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一日目 HO2、HO3、HO4 そして合流

「ん~で、今からこの坂道を登るわけだ」

 目の前の広がるは、夏の日差しが照りつける林道。うだるような八月の道は、陽炎が見えそうなほど過酷である。

「この重い酒を持ってな」

 軽く肩をすくめる徹に、俺はくつくつと笑った。

「大事なお神酒だもんねぇ。大切に、大切に抱えてかなきゃ」

「そ~~。1人で運ぶことにならなくてよかったよ~~」

「大変そうだね。ボクも手伝えることがあるなら手伝うよ」

 他人に持たせる俺。呑気にケースを抱えるヨダカ。律儀に手伝おうとする雲野。綺麗にタイプがキッチリ別れる俺たちである。

「徹クンの時もこの坂を超えていったの?誰かに手伝ってもらった?」

「俺?俺はな~なんと一人」

「え!一人で運んだの~~!?すごいね~~!」

「俺はすごいからな」

 徹も中々のびのびした性格らしい。去年の喧騒に浸るように、ゆったりと語りだす。

「それでここの祭りについてなんだが~まあ…特に変わったことは…踊りくらいかな、でもちょっと変わった盆踊りってくらいで。うん、今は酒を持ってるから出来ないんだけども。

 ほかは屋台が出て、このお神酒が配られて…って感じ」

「タダでお神酒が配られるなんて豪奢だね。島の人たちはみんな飲むんだ?」

「飲む飲む」

 俺の問いにくいっと酒を煽るジェスチャー。なかなか美味しかったらしい。

 ヨダカはにっこりと目を細める。

「そういえば徹クンの以前にも先輩が何人かこの島に移住したみたいだけど会えたりする?」

「いや、今島にいる本土の人間は俺だけだよ」

「そうなの?他の先輩方は本土に帰ったのかな?そんな話は……ん~~~~?」

 蜩が鳴く。七日後の死に向かって泣き叫ぶ。

(………なんで、他に移住した奴はいないんだ?)

 じとりと纏わりつく汗のように、嫌な予感は粘着質に俺を捕えて離さない。

「そういえば、徹さんどうしてこの島に移住しようと思ったの?

 あ、まさかお祭りが気に入っちゃったとかー?

 それとも配達中のお酒飲んじゃって、バツが悪くて本土に帰れないとかー?」

 冷や汗を押し殺し、クスクス笑って尋ねてみせた。

「どうして此の島に移住しようとしたかって?んーーー、都会の喧騒に疲れたのと…」

 徹さんは人差し指を唇に当てる。

「これ、これオフレコな?ホーク急便って…その、ほら、わりとブラッk………まあ、ちょっとこうキツくってさ…理不尽なクレームなんかも多いしな…参っちゃうよな…」

「あぁ…そうなの?ヨダカくん?」

「あっはは!ま、配達なんて四六時中肉体労働みたいなものだしね~~。ブラックっちゃブラックだよね。時間を間に合わせるために休憩を返上したり~~?」

 ふーん…。調べた情報とも合致するし、移住理由としては不自然ではない…かな。

「ここ、なにもないけどそのなにもなさが心地よくってさ。自給自足、自由気まま!飯も美味しいし、景色もいい!」

 雲野も汗を拭いつつ尋ねる。

「なるほどなあ。そうそうもう一つ質問が」

「お、なんだなんだ」

「お社があるってことは、この島にはなにか信仰している神様とかいるのかい?」

「神様、うん、いるいる。ヤエ様っていう神様が!此の祭りも、そのヤエ様の目覚めを祝う?なんとか。俺も去年きたばかりだから、あんまり詳しくはないんだけど…。

 そこら辺は蓮見さんに聞いたらいいと思う」

 蓮見。俺の目的地。島唯一の社の管理者。

「ああ、そういえば蓮見さんはこの島の神様と心を通わせられるんだっけ?それって本当なの?」

「うん、らしいよ。ヤエ様と心を通わせてるんだって、ホントウかな。俺も直接見たわけじゃないし、来たばかりだからなんとも言えないけど」

 霊石の噂と合致する。俺も会話に乗る。

「ワオ!オカルティック! …いや、この場合スピリチュアリティック?君、直接見たわけじゃないなら誰からその話聞いたの?」

「誰から、っていうかこの島の共通認識、みたいな。お酒届にここに来て、挨拶の時に教えてもらったんだ」

「そうなんだあ。…ねえ、このお酒、おいしいのかな?ボクみたいなよそ者にも、振舞ってもらえる?」

「もらえるもらえる」

 俺にニカッと微笑んで、前方を指す。

「お、そろそろ見えてきたぞ~」

 指し示したところはほんの少しだけ開けたところ。林道の両脇に屋台の骨組みが並んでいる。祭りの準備中のようだ。木々の間に、まだ灯りのついていない提灯がいくつもぶら下がっている

 時刻は14:00。

 ヨダカはケースを抱えて深呼吸。

「着いた~~?なかなか大変だね。それを一人でやったなんてすごいね~。けっこう腕にくるよこれ~~~」

「ですね」

「ふふ。お疲れ様っ♥ カワイイボクがなでなでしてあげよーう♥」

「え~~、頭なんて撫でなくったっていいよ~~」

「まあまあ」

「って、な~~に、人が両手ふさがっているのをいいことにしてくれちゃってるの~?」

 きゃいきゃいと戯れる俺ら。なに、これくらいはサービスだ。泣いて喜んでもいいんだぜ。

 林道を進むと長い石階段が見えてきた。傾斜の急な50段もの階段を上がり鳥居を潜れば、パッと開けた社に出る。

「…………」

 木々に囲まれた広い社だ。参道が導く本殿の入り口には、若い神主が微笑みながら立っている。燈籠はあれども狛犬はおらず、本殿の床も地についている。また、本殿の隣には神主の住居と思わしき屋敷が建っている。

 ――――なんとなく、異質な印象だ。

 若い神主が口を開く。

「こんにちは。外からいらした方々ですね?。私は神主の蓮見誠一郎と申します」

「こんにちは、蓮見さん」

 俺は笑顔で一礼しつつ、ヨダカをなでまくる。

(わかりますぅ、この声?お電話さしあげた黒曜ウズメちゃんさんですよ~)

 涼しい顔の蓮見は何を考えてるかわからない。

「あ、こんにちは!お酒を配達に来ました~~。ホーク急便のヨダカです~」

「ああ、ホーク急便さん。いつもありがとうございます」

「こんにちは、そのお手伝いです」

「同じく『ヨダカくんの友達』でーす。お届けに参りましたー」

 賑やかな俺たちから蓮見は酒を受け取る。

「なるほど?今回は随分賑やかだと思っていましたが…ええ、良いことです」 

 そして改めて深々と一礼。

「毎年ありがとうございます。おかげさまでヤエ様も安らかな眠りにつくことが出来ます」

「…ふぅん?目覚めを祝ったり、眠るのを目的にしたり、ずいぶん忙しいんだねー」

 俺の言葉をさらりと流して、滑らかな口上を唇に乗せる蓮見。

「ああ、そうだ。今日は17時からお祭りがあるんです。ここに来るときの林道で、屋台を建てていたでしょう。小さな島のお祭りですが、よければ」

「建ててた建ててた!たのしみの塊!」

「でしたね、実はそのお祭りに関して色々お尋ねしたく」

「お祭りについてですか、良いですよ。お答えできるものであればお答えしましょう」

 雲野の問いに快く応じた矢先に――――ふと境内の外に目を向ける。

「おや、蓮さん」

 先ほどの民宿の子供がてくてくと登っていた。俺たちに気づいてペコリと頭を下げる。

「あ、蓮見さん。それに皆さんも」

「あら?あらあらあら?蓮くんじゃあないか。御用は済んだの?それともこれから御用?」

「お祭りのお手伝いに?」

「あ、蓮クンさっきぶり!」

 口々に出迎える俺たちに、蓮は照れくさそうな顔。

「いや、自分の家…民宿ですね、そこに寄ってきただけです。手伝うというか皆さんがどうしてるかなと思って」

「そうでしたか」

「お話聞いてたんですね、どうぞ。僕も聞いていこうかな…」

「地元のことは案外知らないものだ。おいで、おいで。ボクたちと一緒に勉強しよっ」

 蓮を引っ張り輪の中に引き込んだ俺を確認してから、ヨダカは元気よく挙手。

「あ、はいはい!質問!お祭りと関係があるかはあれなんだけど、ヤエ様ってどういう神様なの?」

「ヤエ様は、82年前に姿を現した蜘蛛の神です。現在は此の島のどこかに眠っており、八肢島に災厄が訪れないように見守ってくれています」

「へ~~、82年前。わりと最近の出来事なんだね」

 白々しいことこの上ない。そこらへんはとっくの昔に予習済みだろうに。無邪気な顔して、ヨダカもなかなかに強かである。おそらくは追加情報狙いだろう。俺は一歩引いて傍観。俺の質問を代弁してくれるならありがてぇ。

(…お?)

 蓮もヨダカと雲野の一歩後ろで静かに話を聞いていた。

「そのヤエ様ってどのようなお姿をしているんです?」

「どのような、ですか。大きな蜘蛛の形をしているそうですよ」

「大きな蜘蛛、ですか」

「蜘蛛!すごいね、かわいいね!ボク、蜘蛛だぁいすき!」

「蜘蛛がお好きなんですか、ええ、とてもいいことだと思います」

 好感度稼ぎのために茶々を入れた俺と、にこやかな蓮見。蓮は俺の言葉を聞いて少し声を落とす。

「蜘蛛、好きなんですね…」

(ほう…?)

 蜘蛛神崇拝の土地だから、島民はだいたい好きなもんかと思ったんだが。

「蓮くんはきらい…?」

 小声でそっと尋ねた。

「いえ、嫌いな訳ないですよ。ヤエ様のお姿なんですから」

「君がきらいでも、きっと許してくれると思うよ。多分君はとても良い子だからね!」

 適当に嘯きながら俺は蓮の顔を覗き込む。

(………嘘を言ってるようには、見えねえな)

「ヤエさまはどのような状況で現れた、とか伝承はあるの?」

「伝承、気になりますね」

 ヨダカと雲野の質問の声を聴いて、蓮は静かに蓮見を見る。

「お話しても良いのですが、長くなりますよ?…それでもよろしいですか?みなさん、港についてからまっすぐここにこられたようなので…」

 俺たちの大荷物を見ながら蓮見は思案げな顔。

(大チャーンス!!)

 いいぞ蓮見、今すぐこいつらを帰らせろ!

「んー…。確かに、一旦置きに戻った方がいいかもね」

 おまえたちはな。ほら、長旅で疲れたろ?三時間くらい宿でゆっくりしてて構わないんだぜ?

 俺はその間に蓮見と仲良くなってるからよ。

「そうですね…」

「そうだねぇ、いったん置きにいこうかな」

「ああ、重かったなら一度荷物を置きに来ますか?行く方が居れば民宿に案内しますが」

「また、お話を伺う機会はありますか?」

「ええ。基本的に私はここに居ますので。伝承なら、金糸記にも載っていますね」

「金糸記?」

「あ、金糸記なら民宿に置いてあるんじゃないか?」

 疑問符を浮かべる雲野に徹が助け舟を出し、蓮が頷く。

「ああ、金糸記の伝承で良かったら僕も知ってます。道中良かったら簡単に説明しますよ」

「あ、じゃあお願いしようかな!」

 ヨダカも目を輝かせる。よしよし…いい流れだ………

(俺は金糸記知ってるから、興味ねえし。もし追加情報があるカンジだったら、素知らぬ顔で後からヨダカたちから聞きゃあいい。………こいつらも追加情報狙ってる、のかな?)

 そうだよな?だって……だって、さすがに、ねえ?

(下調べ…してきてる……よ、な?)

 あれ?俺だけ?

 いや…いやいやいやいやいや、まさかそんな…………

(まさか……いやそんなまさか…)

 ふと本殿に目をやる。

(あれ………この神社……)

 本殿は瓦屋根に木材の壁を持つ古い建物だ。

 扉は開かれているため中を窺うことはできるが、奥に祭壇があってそこに巨大な蜘蛛の像が鎮座していることしかわからない。

(けど――――)

 一点、奇妙なところがあった。

 普通、神社にあるはずの床下がねえ。

(神明造じゃない……)

 床下は潰され、本来より低い位置に建てられていた。

(床下を潰すメリットって言えば、地下室くらいしか思いつかねーなあ)

『ライム知ってるよ!!!!クトゥルフに地下室がつきものだってこと、ライム知ってるよ!!』という空耳が聞こえる。今日は早く寝よう。

(床下を潰す……蛇避けとかかな。蜘蛛を食べる天敵が居着かないようにというおまじない?)

『蛇人間だ!!キャッキャッ!』という空耳まで聞こえてくる。いったいどこの愉悦ゴリラだろう。

「ああ、そうだ。今日はお祭りの日なので本殿の中には入れませんから、悪しからず」

「了解!ここの本殿って本土のものと若干変わった造りをしてるんだね~!何か意味があるの?」

「わかりました。ところでこちらの本殿、随分と低い位置に建てられているのですね」

 ヨダカと雲野も気づいたか。ほぼ同時に質問がぶつかる。

「ええ、独特の様式でしょう」

「そうですか」

 メモをする雲野。俺はさも今気づきましたと言わんばかりに感心を装う。

「へー。そうなんだー。どうしてそんな様式に?」

「ヤエ様が落ち着いて眠ることが出来るように、とこの様式になったようですよ」

「落ち着いて眠ることができるように…?なんで低いとゆっくり眠れるの?」

「え?わからないですね…」

 雲野があからさまに『神主さんなのに…』という顔をする。

「そっかぁ。いつかわかるといいねっ」

「なにもかもに理由があるとは限らないんですよ」

 そういうことにしておこう。『あとで絶対に教えてくれよな!』という気持ちを込めて一旦引く俺。

「ん~?お酒が気になるの~?」

 そんな声がした。振り向けば、ヨダカが蓮を覗き込んでいる。俺たちが質問する間、蓮は酒のケースを屈んで見ていたらしい。

「ああ、それ…祭りで使うお酒ですか?」

「そうそう、なんだっけな。絡新婦って名前のお酒だよね!」

 絡新婦(じょろうぐも)

(女郎蜘蛛)

 蜘蛛の女怪を冠した酒が、蜘蛛神に捧げられるとは。

(ほ、アイロニック!)

 そんな良いご趣味をしてらっしゃるのはだぁれ?

(神主の蓮見さん!)

 そんなわけで尋問の時間だ!

「いけないけない。時間大丈夫?」

 俺が振り仰げば、蓮見も勧める。

「そうですね、こちらも準備がありますから、みなさんも宿に行って荷物などを置いてきたほうがいいかと」

「そうですね、ではそうさせてもらいます」

「ではご案内します、少し歩くので皆さんよかったら荷物持ちますけど」

「ボクはいいよ」

 おおっと、坊ちゃん。俺の荷物には手を出すんじゃないよ。改良した元クレイモア地雷以外にも、暗視スコープとか、閃光弾とかも入ってるからさ。

(具体的に言えば、霊石を盗む段になったら小火を装って警備の人引っペがして悠々と盗むのに使えるから…おまえにはあんまり見られたくないな…)

 打ち上げ花火や虫除けスプレーといった形に色々と偽装してあるけど…念のため な?

「それより、おつかれのヨダカくんの方を気にしてあげて。あと、雲野さんも船の上で寝てたから。結構疲れてるみたい」

 促すが二人共辞退した。

「いや、自分の荷物くらい自分で持たないとね。お気遣いありがとう」

「や~~、僕も配達が終わったから軽いものだよ。お気遣いありがとね~~!」

 うんうん、やさしいせかい。

「では、また。火点し頃に」

 蓮見の柔らかい声に見送られて境内の外へ踏み出せば、林道の村人が「お、今日はやけに人が多いな~」とか「よければ寄っててくれよ~」と声を掛けてくれる。

 本当に、良い島だ。

「ヨダカ!一緒に祭り見て回ろうな!」

 徹がはしゃいだ声をあげる。

 そうして雑踏に入りかけたあたりで―――――俺は忍び歩きでそっと消えた。

(祭り、台無しになったらごめんな)

 でも俺は、生きたいんだよ。


ぼく「えっ…?みんなちゃんと情報仕入れてるよな?なあ、そうなんだよな?あれ?あれれれれ」


HO2やってる九十九さんという人がすごいもう遣り手にしか見えなくて震えてました…。

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