってもトラブルは億劫であり、その上、自室の平穏も侵されてはたまったものではない


「ジョン!ジョンはいるかい?」


またドアの向こうからバタバタと慌ただしい音が聞こえ


「はい!います!いまいきます!」


ドアの向こうから、勢いのある返事が聞こえる


「ジョンはさっきも会ったね、彼について行き髪を洗うといい」


なんともなしにわかっていたが、ジョンと呼ばれた青年は色々至らないので使い走りのような位置なのだろう


ジョンが部屋に入ると


「この子が髪を洗うのに川に連れていってあげて欲しいんだ、洗い布も忘れずにね」


「はい!!」


「よろしくおねがいします。」


上品になりすぎない程度に幸平もジョンへ挨拶をする。


(普段の癖か知らないが、この男をつけてくれるのはありがたい、あんたに比べたら楽な相手だ、こちらから聞きたい事や情報が手に入るかも知れないな…)


「こちらこそよろしくね!僕はジョン、さ、いこう!」


どうしてこんなにおバカな感じを維持できるのだろうか、と、思いかけてしまう。


(警戒してない相手への悪い感情はなにかの拍子に顔に出る、俺の悪い癖だ…この男も警戒しなくてはいけないんだ……)


心の中でもこの男の事を「人のいいおにーさん」「人のいいおにーさん」と何度も復唱して、悪い評価をしないよう言い聞かせる


軽くランディに頭をさげて、部屋を出る、ドアの外には入る前に暇をもて余してそうな四人の姿は無かった。


「大変だったね!大きい狼って聞いたけど魔狼かな?」


出口に向かう最中の開口一番で情報を提供してくれる、部屋の中のランディに聞こえていただろう、今頃頭を抱えているかもしれない。


(魔狼…よくある話のモンスターの事なのか、それともこの辺りで有名な個体の名前なのか…)


考えながらも思い出す、あの狼を、吠えることもなく唸ることもなく、こちらを見つめて檻を揺らし続けた狼


「……っ!!!?」


どくん


心臓が大きく鳴る


子供の姿だから、という事ではなく、完全にトラウマになっていた、思い出すべきでなかった


1日中、あの目に見つめられ、振動を与えられた時の恐怖が蘇る


膝から力が抜けて、肩が、指が、唇が震え、歯がカチカチと響く、鼻から吸った空気をどう吐き出せばいいかわからなくなる


外への扉を開けたジョンが振り向き、その様子に気付く


(息が…心臓が……こいつ!くそっ!くそっ!くそっ!!!!)


ジョンへの悪態を、呪詛を唱える、人のいいおにーさんなんて思う必要もない、顔に出さないとだめだ、ランディとは種類が違うが、こいつも敵だ、と


たった一言で敵として認識されたとは知らないものの、己の発言の不用意さが子供を追い詰めた事ぐらいはわかったのか、目を見開きそんなつもりじゃなかった、と言わんばかりに狼狽えている


「ッカホ…ハッカフッ…」


呼吸がままならない、膝をついてうずくまる


ジョンは自分のした事が手に負えない、どうしたらいいかもわからない、子供を支える手を出そうとし、結局引っ込め、自分には何も出来ないと諦めた


「ランディさん!ランディさーん!!!」


大声を出しながら、ランディの部屋へ走る



正直に言えばジョンがいたとこで何も楽になんてならない、こんな醜態を晒す自分にも怒りが沸くが、浅はかな上に無責任なこの男に対しては嫌悪感すら越えて憤りすら感じる


しかし、体と心に刻まれた恐怖は、怒りを立ち上がる力にする事すら許さなかった。



背中に手が当たる


「……ジョン、お前は大桶に川から水を汲んできなさい……」


なにも言わずにランディがゆっくりと背中をさする


さすり続ける




「……すまない、ほんとうにすまない…」





息はまだ少し荒いが、もう檻の中ではない、目の前にはアレはいない、と心に強く思う、目をつぶるとまた現れてしまう、目を開き床を壁を見つめる、アレはいないんだ、と


呼吸が落ち着いてくる、まだ震えは収まらない


「せっかくクラーナさんが用意してくれたのに、汗まみれになってしまったね…」


背中をさする手を止めることもなく、優しく声をかけられる


「……すみません」


かすれた声をしぼりだす、世話をかけてしまっている、この男の存在に感謝してしまっている


ジョンが入り口に立っていた、大桶とやらに水を溜め終えたのだろう、報告しようにも、この子供の前では言葉を出す権利が無い事ぐらいはわかっているようだ


「……ジョン…そうだね、クラーナさんの所に行って、これを渡してもらえるかい?」


貨幣だろうか、小さな皮袋をジョンに渡す


「それで中街側で彼に合う服を譲って貰い、ここに届けて欲しいと伝えるんだよ?できるかい?」


ジョンは声を出さずに小さく何度もうなづき、また外へ向かって走って行った。

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