中編
朝から雫の元気な声で起こされた。
「先生! 起きて下さい! 吉川刑事から電話です!」
昨日はハシャギ過ぎた……、俺達はそれなりの高級店で肉を食べた、そりゃもう豪快に……。
山口教授から貰った謝礼金を全て使い果たして。
「先生! 起きろ!」
雫の平手打ち、完全に目が覚めた。
「ふぁい。きほぅです」
思い切り平手打ちされ頬が痛い。
「おい? 大丈夫か? 愉快痛快な音が聞こえたが……」
40代後半の渋い声が聞こえる。
「はい。大丈夫です。雫ちゃんに朝のビンタを貰っただけです」
「用件はなんでしょう?」
雫にジェスチャーでメモ用紙を頼む。
「ああ、お前の力を借りたい。今すぐ来てくれないか? 場所は――」
メモに書き込む。
「分かりました。直ぐに向かいます」
「ああ、頼んだぞ」
俺は電話を切り、メモを見る。
「田舎だな……」
ふと、雫を見ると、目を輝かせワクワクした様子だ。
「先生! もしかして!」
「ああ、そうだ。〈憑物〉が関わってる事件みたいだ」
「直ぐに準備してくれ、急いで向かうぞ!」
「はい! 先生!」
俺達は準備素早く済ませ、吉川刑事の元へ向かった。
車を飛ばして二時間、メモに書き込んだ場所にそろそろ着く。
「それにしても先生、この辺は街灯1つも無いし家が全然ないですね?」
周りは山に囲まれ自然豊だが、人の気配がない。
この場所に着くまでは家が沢山並んでいたが、進んで行くにつれ家が全く建っていない。
道なりに車で進んで行くと……。
「先生! 一軒だけお家が見えますよ!」
「おっ! あれだな!」
昔ながらの日本建築の屋敷があった。
屋敷の前まで行くと1人の男が立っていた。
窓を開けて声をかける。
「吉川刑事! お疲れ様です」
筋肉質の体に少し強面の顔が俺達に気づく。
「やっと来たな。天と嬢ちゃん」
「車はそっちに停めてくれ。俺の車の隣で良い」
俺達は指定された所に車を停めた。
「先生? なにか見えますか?」
「何も見えないな」
しかし、なにか変な感じがする。
人の気配や動物の気配すらない、なにか閉鎖された空間にでも来たようだ。
車から荷物を取り出し、吉川刑事の所へ向かった。
「お待たせしました」
「おう。来てそうそう悪いんだが……、どうだ? この屋敷に変わった様子はあるか?」
俺は屋敷の隅から隅を見渡す。
「特に何も感じないですね」
吉川刑事は俺の見えてる物の事を知らないが、何故か信用されている……、刑事の勘ってヤツなのか?
吉川刑事とは〈憑物〉事件で知り合った刑事で、俺も彼の事を信用している。
「そうか、天が何も感じないならとりあえず大丈夫だろう」
「それで? 今回の事件の内容は?」
「ああ、歩きながら話そう」
俺達は屋敷内に入っていく。
事件の内容だが、俺も知っている有名な小説家が亡くなった。
しかし、遺体が見つからずあったのは一冊の本。
それも紙で出来た本ではなく、人体を使って造られたであろう本らしい。
「幸幸助かぁ。懐かしいな」
「ほう。天は知ってるのか?」
「ええ、まぁ。ですが有名になって作品が面白く無くなったんですよね……、初期の作品は凄く良かった……」
「先生が本を!? しかも小説を読むなんて意外でした! 私知りませんでしたよ!?」
「俺だって読むよ。雫ちゃんと居る時も読んでたから!」
疑いの目で見つめる雫。
俺は嘘なんてついてないぞ。
「話が反れましたが、その人体で造られた本の中身は?」
「あー、中は確認してないんだ。お前が見てからにしようとな……」
この人、俺に読ませる気だな……。
そして容疑者なのだが……、全員アリバイが成立する、外部からの犯行でも無いみたいだ。
「容疑者は全員部屋に集まってもらってる」
「分かりました」
屋敷の玄関に到着した。
周りを見渡すが特に変わった様子も無い、屋敷の外見も昔ながらの日本建築……、どこか懐かしい感じさえする。
「中に入ってくれ。集まってる部屋に案内する」
屋敷内に足を踏み入れる。
中は特に変わってることもなく普通だった。
少し豪華な感じを期待していたのだが、普通の家で少し残念だ。
吉川刑事の後に続いて廊下を歩く、人の気配がしてきた。
吉川刑事が襖を開けて部屋に入る、手招きをされ俺達も部屋に入った。
広い部屋だ、応接間だろうか?高級そうな長いソファーと年期の入ったテーブル。
テーブルの上には飲み物と茶菓子が置いてある。
そして容疑者達がいる。
男が2人、女が1人……、顔や背格好が似すぎて分からないが姉弟が居て1人は車椅子に乗ってる。
合計5人か……。
「遅くなってすみません。部下が道に迷いまして……」
「紹介します。部下の鬼頭と雫です」
俺達は皆に頭を下げる。
子供が1人こちらに駆け寄る。
「お姉さんも刑事さんなの?」
雫が気になるようだ。
「はい、そうですよ」
満面の笑みで返す雫。
「へぇー! こんなに小さい人でもなれるんだ」
「小さいのは関係ありませんよ! 度胸と頭の良さでカバーできます!」
よく分からない答えで応戦する雫……、度胸は必要なのか?
「えー、申し訳無いのですが、もう一度皆さんの自己紹介をして頂けますか?」
吉川刑事が場が和やかになる前に言葉を発した。
「それでは……、まず貴方から」
少し痩せ気味の男が「はい」と答える。
「村辺正太郎です」と言い、村辺は立ち上がり車椅子に乗っている子供に近づく。
「私は颯様の介護をしています」
「次は私!」と元気な声で手をあげる子供、さっき雫に興味を示した子供だ。
「城島碧です! 颯のお姉ちゃんです!」
「次は颯の番だよ!」と元気に車椅子の子供に駆け寄る。
「姉がうるさくてすみません」
「弟の城島颯です」
弟君はちゃんとしてるな。
「うるさくないよ! 元気よく喋らないと犯人にされちゃうもん!」
「そんなこと無いよ、姉さん……」
「そんなことあるよー! だってお父様の本にも書いてあったじゃない?」
ん……?もしかしてこの子達は……。
俺は吉川刑事に小声で話す。
「あの二人はもしかして……。」
「ああ、亡くなった幸幸助の子供だ。幸幸助は芸名で本名は城島幸之助だ」
「それじゃ、奥さんは……」と1人の女性に目を向ける、二人の子供を見守る様な顔つきの女性。
しかし、吉川刑事は首を横に振る。
「二年前に亡くなってる」
「……」
「次は佳子さん!」
さっきの見守る顔をしていた人か。
「はい、碧様。」
「山島佳子です。私は碧様と颯様の使用人です」
「使用人じゃ無いよ!お母さんみたいな人なの!」と碧ちゃんは言う。
困った顔をしている山島さんだが、見守る顔は母親の様だ。
「それじゃ最後に! よーちゃん!」
「その呼び方はダメですよ、碧様。刑事さん達にちゃんとした名前を言わなきゃ」
爽やかな青年が言う。
「見田洋輔です。私はお食事など生活全般の事をしている者です」
「よーちゃんの料理は凄く美味しいんだよ!」
「やめてください、碧様。恥ずかしいですよ」
「本当の事だよ。洋輔さんの料理は美味しいよ」
「颯様まで……」
子供達にはお兄さん的な存在なんだろうな。
さて、これで容疑者の名前も分かったが本当にこの中に犯人が居て、《憑物》が居るのだろうか。
みんな、特に変わった様子も無い。
「それで、どーするの? 1人づつ部屋で聴取をするの?」
碧ちゃんが吉川刑事に訪ねる。
「んー。どうする、鬼頭? 俺はそれでも良いが……」
「そーですね。例の本も見たいですが先に1人づつ話を聞きましょう……」
吉川刑事は先に話を聞いてるので俺達2人で聴取をすることになった。
俺達は別室に待機し、順番に来てもらう。
まず始めに村辺さんからだ。
痩せ気味の体型に少し弱々しさを感じる彼だが、話をしてみるとハキハキと喋る青年だった。
「……、では幸之助さんに恨みを持つ人はいないと?」
「はい。身内には凄く優しい方で、何よりお給料の方もかなり良い額をもらってますからね。恨む所か感謝しかありませんよ」
「それに、幸之助先生は担当者に会いに行く以外は外出しない人でしたし、僕ら以外の方と人付き合いがあったのかどうかも分かりません」
人付き合いが嫌いな人なのか、幸之助さんは?
「ただ……、碧様や颯様には少し強めの躾をしていたみたいです。あの子達が真面目に育って欲しい為にしてる事だったので……」
彼は俺の目を見ながら話すし、誠実性も感じる、村辺さんを容疑者から外した。
「ありがとうございました。部屋に戻って良いですよ」
部屋を出るときも変わった様子も無く不審な点は無かった。
雫にもどうだったか聞いてみた。
「そうですね、特に変わった様子も無かったですし除外して良いと思いますよ」
次は見田さんを聴取することにした。
少し緊張しているのか、部屋に入るとき少し顔が強ばっていた。
「緊張しなくて良いですよ。ラクにして下さい」
「はは……、すみません」
彼も村辺さんと同じ回答だった。
恨みを買うような人では無く、身内に優しい。
ただ、1つ違ったのは外出は多いそうで、最近はさらに増えていたらしい。
「僕は詳しく聞ける立場では無いので分かりませんが、昼間に家を出て夕方に帰ってくるのが最近多くなってましたね」
「先ほどの村辺さんからは外出する事は無かったと聞いたのですが……」
「ああ、彼は1日の大半を颯様と過ごしてますから、幸之助先生と会うことは少なかったのだと思いますよ。颯様のリハビリなどを手伝っていましたし」
「そうですか」
二人とも嘘をつくような人にはみえないし、ついたところで後々が面倒になる。
見田さんも好青年で誠実性も感じる、まぁ、猫を被る人も居るので一概には言えないがな。
俺はまったく関係ない話を振ってみる。
「この辺はこの屋敷以外に家が建ってませんけど、理由とか知ってます?」
「この辺の土地は全て幸之助先生の土地らしいです。なんでも、良い小説を書くには場所が大事と言っていたのを佳子さんから聞きました」
おいおい……、小説家ってのはそんなに稼げるもんなのか?
「僕は佳子さんから聞いた話なので……、彼女の方が色々と知ってると思いますよ」
山島さんね……、俺はこのあと見田さんと他愛もない会話をして部屋に戻させた。
そして、色々と知っているらしい山島さんの番だ。
部屋に入ると、俺達に頭を下げ挨拶をしてから椅子に座る。
前の二人とは違い、どこか強さを感じる。
幸之助さんについて聞くと、恨みなどの事は同じだったのだが……。
「性格が変わったと……?」
「ええ、幸之助様は奥様を亡くしてから子供達に強く躾をなさってまして、手を出すという事は無かったのですが……」
「と言うと?」
「かなり酷い物言いをしておりました……『お前は最低な物だ』『お前は生きる価値の無い人間だ』と……」
「それはどちらの方に?」
「お二人共にです……、それに最近分かったのですが、奥様を亡くす前から他に女性が……。愛人が居たみたいなのです」
さて……、話がややこしくなってきたぞ。
色々と詳しく聞いたが、幸之助と言う人物は相当なクズみたいだ。
奥さん……、城島緑と結婚する前から数人の女と関係を持っていて、奥さんはそれを知った上で結婚したみたいだ。
結婚すれば関係を持つことを辞めると思っていたそうだが、そのあとも続いたそうだ。
そして、奥さんが無くなってからは更に頻度が増した様で、毎週外出していたみたいだ。
子供達に躾と言うなの八つ当たりだろうな……、女と上手くいかなかったんだろう。
俺は頭を抱える、吉川刑事は本当に聴取をしたのか?外部からの犯行もありえるだろ……。
「他に私に聞きたい事はありますでしょうか?」
俺は悩む。これ以上聞いても容疑者達は全員白に近い。
「私からも良いですか?」
珍しく雫が自分から質問をする。
「全く事件に関係無いんですが、この辺は全て幸之助さんの土地なんですか?」
「はい、そうですが……。何か気になる事でもありましたか?」
雫の反応はない。
「?」
山島さんは不思議そうな顔をしていたが、雫は無視して考え込んでいる。
俺は山島さんを部屋に戻し、雫に意図を聞いた。
雫は少し待って下さいと考えている。
「先生。やっぱりここ、何か変ですよ」
「何が?」
「何もかもです。こんな場所に屋敷があって、殺された人は遺体が見つからず。殺された人は聞く人によって素晴らしい人から一転、最悪の人物」
「人間には色々とあるんだよ。表の顔と裏の顔とさ」
「違うんですよ、そうじゃ無くて……」
何を言いたいのか分からない?例えるのが難しいのか?
「役を演じているよう」
「そうです、先生! そう言い――」
「誰だ」
俺は雫の言葉を遮り、襖の影に問いかけた。
襖が開く。そこに居たのは城島幸之助の娘……、城島碧。
「へへ! ビックリした?」
「待っても待っても、私の聴取が始まらないから自分から来ましたー!」
元気な声で俺達に挨拶する。
「いやいや、君達には聴取をしないよ。まだ子供じゃないか」
流石に子供達まで聴取を取る気はない、ましてや父親が亡くなったのにズケズケと聞く気にはならなかった……。
「本当に良いの? 私達はお父様の事を一番知ってるのに?」
雫と顔を合わせる、雫は頷いた。
「分かった。君たちにも話を聞こうか」
縁側でなら煙草を吸って良いと言われたので携帯灰皿を持ち、縁側にでる。
綺麗に整えられた庭園だ、何か変わった物があるわけでは無いが心が洗われる。
煙草に火をつけて煙を吸う。
今回の事件に〈憑物〉が関係してるのは確定した。
犯人も分かった。
奴は自分の死を偽装して、俺達を集め、この屋敷で作品を作ろうとしている。
奴は何かに飢えていた、それは何か分からないが、その飢えを紛らわす為に色んな女に手を出した。
飢えは満たされずにいた。
有名になった後の作品も売れない。
女達は金の無い奴に興味が無くなり、奴に残ったの物はなにもない。
条件は全て揃った……。
城島幸之助が犯人だ……。
俺は考え込む。
「先生が考えた通りでしたよ」
雫の声が聞こえた、俺は後ろを振り向く。
「遅かったか?」
「はい……。吉川刑事は署に戻ってしまいました」
やはりか……、この屋敷から退場させられたか。
俺達が屋敷に踏み入れた時点で奴の罠に嵌まるはずだったのだが、俺達と吉川刑事には何故か上手く効かなかったと推測している。
そもそも、俺達が聴取を取ってるときに気がつくべきだった、吉川刑事の言葉を思い出していれば……。
「外部からの犯行はない」これがヒントになった。
俺達が取った聴取の内容と吉川刑事の聴取の内容は違うはずだ、そもそも吉川刑事が聴取を取ったと言ったことさえ怪しい。
俺達の方は外部からの犯行がありえる聴取だったからだ。
吉川刑事がこの屋敷に呼ばれた時点ではまだ幸之助は存在が確認出来きていたが、吉川刑事は何かの罠に嵌まり聴取を取ったと認識する事になった。
しかし、上手く罠に嵌まらず「外部からの犯行はない」と違う認識なったのだろう。
他の人達は上手く罠に嵌まり、幸之助は亡くなり遺体が見つからずと……。
……、……、だが何か引っ掛かるな。
「例の本は見つかったか?」
「どこにも無いですね。幸之助氏の部屋に入ったのですが、それらしき本はありませんでした」
吉川刑事が退場した今、俺達が刑事役なのだろか?。
さて、どうしたものか。
「鬼頭刑事! 雫ちゃん!」
この元気な声は碧ちゃんだろう、二人して振り向く。
「どうしたのかな?」
「んーと、二人はこの後どうするの?吉川刑事と同じく署に帰る?」
「いや、今のところ署から連絡はないからどうするか考えているよ」
「本当に! それじゃ、佳子さんに話してみるからちょっと待ってて!」
何を話すんだ?雫と顔を見合わせて考える。
直ぐに碧ちゃんはこっちに来た。
「佳子さんがそのまま屋敷に泊まっていくのはどうかだって! 食事も出すよーって!」
なにか嫌な感じがする。
「少し待ってくれるかな? 話し合うからさ」
「うん」と元気な返事で返してくれる碧ちゃん。
俺達は小声で話す。
「どうする?俺は嫌な予感がするが……」
「あえて、相手の脚本に乗るのもありですよ。上手く運べば犯人を見つけられるかもです」
このまま放っておいたら、惨劇になる可能性も十分ある……、残ってみるか。
「お言葉に甘えても良いかな?」
「やったー! それじゃ、よーちゃんに料理頼むね! 雫ちゃんは何食べたい!?」
いつのまにか仲良くなってる、雫と碧。
これも脚本なのだろうか……。
俺はそう思いながらも、この茶番劇で役を演じる事にした。
なぜ心が飢えていたのだろうか?
素晴らし人達に囲まれ、美人の奥さんに子供が二人も居るのに。
俺は美味しい食事をいただいた後、わざわざ用意してくれた部屋で考えていた。
「なにが奴には足りなかったのか」
天井を見つめても答えは出てこない、視線を下げ部屋を見渡す。
考えが間違っているのか?もう一度、今日の聴取の内容を思い出す……、特に碧ちゃんが話してくれたことを……。
「お父様が内緒にしてることを教えてあげる」
「実はね、有名になってからは小説を書くことが出来なかったんだ! スランプって言ってた!」
「じゃあ、誰が書いていたの?」
「へへ、私達だよ!」
俺は嘘だと思っていたし、この子は俺をからかってると思っていた。
「嘘だと思ってるでしょ?」
「……ああ」
「ヤタガラスの男」
雫が突然、幸之助の作品名を出した。
「トリックと犯人の動機をお願いします」
「ヤタガラスね!犯人は――」
ここから雫と碧の問答が始まった。雫はスマホで作品を調べて、犯人やトリックなどを聞く。碧ちゃんはそれに答える。
「……。先生、碧ちゃんの言うことは本当かも知れません」
「だからー! 本当なんだって!」
俺は考える、仮にこの子が本当に書いていたら天才に近い。
幸之助には悪いが碧ちゃんの方が小説家にむいているだろう。
「分かってくれた?」
碧ちゃんは笑顔で俺達に問いかける。
「ああ、信じよう」と嘘を付く、記憶力の良い子の可能性もあるからな。
俺は他の質問をした。
「君達にお父さんはかなり酷い事を言ってたそうだが、それは本当かい?」
「そうだよ。私達が頑張らないとお金稼げないからさ」
無垢な顔で答える碧ちゃん。
「怒られない為に、色々と頑張ったんだよ」
碧ちゃんの言うことが本当ならば、自分の不甲斐なさに心を病み、女に手を出す……、だが結婚する前から女誑しだ。
不甲斐ない自分に心を病むなんてことも無いだろう。
考えが煮詰まった俺は煙草を吸いに行こうとした時――
耳を劈く悲鳴が鳴り響く。
今の悲鳴はなんだ!?どこからだ!?
俺は直ぐに部屋の襖を開ける、誰かの走る足音が聞こえる。
「鬼頭刑事! 今の悲鳴は!?」と見田さんが走って来た。
「俺にも分からない! どっちから聞こえた!?」
「奥の部屋から聞こえて来ました!」
俺達は急いで、奥の部屋に向かう。
部屋の前に山島が倒れていた、俺は見田さんにその場に留まってもらい山島さんに声をかけた。
「大丈夫ですか!? 山島さん!?」
山島さんは部屋を見つめたまま震えている、俺はその部屋の中を見た……。
車椅子に乗った首なし死体と、首なし死体に土下座をしている男。
「先生! なにがあったんですか!?」
後ろから雫の声と数人の声……、他の人達も来たみたいだ。
「雫! そこで止まれ! 他の人達をお前より前に行かせるな!」
俺は山島さんを連れて一旦その場を離れ、見田さんに山島さんを任せた。
「皆さんはここで少し待っていて下さい。見田さんは山島さんをお願いします」
「雫、こっちに来てくれ」
俺は雫を連れて部屋に戻る。
綺麗に切り取ったとでも言うべきなのか、血飛沫1つ服にかかってない、颯君の首なし死体。
土下座しているのは村辺さんか?
「村辺さん? 状況を説明できますか?」と肩を揺する。
反応がない、雫が下から覗きこむ……。
「先生……、目が……」
俺は村辺さんの後ろに回り、肩を持ちそのまま自分に引き寄せ、顔を見る。
「眼球が無いだと……」
嫌な予感は当たった、こんなにも早く惨劇が始まるとは……。
「うそ……でしょ……」
後ろで声が聞こえた、酷く弱々しくいつもの元気な声ではなかった。
彼女は弟の死体に抱きつき、ひたすら声をかけ続ける、「颯……、颯……」と。
俺は周りを見る、何かあるはずだ。奴は何かを残しているはず。
村辺さんの死体を探る、ズボンのポケットに一枚の紙が入っていた、俺は書いてある内容を確認する。
「雫。これを見ろ。村辺さんのポケットに入ってた」
「『お前は罪を犯した。お前は私を裏切った。私が救いを求めて目を見たとき、お前は私を塵のように見ていた。だからお前の目はいらないだろう。』」
「なんですかこれ!?」
「幸之助だよ。クソッたれの小説家様は自分を神様だと思ってる!」
俺は怒りが隠せなかった、彼らの事は何も知らないが死んでいいはずがない。
「鬼頭……刑事。颯の……所にも……」
涙声で話かけてくれた碧ちゃん、颯君のポケットにも紙が入っていたみたいだ。
「『お前は罪を犯した。私の為に働く事を放棄し、あまつさえ私を笑い者にした。お前の頭が無くても私は最高の作品が創れる。だからお前の頭はいらないだろう。』」
「……」
俺はもう言葉にならない。奴は最低最悪の人間だ。
俺は二人の死体を部屋のベッドに寝かし、上からシーツをかけ、手を合わせる。
他の人達は応接間に居てもらい、雫に警備を任せた。
部屋の中を調べる。隅から隅まで。
「ん?」
俺はベッドの下を調べているとき、奥に1冊の本を見つけた。
「これはもしかして……、でも何故ここに?」
俺は本を持ち、皆が居る応接間に向かった。
「鬼頭刑事。何か見つかりましたか?」
見田さんが俺に問いかけた。
「ええ、これです」
みんなに見えるように本を出す、パッと見れば普通の本だがよく見ると人間の皮膚に黒く変色した血で色をつけている。
タイトルは書いて無い。中身は全6ページで構成されているのだが、破かれており最後のページのみ残っている。記されているのは『罪を償え』。
「これは、部屋のベッドの下から見つかりました、そして二人のポケットから見つかった紙が、この本の紙質と似ています」
「最後のページには『罪を償え』と書いてあります。単刀直入にお聞きします。皆さんは私達に隠してる事がありますか?」
静まりかえる部屋。誰も話そうとしない。
「そうですか。話す気にはなりませんか」
1人1人の顔を伺う。俺達と碧ちゃん以外の人は顔色が悪い。何かを隠してる。
碧ちゃんがスッと立ち上がり皆に話す。
「ねぇ?話そうよ……。私達が共有してる1つの隠し事……」
皆、顔に緊張が走ってる。共有してる隠し事とはなんだ?
「鬼頭刑事。実はね……、お父様を殺したのは――」
「やめてください! 碧様!」
ヒステリックな声で碧ちゃんの言葉を遮った。
「碧様に颯様は関係ありません。私達が幸之助様を殺しました……」
そう言ったのは山島さんだった。
「幸之助様は私達の大切な碧様と颯様を殺そうとしたからです」
「事情を聞きましょうか……」
碧ちゃんと颯君は本当に小説を書いていた。しかも後期の作品全てだ。
幸之助は有名になった後、スランプに陥り小説が書けず、自分の小説を読んでいた子供達に真似をさせて書かせてみたらしい。
すると、自分よりも優秀な物が出来上がった。 それを彼は利用し、自分の小説として世にだした。
最初の頃はそれなりに売れたそうなのだが、売り上げは段々と落ちていき、彼は名は地に落ちた。
そして、1つの考えに至る……、それは子供達がわざと面白くない作品を創っていると……。
「そして、ある日の夜に幸之助様は2人を殺そうとしていた。私達はそれを止める為に幸之助様を……」
「どうして殺そうとするのが分かったんですか?」
俺は質問する。
「これを持っていたからです」
山島さんはソファーから立ち上がり、応接間に飾ってある絵を壁から外し、絵の裏側を見せる。
裏側にあったのは――
「この拳銃を持っていたからです」
警察官が所持しているリボルバーの銃。
どこでこんなものを……。
「私は幸之助様の書斎でこれを見つけ、私は他の人達に伝え、いつでも対応できる用にしておりました」
対応とは言うが、いつ二人を殺すかなんて分からない……、この人達は初めから幸之助を殺す気だったのではと俺は思っていた。