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世界は変われど平穏を  作者: 藤々
一章:行方知れずの平穏
6/38

1-5

「あの子と君をこの街に連れてきてから、あの子は昼過ぎには起きれたんだが、君は丸1日寝ていたんだよ、覚えているかい?」


「檻の中で狼に…それで…」


「うん、そうそう、君の状態で貸せるベッドがなくて、会議場に寝かせる事になってすまないね」


ばつの悪そうな顔をしている。なんともなしにわかる話だ、手拭いで拭かせてもらう前は、日本のホームレスに相当する汚れた子供。宿があるにしても商売、この人達のような公的な人にしても、とりあえず起きたら体を洗わせて、着替えさせてからとはなるのであろう。


「さて、私はランドール、ランディと呼ばれている、守備長で門周りの代表みたいな者だよ」


法整備がまるでわからない、公式な立場にあるのは入り口の屋敷だけでなく、門周りの代表という言葉から理解は出来る。


よくある「騎士団」とか「守備兵隊」とかの軍属のような物では無い気がする。


「あの子の話だと、二人ともこの街の西に住んでたらしい、それで確認になるんだけど、まず君の名前を教えてくれるかい?」


幸平は考えた、「相模幸平です!」なんて答えて良い筈もない、この小さな体は突如としてこの世界に現れたのか、それとも元々は誰かだったのか、前者ならば檻の中から始まる前が無いのがおかしい、勿論、気絶したまま落ちてたから拾われて檻に入れられた可能性もある、


しかし一番恐れるべきは、この体には、この世界での名前があり、あの子を初め他者が知っている、その確認をされているのだとしたら


「…わからない…です」


檻の中に入れられて、運ばれる途中、狼に襲われて、馬車にいた者は二人を残し死亡、その後保護するも意識不明になった子供


名前が最初、家、保護者の有無、そしてなにがあったのか


これからこれらを聞かれる。ランディの立場を正確に把握こそ出来ていないが、時代や国や世界が違かろうとも確認されると感じた


「ううん…そうか…」


ランディは少し顔をしかめた、こちらに対しての感情というよりはあまりしたくない仕事になった、という顔だ


「…年齢は覚えているかい?」


「いえ…」


迂闊な答えは出来ない、返事次第で「この子供を檻の中に入れろ!」と檻の中にまた戻りかねない、檻の中にいた理由が自分にはわからないのだから


「漠然とでもいいんだけど、家、というか手伝いかな、水を汲んでいた、枝を拾っていた、牛とか鳥の面倒を見ていたとか、その辺りも覚えていないかい?」


「…はい」


まずこちらに「西に住んでいたらしい」と先ほどあの子から出た言葉を元にした情報を鵜呑みにするなら、この街から西にある街以下のコミュニティに属していて、そのコミュニティは何かしらの生業や生活環境がある、そこから逆に曖昧ながらも絞り込める情報を尋ねられているという事だろう


「…覚えてないです」


記憶が無いという事が明らかになるフリをしようと選択する


そうなると子供がその状況に即した態度を取るべきか悩む、記憶が無い!ぼくは誰なんだ!と混乱するか、健気に不安を噛み殺し困惑を表に出すか


前者は前者でこの場をやり過ごせそうだが、その後がわからなくなりそうだし、せっかくの状況を知る機会、無駄にはしたくない


短い返事と困惑し俯いて沈黙しながら思う、この世界の最初の出来事はそれこそ1日あったが、混乱と恐怖で全く頭が働かなかった、今はかなり調子が戻ってきている


「そう、なるほど、一時的に忘れてしまっただけかもしれないから、しばらくはこの街にいる事になる、これからよろしくね」


「…はい」


あくまで不安げに、これからどうなるのか、自分は誰なのか、相模幸平の記憶がある以外は実際その事に困惑している子供である、嘘くさい表情にはならない筈だ


「ところで君はその炭を入れたモノはなんて呼ばれているかわかるかい」


ランディは七輪ストーブもどきを指している


知識と教養を試されているのか、なにを聞かれているのかというよりも、何を聞こうとしているのか、それがわからなくなった


ストーブ、暖炉、七輪、そのどれが答えか


それとも「おリボン結び」のように違う認識の名前であったら、「違う認識や教育を受けていた」とこの男にばれてしまう。


「…いえ…あたたかいです」


そんなことより、ぼくはどうしたらいいんどろう、それどころじゃない、もうわかんないんだ…と、誤魔化して俯き手をソレにかざす。


「あぁ、そうだね、暖まるといい、君は…

君はテンセイモノというモノを知っているかな?

この国の大人なら皆知っているんだが」


(一体この男はなんて質問をするんだ!


何故、自分が檻の中にいたのか、その答えを教えて貰ったような物だ、それならば、ここでソレが明らかになったのならばどうなるか、檻に入れられて運ばれる先なんてろくでもないに決まっている


「…いえ……」


「ふむ、そうだね、今の記憶というか知識というか、空を飛ぶ船や移動する鉄の箱、そういったモノにも覚えはないかな?」


この男、あの時は「大丈夫だ」と声をかけてくれた、今後どうするか、その助けになってくれるのではないかと思っていた。


(なにも大丈夫なんかじゃないじゃないか!くそっ!)


心の中で悪態すらついてしまう。


檻の中にいた事、テンセイモノという存在、もはやそれはイコールである。


「よく…わからないです……」


困惑の顔が維持出来ているのか、不安だ、しかし「何を言ってるんだお前は?」そう多少は滲ませても問題無い筈だと首を傾げる


「まぁそうだね……」


「…」


ランディは安堵したようにも、悲しそうな顔にも見える、その答えが失敗だったのか、実はテンセイモノは求められてやまない立場だったのか?とも考えてしまう。


その知識は確かに文化的にも、かなりの飛躍をもたらす物も多いだろう、ひょっとしたら自分は会ってすらいないが、「神様」やらが「とてもすごい力」をくれている物だと認知されているのか?その力を期待されているのか?


(この世界の開始時点で発狂寸前の地獄を見せた『神様』なんざいたとしても、俺はこの後永遠に仲良くなりたいなんて思わねぇよ!!)


もはやどう転ぼうともテンセイモノである事は隠し通す、そう覚悟を決めた


「君も落ち着かないままに色々聞いてすまなかったね、何か思い出したら教えて欲しい」


「わかりました…」


「……じゃあ、そろそろ、そちらも聞きたいことがあると思う、なんでも聞いてくれ」


「…はい(こ、このクソ野郎!!!)」


この男がしている事を幸平もした事がある。


なんでも聞いてくれ


四個五個も聞けば、「知らない事」を確定し、「興味のある事」を絞り、次の質問の時に使われる


特に無いです、と答えてしまえば、その場から逃げたい、会話を避けたいという意思表示になる。


しかもだ、幸平は檻の中から始まり、この世界に対しての信用なんて物は消え、隠し通す覚悟をしていた。


覚悟をしていなかった者はどうなるか


街の中や、たとえ安全でも見知らぬ場所、見知らぬ体、全てを知らない不安の中、親切に保護してくれた顔役


テンセイモノなんて言葉が相手から自分の状況を知ってるかのような質問、恐らくほとんどがそこで脱落するだろう、下手すると文化圏が違うと明らかなのに「名前」を名乗った者もいるかもしれない


そしてこの

「なんでも聞いてくれ」


確実に炙り出そうとしている、今になれば事故に合い、地獄のようなショッキングな体験で気を失った、記憶が混乱した子供を装える、それが結果として救いだった


「…あ、あの…あの子は、あの子は大丈夫ですか…?」


記憶をなくした子供なら、この世界の事やテンセイモノなんかよりも気になる事が本来はあるのかもしれない、なによりこの男の尋問を切り上げたかった、持てる選択肢は少ない


あの時に唯一助けになってくれた子の事を聞く


「ん、あぁ、今はここの二階にいるよ、後で会うかい?」


このランディという男は相模幸平と同じ人種だった


(性格はクソ野郎だ、外面と能力、物腰の柔らかさ、だが立派なクソ野郎だ!!!)


目的の為に、納得する状況の理解の為には手を緩めないし、人の心を見透かそうとする


だからこその「後で」なのだろう、まだ何もこちらの興味を引き出していない、と


上等だ、純粋無垢な子供を演じてやる、こちらも得れる情報を探る為ではなく切り上げる為に


「あ、会えるんですね!」


嬉しそうな顔をする、心配事が晴れた、そして気恥ずかしそうな笑顔


「うん、勿論会えるよ」


緩んでしまえば何か漏らすか、という進みでもよかったのだろう、だがその返事のおかげで「特に聞きたい事はない」と言わずにこの場を終えられる




「…ありがとうございます!髪を、髪を洗いたいです!」





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