二日目 林道~民宿
(いやー……我ながら、無茶を考える………)
図書館から、民宿に至る道にて。
俺はというものの、周りの写真を撮りつつ思考に耽っていた。
(冷静になると、ヤエ様のフリをするのは本当にどうかしすぎている奇策だ。人外を匂わせるのはねぇわ。さすがにない。このタイミングでやったら、もうしっちゃかめっちゃかになる)
俺がそういう突拍子もない間抜けな無茶に走る時は、相当追い詰められてるケースである。人外騙りのハッタリとか、最上級にキツい無茶。まだ探偵騙りの方がマシ。心理学されると死ぬので、主に言質管理がやばい。管理と印象操作だけで本来のミッションに手が届きづらくなるのは確実。本末転倒だ。
(………とりあえず使えるフラグとしては残しといて、最悪のセーフティとして活用する……程度でいいか)
ミステリアスに匂わせる程度でいい。それ以上はするんじゃない。
(じゃあ今後、どんな方針をとっていくか?)
…………依然として、蓮に霊石を相談するのは消極的だ。
情報を引き出すならヨダカか雲野。
(ヨダカは――――)
『―――――ヨダカくんは、徹さん関係のミッションが課せられてるんじゃねえかなあ。たとえば【徹と共に生還せよ】みたいな。気前よく情報を明け渡してるのを見るに、積極的な協力しか感じない。これが罠ならもうお手上げだよ。
逆に依然として不透明なのは雲野くん。何が狙いでこの島に来たのか…。探偵役?HO2は【あなたの目的はこの島の全てを明らかにすること】…といった風に、セッションの展開を打破する役割を担っている?みんながみんな自分の保身と使命達成に走られると収集がつかなくなるからな。走り出したPLと一緒に並走してくれるKPはニケルさんしかおらんじゃろ。普通手綱をとる。軌道修正を試みる。だからちゃんとセッションを進ませられる、こういうポジションは必要不可欠のはず。実は警察で【連続失踪事件の犯人を突き止めろ】みたいなカタチでもおもしれーけど。そうなるとHO1が犯人役、HO2が探偵役、HO3が助手役、HO4がミスリード・引っ掻き回し役で綺麗にまとまるな。HO2と3は逆でも全然有り得る。想定内。
ふーむ…祭がヤマとするなら、多少のリスクをとってでも雲野くんを攻めて情報を引き出さないと、こっちも確信を持って動けないなあ』
(――――――なんとなく、雲野んとこに行かなきゃいけない天啓が来たような気がする…。祭りが始まる前になんとかして情報をかき集めないといけない焦燥が………蓮にももう少し深入りをしないと……)
――――と、話しかけようとして気づいた。
(あっっ、完璧に出遅れたじゃねーーか!!)
雲野と蓮が歩きながら内緒話をしていた。
(ぁあああ、開幕しょっぱなから出遅れるたぁ恥ずかしい)
…てか、なんで内緒話なんだ?
俺に聞かせられない話か?おい冗談は止せ。俺はただ埋蔵金目当てのお茶目なヤンチャボーイだ。おまえら視点、疚しいところはなんにもないはずだぞ?
聞き耳を立てようとしたがもう遅い。既に民宿についてしまった。ちっくしょぉおお………。
****
民宿は二階建ての和風建築だった。
中に入ると、民宿の女将と思わしき女性が俺らを出迎えてくれる。ワオ、蓮の母ちゃん超美人~。
「八肢島にようこそ。どうぞごゆっくりお寛ぎくださいませ」
秋穂さんというらしい彼女はそう挨拶すると、民宿についての軽い説明の後、それぞれの部屋の鍵を渡し、蓮と和ましげに談笑する。蓮はなんと自分の母親にも『手伝いがあれば』なんて申し出てやがる。
(………本当にマメったいことで)
敵か 味方か。ごめん。七割くらい敵で見てる。
そんな俺の疑心を知ってか知らずか蓮は自室へと足を向ける。
「では皆さん、荷物を置いたらまたここで」
「うん。ばいばーい。また後でねっ」
俺は元気よく見送った。じゃあな!!俺は雲野に突っ込むぞ!!具体的にはさっき蓮と何を話してたのかとかそういうことをなァ!
「はーい。荷物置いて、あ、あとで工具持ってくるね!」
「あ、ありがとうございます。祭りから戻ってきてからで大丈夫なので置いていても大丈夫ですよ鷹見さん」
ヨダカが蓮に元気よく打合せする。俺の足がふと止まった。
「工具?どこか悪いの??」
「いや~、なんか機械が調子が悪いみたいでさっ。ちょっと機会を触るのが趣味のおにーさんが見ようかなって話しになってね!」
「ふぅん…大変だねえ。直るといいねっ」
なーんて話してる間にも、雲野は部屋へ消えていく。俺たちも解散した。よし、突撃隣の大尋問だ。
荷物を部屋において、代わりに金糸記持って。
雲野の部屋の前に立つ。
「………………………………」
先客、いないよな?
(もしいたら、会話をちょっくら盗み聞きしたいんだが)
ドアに耳を当てて聞き耳を立てるが、特に話し声はない。そのままノックすれば、『どちら様ですか?』と返ってきた。
「黒曜です」
カチャリ、部屋のドアが開いた。
「どうした?」
入ろうとするが、雲野が扉の前でもたつくせいで入れない。お、何か部屋の中に隠してんのか?お?
「暇になったから、おしゃべりしたくてきちゃったの…。いま、忙しかった?ボク、出直した方がいい?」
「やあウズメさん。いいや、構わないよ」
「わぁっ、ありがとう!おじゃましまーす!」
「どうぞ」
許可はすんなりと降りた。特に怪しい素振りもなく雲野は俺を部屋に通す。
部屋の調度品は俺のと大して差はないらしい。
「それで、何を話したいのかな?」
「いっぱい!」
あんたに聞きたいことはたくさんあるぜ。
(たとえば 狸の化けの皮をどう剥がしたらいいですか、とかな)
さあ ここからはいかに自分の情報を漏らさず相手から引き出すかの駆け引き勝負。ああ、やだなあ。狸の相手は骨が折れる。
だが呑まれるな。死にたくなくば、さあ笑え。最後に勝つのはこの俺だ。
上目遣い。愛らしく、甘やかに振舞って
「でも、そうだなあ。まず一つは…蓮くんと何話してたの?」
「ただの世間話と取材だよ。彼まだ未成年なのに家の手伝いをしていてえらいなと思って」
あっさりと答えた。落ち着き払った顔。まっすぐな瞳。穏やかな物腰。ノーカウントの即答。
「うふふ」
俺は笑った。
「雲野さんの嘘つき」
ただの世間話なら内緒話みたいな小声でやらないだろうに。
そんなの、相手も承知だろうに。
(………………本当に…………)
本当に……………
(この狸め)
だからこの手合いとやりあうのはイヤなんだ。
(嘘は言ってねえだろうな。ああそうだろうよ。だが真実ってわけでもあるまい?)
こういうのと駆け引きすると、泥仕合に縺れ込む重箱の隅の突き合いになる。俺は生来気が短い上に時間がない。もう祭りが始まる。最悪だ。こいつとやりあうには不利な条件ばかり揃ってやがる。
(いやだねー。これだから平然と嘘を言ってのける手合いは)
瞳が変わらず凪いでいるのが憎たらしい。
「質問を変えるね。
雲野さん、図書館で資料見せてくれたよね。あの生贄の下りについてどう思った?」
「…正直驚いたよ。そのことは彼…十坂くんにも聞いた。でも納得のいく返答はもらえなかったかな」
「納得のいく返答というと?具体的にはなんて返されたの?」
「『知ってしまったら無事この島を出られないかもしれない』」
カチリ。部屋の秒針はやたらと強く響いた。
カチリ。再び響く。
それは、パズルのピースが当てはまる音にも、線路の切り替えにも似ていて。
「彼はそう言ってたかな。どうやら相当根深い問題らしい。ボクも首を突っ込むのは危なくない程度にするつもりだ。家に帰りたいからね」
(―――――――――――――――――)
顔を窺い見ようとして、やめた。
窺う前に、脳細胞が嘘を否定する。
(嘘のはずがない)
こんな嘘をつく必要がない。
(たとえば真実を俺に隠したかった場合、『特に何もなかった』なんて当たり障りのないことを言えば良い。こんなツッコミどころ満載の嘘をついたところで、後々破綻するだけだ。こいつだったら、適当に誤魔化す方便なんざ一瞬で十は思いつくだろう。
俺を疑心暗鬼に陥れたいのなら、わざわざ蓮の警告じみた台詞を考えるまでもない。雲野視点、味方を与える事になる。俺と蓮が結託してこいつにメリットがあるもんか)
小さな真実でインパクトを与えて、本命まで探らせないようにする?二段構え構造?
(―――――それは、ある。十二分にありえる)
だがそれだったら、尚の事蓮の『警告』が真になってしまうではないか。雲野が後ろに何を隠しているにせよ、そのテクニックはインパクトが真実だからこそ成り立つのだ。
(俺が嘘を信じると思っている…?)
なるほど。このテクニック自体がカモフラージュか。ありえなくはない。が、この程度を頭っから見破れない奴だったらそれこそ最初から当たり障りない嘘を吐いた方が安易だし、破綻のリスクも低い。
やはり、この嘘をつく理由がどこにもない。
(―――――――――――)
この間、0.5秒。
(――――――――全件、白紙撤回!!)
俺は全てのプランを消した。蓮への疑いも、雲野への疑いも。全部、全部、全部白紙!!
(蓮は『味方』として見れる目がある!!)
思えば、ヒントはあった。
(『蜘蛛に大してそんなに印象はよくない』。『ヤエ様の知識がない素振り』。そんでこの『警告』)
もしかしたら
(蓮は……普通の島民とは違う視座と思想を持っている?)
なら信頼を寄せる目はある。ついでに、警告を素直に伝えてくれた雲野も。
(全然確定じゃないがな!)
けど。ああ、けど
(……………………俺も、ちょっとくらい警告は残してやるよ)
別にこれくらいは大した手間じゃねえし………霊石探しが全然できてないけど、それでも…………まあ…別に? これくらいは、サービスだし……。
(生贄にされたくなけりゃ、勝手に逃げな。別に俺はおまえのことキライなわけじゃねえんだ)
そりゃ、雲野は嘘つくのがうまいし、中々情報落とさないのにはやきもきするけどさ。でも嘘つきなのはお互い様だし………。
(………情報くれて、サンキュな。おかげで色々と変わった)
ケッ。俺も焼きが回ったもんだ。
「なぁるほど。ちなみに、徹さん以前のホーク急便の先輩たちもこの島に居着いてる『ハズ』っていうのは知ってる?」
「ああ、らしいね。どうして今はいないんだろうね」
「おかしいよね。徹さん曰く、『本土から来たのは自分だけ』なのにね。不思議だねー」
「そうだね」
「あ、時間とらせちゃってごめーんねっ。最後に一つ忠告ね!」
(霊石のこと、伝えるべきか…?)
霊石の存在がバレれば商売敵が増えるかもしれない。でももし万が一雲野が霊石の情報を知らずに蓮見の地雷を踏んだら何をされるか…………
(でも…)
そういう存在があるってことだけでも、俺が情報抱え落ちした時の保険として…?
(いや。確かに霊石の情報を流すなら雲野かヨダカだけど、この段階で出すのは博打が過ぎる)
でも、雲野が危険な目に遭ったら
「霊石の話は、島の人にはしちゃダメだよ?」
あーあー…言っちゃったよ………。
本ッ当に、馬鹿じゃねえのか俺は。
「霊石?」
「多分、その反応だったら蓮くんにも聞いちゃダメ。生きて帰りたいなら、ね?」
「…まあ、いいよ。今は興味ないし」
タダで転ぶつもりもねぇ。『今は興味ない』と言い切った顔をじぃっと見る。
(嘘は…言ってないみたいだな)
その情報だけでも重畳。
「ばいばい!」
「…ああ」
部屋を出ようとすれば、雲野がついてきた。
「…ついてくるの?その本、ちゃんと読んだ?読まないとダメだよ?」
俺は金糸記を指した。読んどけ雲野。たぶんこの島に関わる大事な宗教ごとだ。
「読んだよ。それに内容は十坂くんが道中に教えてくれた」
そうか。じゃあいい。
そして扉を開けると、そこにはヨダカと蓮と徹が。
「うふふ。やだなあ。盗み聞き」
言葉とは裏腹に冷や汗が止まらない。
(どこまで聞かれた)
やばい。やばいやばいやばい。
(俺は馬鹿か。普通、盗み聞きくらいするだろ。なんで対策を怠らなかった…!)
もっとやりようはあったのだ。たとえばスマホのメモ機能で会話するとか。せめて声を潜めるとか。
(ヨダカはともかく、蓮はまずい。まだ白確定じゃねえんだから…!)
『ヨダカくんも白確定じゃないけどね!』という元気な空耳が聞こえるが無視。
ヨダカはノックの体勢で目を丸くしていた。
「お待たせしてたみたいだね。すまない」
「いえ、ちょうどでしたね」
雲野と蓮の冷静な声が頭上で飛び交う。俺もニパッとヨダカと徹に笑ってみせる。
「ナイスタイミーング!ちょうどボクらもそっち行こうとしてたの!」
「そうそう!ちょうど呼びにきたところだったよっ!」
「いいタイミングだ」
蓮と徹が口を開いた。
「そうだ、間違って言ってたと思ったんですけど、夕飯は20時なので。それまで祭り、楽しんでいってくださいね」
「そーそ、よかったよかった!早速行こう?20時にはここで夕食らしいし」
………めちゃくちゃ内容がかぶっとるがな。
徹ははにかむ。
「かぶっちゃった…」
「そんなに食べていけるの嬉しいんですか」
「ふふふ」
「大事なことなら二度も三度も言うべきだよ。うーれしー!」
「知り合いが来てよっぽど嬉しいんですね、よかったですね徹さん」
「じゃあ屋台での食事は控えめにしないとね」
「そうですね、母の料理はおいしいんで是非」
蓮が先導する。
「それじゃあ行きましょうか」
「ああ、行こうか」
「行こう行こう、あ、これ雨具。96円だったんだけど」
「やすっ」
「一個96円、0が一つ抜けてるのかと思ったら違った、請求されたのはきちんと96*3円」
思い出したように、昼間に買った雨具を配る徹。蓮は『そんなに安かったかな』という驚きの顔だ。ヨダカも財布を漁る。
「あ、陸奥さんこれおつりね!」
「あ、ああ…とっといていいといったのに、律儀だね。ありがとう」
俺も礼を述べる。
「ありがとー。ツケといて。出世払いで返すから♥」
「黒曜さんそれは払わない人の台詞なんじゃ…」
「払うよー?大丈夫だよ、埋蔵金を当てたらすぐに返却するよぉ」
「え!96円をツケにするの?ウズメちゃんおもしろいね~」
雲野はありありと『埋蔵金を当てないと返せないものかな…?』と顔に書かれている。お、鋭い。
(俺、いま借金持ちだからな~~)
そんなわけで、厳密には手持ち財産が0どころかマイナスってワケ。
マジで雲野くんに「ただの世間話と取材だよ」って言われた時『ヤダーーーーこの人PVP慣れしすぎてるじゃないですかーーーやだーーーー』って泣きましたね。白目剥いちゃいますわこんなん。多分コレ、『嘘は言ってないけど真実は隠蔽』だよね。多分だけど。でももしそれなら、サラッとできる九十九さんはつくづくやべぇPLだなぁと思いました。九十九さんがHO4とってたら多分手玉に取られてたと思う。ほんとにただの世間話と取材なら内緒話する必要はないんだよなあ…
九十九さん、たま~~にキャラの独白を「()」で流してくれるんだけど、その独白内容がわりと鋭くってライムちゃんは白目を剥いています
賀鳥はなんかうだうだ言ってるけど、雲野くんが出してくれた情報のおかげで私はほぼほぼ協調路線にシフトチェンジ。手始めに金が欲しいことを仄めかすなどしました。