一日目 導入
八月三十日午前十時過ぎ。
八肢島行きのモーターボートに三人の客が乗っていた。
一人は、涼やかな眼差しを持つ色白の青年。
一人は、夏なのにマスクをかけた青年。
一人は、俺。淡島賀鳥。サマーベストにタイをした、二十五歳の何でも屋。
ああ空はあんなにも青いのに、俺の目は死んでいく。
(始まってしまった…)
ミッション名・蜘蛛踊り――――『島のどこかにあるという霊石を奪取せよ』。
これに失敗したら………ま、今年の紅葉は拝めねぇな。
(死にたくねえ…死にたくねえ…)
事前調査した際、民宿の女将とも島唯一の社の管理者とも電話で話を通してみたが、どうにも雲行きが怪しい。特に管理者。
蓮見とか云うそいつは、明らかに霊石を知っていた。だが電話では『忙しい』だの『直接お会いした時に』だのではぐらかされてしまった。
(蓮見から色好い返事は貰えなかった…っつーか、サシじゃねえと話せない…みたいな感じだったな)
とりあえずあらかた調べたが、肝心な霊石についちゃなーんにも出てきちゃこねえ。
そして蓮見に聞いても、どうにも歯切れ悪い返答。胡散臭いし、やりづらい。
(蜘蛛神信仰のある土地・八肢島ねぇ………)
図書館からネットまでありとあらゆる調査をしてみた。
(まさかこの二十一世紀にまだそんな秘境があったとは)
八肢島――――――人口約 百七十名、面積約 6km2。高い山と海に囲まれており、外周は崖になっている孤島。八丈島付近の島だ。八丈島から船で約三時間だが、直行便はない。八丈島の操縦士に個人的に掛け合う必要がある。そんな不便さから観光客などは滅多に訪れず、島民は自給自足で生活しているのだという。
(確か特産物は新鮮な魚介類や唐辛子、里芋。あとは星空が綺麗だとかなんだとか………)
この時点で真珠や珊瑚等の密漁の線を捨てた。霊石がダメだった時のアテとして利用したかったが、人生うまくいかないものだ。
(自給自足してるだけあって、島の西側には一通りの施設は揃ってるみてーだな。雑貨屋、村役場、図書館、学校、病院……。思ったよりはあるな…)
まあ、三十日は島祭りのため夕方五時に閉まるらしいのだが。
(島祭り…)
島祭りは 三十日の夕方五時から夜九時まで行われ、林道と社周辺が祭りの開催地となる。 かき氷やお好み焼きといった定番の店が並ぶほか、ヨーヨー釣りや射的の屋台があるようだ。 よくある田舎の祭りと変わりない。
ただし二点だけ風変わりな点がある。
一つは、社でお神酒が配られること。
もう一つは、蜘蛛踊りと呼ばれる踊りを林道で踊ること。
(なんだよ蜘蛛踊りって………)
島唯一の宿泊施設の民宿の女将にそれとなく尋ねたところ、『蜘蛛踊りはこの島に伝わる踊りで、ヤエ様の目覚めを祝うものなんです。踊り自体は普通のものです』との返答があった。
(ヤエ様ぁ?)
八十二年前に姿を現した蜘蛛の神であり、現在は八肢島のどこかに眠っていて八肢島に災厄が訪れないよう見守っているのだとか。
(カミサマにしちゃずいぶんと新しいな。明治以降に生まれた神なんざ初めて聞く)
さらに面白い逸話もある。
(金糸記、だっけ)
【ある小さな蜘蛛は、こっそりと巣を作るのが下手であった。
どこへ行っても張った巣は箒で払われてしまい、餌にありつくことも出来ずにいたが、ある男だけは屋根裏に住み着いたその蜘蛛を気に入って、自由に巣を張らせていたという。
ぶくぶくと成長した蜘蛛は家中に巣を張り巡らせ、男の家は糸だらけとなったが、早くに妻を亡くしていた男は家族のように蜘蛛を受け入れていた。男が両手を広げても包めぬほどにその蜘蛛が大きくなっても、だ。島の者たちは当然これを気味悪がった。
しかし、ある日のこと。
島を嵐が襲い、高波が島の全てを洗い流そうとしたとき、熊ほどの大きさとなったその蜘蛛は、素早い動きで小山の頂上までゆくと、金色の糸で絡めとり、男を荒波から救い上げた。
これを見て今までの仕打ちを島の者たちが心から詫びると、蜘蛛は島中に網を張り巡らせ、嵐から島を守ったのである】
(アンデルセンの童話みたいな…)
むしろ、宮沢賢治?
(いや。宮沢賢治だったら、島民を救ったけど感謝されず気味悪がられて余生を過ごすも蜘蛛は満足しているエンドか)
とにかく、あまりにも独自性が強い土着神だ。純粋に興味が湧いた。社についても尋ねたが『お社、ですか?普通のお社だと思いますけれど…あまり外のことを知らないので…』との返答。まあ、そりゃ外にあんま出たことないなら違いなんてわかんねぇよな。
(丹野の旦那も、自分で盗りに行きゃあいいのに)
ちなみに依頼者の丹野の旦那は「奇妙な場所で出会った男から『神を操る石がある』と話を聞いたんだ。是非手に入れたくなってね。飾っておくだけだけど」とのこと。
(奇妙な場所で出会った男って…なんだよ……)
オカルトマニアってよくわかんねぇなぁ………。
(リリィ嬢みたいに『ビジネスだから仕方なく』って割り切ってるわけでもなく、クロナ嬢みたいに頭がイカれてるわけでもなく、純然たる蒐集欲かあ…。
その手の人間ってマジよくわかんねぇなぁ………本当にわかんねえよ…)
いや…俺に金をくれるんだ。文句はナシだ。
ため息一つついて、俺は船客の二人に目を遣る。
色白の兄ちゃんは居眠りをし、マスクの兄ちゃんは海を眺める。
(んで?どっちがホーク宅急便だ?)
ホーク宅急便。毎年八肢島の祭りに合わせて『絡新婦』を宅配する宅急便。
絡新婦とは桜坂酒造という酒蔵が作った酒であり、八十二年前から毎年島の神事に使われてるらしい。他の神事にも絡新婦が使われてるので、酒自体はそんなに珍しいものじゃないが。
(んで、去年も慣例に従いホーク宅急便の奴が絡新婦を届けに行った。
………らしい)
らしいというのは、その情報を掴んだのはツイッターだからだ。八肢島に渡った宅急便業者のアカウントを探し当てたところ、きな臭くて頭を抱えた。
(島に渡ってからの消息がねえ…)
いや、正確にはあることにはあるのだ。ただそれが『電波悪くて繋がらない』とかそういったツイートが二、三ある程度。それ以降はサッパリ。うーん、嫌な予感。
電波が通りづらい島だとは調査が及んでるが――――現代社会に馴染みきった奴がスマホやパソコンを手放して生きてられるとは到底思えん。死んでんじゃねーか、そいつ。閉鎖社会では余所者はあまり歓迎されないのだ。
(つっても調査した限りじゃ、82 年前に人口が大幅に減少してるし。現在に至るま で島民数は右肩下がりだし。新しい人口なら歓迎される可能性も十二分にある)
…だと、いいんだけど。
(――――ったく。何を疑心暗鬼になってんだか。アホらし。警戒すんのがすっかり癖になってやがる。世の中、何事も裏があるってわけじゃあるまいに…)
チラリ、さらに船の中に目を巡らせる。
(酒の入ったケースがあるから、確実にどっちかがホーク急便だとは思うんだが)
視線が捉えるのは二つのプラスチックケース。夏の陽を浴びチカリチカリと反射光を振りまいて、俺の目を焼く。
ああ畜生。
(夏は嫌いだ)
盆に地獄の蓋が開くように 陽炎が悪夢を象るように
死と生の境が溶け合ってしまう。
四季でもっとも死が薫る――――――それが夏。
(ああ…会いてえなあ)
弟たちの迷惑になることを恐れて、家は半年前に飛び出した。あの家に帰りたい。まただらだらと家族とバカみたいな会話をしたい。
元気な皐月と、酒を飲みたい。
(皐月のために違法賭博に手ぇ出して、借金こさえて借金取りに追われるハメになって、表社会で生きられなくなって、裏社会で何でも屋始めて。そんで今こうして人様のモンを窃盗して生き永らえようとしてるなんて―――――ははっ。ほんっと、我ながらクズ…)
弟はどうしてるだろうか。こんな自分を知ったらきっと泣くだろう。
兄はどうしてるだろうか。こんな自分を知ったらきっと怒るだろう。
死んだ妹だけは、『…悪い人ね、賀鳥兄さん』と憂いを含みながらも許してくれる気がした。
それでも生きたかった。
(浅ましくても、まだ生きていたい。俺はこのミッションを失敗するわけにはいかねぇんだ…!)
生きたい。ただただ、ひたすら生きたい。
俺が熱い息を吐いたのと、船が揺れたのはほぼ同時。操縦士がハンドルを握ったまま、顔だけを後ろに向けて俺らに問いかけた。
「よう、あんたら八肢島に何しに行くんだ?」
(……………………)
……ここで――――答えないのは『無い』。何せ俺は『勉強熱心で愛想の良い、民俗学に興味がある学生』という設定だからな。
(さってと…もうミッションは始まってますよ っと)
ここ三日の天気予報だって、明日以外全部晴れ。まるで俺の背中を押してくれてるみたいじゃないか。
頭を振って気分を刷新。
(ここは下手に飾らないキャラの方がいいな。あくまでも素に近い形で…)
よーし、情報収集といきますかね!俺は愛想良く目を細め、口を開き―――――
「ボクは観光だよ」
自分の口から飛び出した言葉に、一瞬呆けた。
(んっ………?)
…………ボク?
(ボク????)
えっ ボク???????
(どうした、俺)
なんでとっさにぶりっ子モードに入っちまった。いや、違う。これ緊張だ。『やべぇ、テンパッてキャラが狂った』という空耳まで聞こえる始末。
(あーあ。裏社会に身を投じて半年余り。犯罪で飯を食ってたこの俺が、こんな土壇場で緊張丸出しとは恥ずかしいねぇ…)
……。ここで失敗したら、確実に死ぬ もんな。
(はぁ~~あ………)
俺のぶりっこスマイルにマスクの兄ちゃんは人懐っこく目元を細め、トントンとプラスチックケースを叩く。
「僕は配達をちょっとね~~。なにやらお祭りがあるみたいで、そこで配布されるお酒をね、運んでいるのさっ」
おまえがホーク宅急便か。
操縦士はチラリとマスクに目を寄越す。
「はーー、なるほどね、まあ、そこのお兄さんが配達員ってのはわかったけども…」
「そ~~~。配達員だよ~~。配達はすぐ終わるだろうし知り合いに会ったり~~、島をぶらぶらしたりしよっかなって思っているよ」
「―――――あの島に観光ねぇ、珍しい人も居たもんだ」
後半は俺にかけられたものらしい。
「そう?だって素敵なお祭りがあるなら、やっぱりワクワクしちゃうでしょう?」
俺は華奢な首をことりと傾げて、甘い声。ああ、こういう時ばっかりは淡島の血筋がありがてぇよ。借金取りのご指摘通り、我が一族は軒並みチビで華奢で高い声の童顔野郎ばっかりだから、だいたい''軽く''見てもらえる。
「いいなあ、おにいさん。お祭りで配布されるならお神酒ってやつ?わざわざ船に乗って大変だね。もしよかったら、一つケース持つの手伝ってあげようか」
手伝わせろよ。『絡新婦』の検分をしてぇんだ。いや、普通のお神酒だっていうのは調査の手が及んでるが、念のため。
「えぇ?いいよ。ちゃあんと台車を持ってきているからねっ。平気だよ」
そしてまったり操縦士と宅急便の兄ちゃんは笑い合う。
「暇だろうから何があるかって調べたけどそのお祭り以外はあまり特出するものってわからなかったな~~」
「ああ、島祭りかい。なるほどねぇ。まあ、本当に何もない島だからなぁ…まあでも、景色とかはいいもんだ」
(景色がいい、ねえ。そういや調査でもそんな情報があったな。星空が綺麗、だったか)
ふむ。
ちょっと考えてから、俺は素知らぬ顔で尋ねる。
「へえ、そうなの?オススメスポットはどこ?」
「おすすめ?おすすめねぇ。そう言っておすすめできるほどのものがあるのかねぇ、うーーん」
俺は迷った言葉の先を待っていたが、もうないらしい。
星空が綺麗。景色がいい。天気予報。どうにも、引っかかる。
(いや、大したことはないんだけど…なんでこんなに気になるんだろうな?)
『やべーーよぉおお、地雷だよ…来る星辰の時だよぉお…。帰りてぇよぉ…。天気予報さぁ、31日だけ雨とか言ってるけどさぁ、それって覆る前フリでしょぉお…。アレとかアレとかアレのセッションみたいにさぁ~~。知ってるよ、天気がさあ、こう、ふわっと変わって…人為的な魔術だなっていう裏付けになる天気予報じゃんねコレ。あーーー、邪神降臨の祭りが開かれるんじゃ~~。マジ霊石とか触りたくないんですけど。神を操るAFとか賭けてもいいけどロクでもない代物でしょ。触りたくねぇ~~~』という空耳が聞こえた気がして振り返るも、そこには誰もいない。俺は疲れてるのかもしれない。
宅急便の兄ちゃんと、操縦士は和やかに話す。
「兄ちゃん達は運命的な出会いをしたもんだねぇ。ほんと、滅多にないよ、八肢島に三人も人が来るなんて」
「島祭りって、そういえば踊りがあるんだっけ?ええと、蜘蛛踊りっていうやつ?あれってどんな踊りなの?」
「お、蜘蛛踊りかい、答えてやりたいんだがなんとあんまりしらないんだ」
「ふぅん。そうなんだね」
笑った瞳が、スゥッと細められた。
「そういえば何人か僕みたいな恰好をした配達員が島に渡って帰りたがらなかったみたいだけど」
ざざん、ざざん。
潮騒が響く。
海がなく。
死が色濃い夏海は、潮の臭いが鼻につく。
「そ~~んなにいい島なのかな?」
ざざん、ざざん。
海がなく。
波が噎せ返る死を掻き混ぜる。
ざざん、ざざん。
死が掻き乱れる音がする。
(なんて、)
なんて――――――不吉な。
「―――――――ええ?配達員さん、帰りたがらなかったの?」
能天気な声で、耳にざらつく潮騒を破ってみせた。操縦士も他愛なく言う。
「電波もないとこなのに、よく居座る気になったね」
「あーーたまにいるんだよな。都会の喧騒に疲れて~とかなんだとか」
「そうなんだよね~~~。僕の知り合いもさ~、去年配達して一度も帰ってきてなくって、ああ、連絡はくれるんだけど」
「ふーん。その人たち、本土を懐かしんでたりしてね。ボクらが行ったら喜んでくれるかもしれないなあ。ねえ、君。その配達員さんがどこにいるかとか、知ってる?」
宅急便の兄ちゃんも笑う。潮騒を打ち消すように声をあげる。
「他の先輩方は知らないけど、同期には島で会う予定だよ」
えっっっっっ???????
(島で会う…予定…?)
…………一方的にお宅訪問とかする意味合いで『会う』とかじゃなくて?
「そう。ねえねえ、袖振り合うのも他生の縁。もしよかったらボクも一緒に会いに行っていいかい?」
意訳:でもどうせそいつ、死んでたりするんじゃね?不吉すぎんだよ。死んでるだろ。絶対に死んでる。賭けてもいいけどそいつ死んでる。深く突っ込むので、情報を落としてください。
「うん?いいよ!島のことを知っている人間がいたら観光も捗るだろうし、いいんじゃないかな」
「わぁっ、ありがとう!ちなみにいつ会いにいくの?」
「島に着いたら迎えにきてくれるって話だったかなっ。それで、島の神主さんに酒を配達して、それから自由行動かな?」
えっ…???そんな具体的な約束できたの……???
うそ…死んでるってほぼ確信してたから…適当言っちゃった。やば…どうしよ…これから俺、蓮見んとこ突撃するつもりなんだけど…。
「そうそう、神主さんといえばなにやら島の神様と心を通わせられるらしいよ。すごいよね~~」
は?
(は?)
は?
(いま、なんて?)
あの、すいません情報くだしあ。
(お願いします土下座でもなんでもします、情報源から詳細情報までまるまるっといまここで吐いてください)
「なにそれー。どうせオカルティックなぁ。
誰から聞いたのー?これから会う友達~?いやあ、これはますます興味湧いてきた!」
「徹クンだよ。あ、徹クンってのは僕の友達でね~~」
徹さん。徹さんな。名前覚えたぞ。
宅急便の兄ちゃんが言葉を続けようとするその時、呑気なあくびが一つ響いた。
「…ふあ」
色白の青年が目を覚ましたのだ。俺はステップ踏んでそいつに近寄り、手を後ろで組んで顔を覗き込む。
「って、おやおや。そちらのおにーさんはやっとお目覚め?こんにちは、ねぼすけおにいさん。船の上で舟を漕ぐだなんて器用なお人」
「ははは、長旅には慣れていなくて、すみません」
「ふぅん?
ってことは、インドア派なんだ。おうちにこもりがちなおにいさん、君はどうしてこの島に来たの?」
「ボクは取材でね。旅行雑誌をなんだけど、島に行くのは初めてで。今までバスとか車とかだったから」
そしてゴソゴソと鞄から取り出したのは名刺入れ。
「ボクは雲野陸奥。よろしく」
旅行雑誌の会社所属が書かれた名刺。それに応えたのは宅急便の兄ちゃん。
「へぇ、名刺を持ってるなんてかっこいいね!」
「一応社会人だからね」
「僕は鷹見ヨダカっていうよ~~。気軽にヨダカって呼んでね」
「よろしく、ヨダカさん」
(おっとこれはまずい流れだ)
俺は名刺がない。っていうか、偽名の予定。
(これから、窃盗及び下手したら拉致監禁その他の悪事を働く予定だから…)
なので当然、泊まり先の民宿の宿帳も適当な偽名だ。そこから辿られて豚箱エンドだけは御免被る。なので俺の好きなダンサーからお名前を拝借しております。
「ああ、ごめんねぇ。ボク、渡せる名刺とかないの。ただの大学生だから…」
俺の偽名は、そう
「ボク、黒曜ウズメ。ふふふ。気軽にウズメちゃんさんって呼んでくれて構わないよ」
そうです。今回の俺は黒曜ウズメちゃんさんです。
(ウズメちゃんさんはいいぞ)
俺が密かに応援している可愛いダンサーである。俺はウズメちゃんさんのファンなんだ。そしてなんと偶然にも、俺の後輩の兄貴の彼女らしいのである。踊る彼女しか知らないので性格とか一切知らないが、今回のミッションでは遠慮なくこの名前を窃盗させていただくことにした。
(だって『蜘蛛【踊り】』だぜ?)
ならば踊る神の名を戴くのが粋ってモンだろう?
幸いウズメちゃんさんの縁者はいなかったらしく、みんなあっさりと受け入れてくれる。
「そう。よろしく、ウズメちゃん」
「陸奥さんに、ウズメちゃんね。よろしくね~~」
「よろしくね、雲野さん、ヨダカさん。旅は道連れ世は情け、これから一緒に…って言いたいとこなんだけど」
そうそう。こっちの処理があるんだった。だってまさか、徹さんって人がちゃんと五体満足無事でこっちまで迎えに来るとは思ってなかったじゃんね。
(てっきりヨダカが一方的に会いにいくっていうか、探しに行くもんだと思ってたから…)
すまなさそうに眉を下げてみせた。
「ごめん。実は一件先約があったの思い出しちゃった。徹さん、だっけ?そこの人に遊びにいくの、後ででいいかな。厚かましい話だけど、後で合流して一緒に観光してもいーい?」
「おや、一緒に遊ぶ約束でも?」
「そ~~~、流れでね!僕の友達に島の案内をしてもらおうかなって!」
「へえ、この島に友人がいるのかい?是非ともご一緒したいね。色々取材もしたいし」
「メールで聞いても電波が悪いのか返事は遅いからもうこうなったら直接聞いたほうがはやいよねぇ」
雲野は眉をあげる。
「この島は電波が悪いのか。知らなかったよ」
「あ、そうそう、島の観光といってもあまり見るものはないらしいけど、図書館や雑貨やなんかもあるらしいよ!」
「ヨダカさん、物知りだね。友達から色々と教えてもらったんだ?」
「そ~~。初めていく場所だし、ネットで調べたり徹クンに質問したりしたよ~~」
「へえ。民泊のチェックインまで少し時間があるし見て行こうかな。
君達も同じ民宿に泊まるんだろう?」
「民宿って1件しかないみたいだからきっとそう!」
(そうかあ…俺、この人たちと一緒に泊まるんだあ…)
何ヶ月ぶりだろう。
こうやって普通に、追われる心配なく、楽しい食事ができるのって。
「わぁっ、嬉しい!君たちと一緒のご飯はきっと賑やかで楽しくなるよ!」
本当に、嬉しい。俺も人並みの生活を取り戻したみたいで、本当に嬉しい。
………これが最後の晩餐にならなければいいんだけど。
「そうだね」
「そうそう、わいわいしたご飯もそうだけど、あの島の夜空もきれいらしいからみんなで見るのたのしみだね」
打ち解ける俺たちに操縦士は呵呵と笑う。
「はっはっは、早速話が弾んでいいじゃないか!此の出会いは大切にしろよお~!」
「うん、楽しみだね」
「もちろん大切にするとも。だって袖振り合うのも他生の縁。紡ぐ縁で人間は成り立つのだもの」
「ふふ。君はことわざが好きなようだね」
雲野の言葉に俺は淡い微笑みを唇に乗せることしかできない。いや、すいません。プロお耽美ポエマーならこういうこと言うだろうなっていう推測なだけです。一回キャラが狂ったなら、恥ずかしくてもこれを突き通さないと…。
(クソクソお耽美ポエムマンをやれる人種ってなんだろうな。多分、頭に薔薇が咲き乱れてるに違いねえ)
遠い目をする俺の耳に操縦士の声が飛び込んだ。
「もしかして、電波を気にしてんのか?あの島は電波がすごく悪いから、携帯なんかは使えないっておもってても良いかもなぁ」
(は?)
ちらっと雲野を見れば、スマホを取り出して何か操作してるところだった。
直感した。写真を撮ろうとかそういうわけじゃねえ。
(なにを しようとした?)
…………あんた本当に取材しに来たんだよな?
(じゃあ、下調べくらい普通するだろ。あの島周辺の電波届きづらいなんてこたぁ――――とっくの昔に調べが付いてるだろ?)
俺だって調べられたことなのに。
(さっき、ヨダカだって言ってたし)
あんた、それに受け答えしてたよな?
「そうでしたか。教えていただきありがとうございます」
雲野はあくまでも澄まし顔。
(こいつ、いま何しようとした。どこに連絡をつけようとした)
電波の悪さを押してまで――――何をそんなに急いで
(なにを―――――''調べようとした''?)
俺はじぃっと雲野を見下ろす。
可憐な笑みは絶やさないまま、腹の底を覗き込む。
「電波が繋がらないスマホなんて、弾のない銃以下の文鎮だね。残念」
釘を刺す。―――――『繋がらねーよ。残念ながらなァ?』
「なるほど、たまにはスマホに頼らない生活もいいかな」
雲野の透いた瞳。湖のように静かで、底知れない。
(こいつ―――――何隠してやがる。もしかしてこいつも霊石を?)
おいおいおい…勘弁してくれよ。商売敵なんて望む展開じゃねえ。俺はただ、穏便に二千万円集めたいだけだ。
(俺の邪魔だけはしないでくれよ。改良クレイモア地雷なんて使うつもりはねぇんだ)
散る火花。透いた瞳からは、何も窺えない。
そこに割って入るのは、操縦士の呑気な声。
「お、ほら、見えてきたぞ~あれが八肢島だ~!」
そして、ヨダカの人懐こい取りなし。
「まあ、それでも全く使えないってわけではないからね。あ、記念に連絡先でも交換しておく?」
「いいね」
(勘弁しろ)
俺の素性をこれ以上漁るんじゃねえ!!連絡先だと?やめなやめな、俺はこれから犯罪しに行くんだからよ!
「わー、すごーい!」と歓声をあげてスマホでパシャパシャ島を撮ってやり過ごそうとしたが、船乗りは「交換するなら今のうちだぞ!!!」と急かす。
(うぅ………)
悲しきかな、俺は日本人である。
同調圧力には、人並みに弱いのだ。
(しょ、しょうがねえ…)
捨てメアドを…ラインの垢交換だけは勘弁してくつぁさい…。
「お、急げ急げ!」
雲野が茶目っ気たっぷりにスマホを操作する間、俺は「じゃ、これボクのね」と紙にさらさらさら~とメアドを綴って渡す。
(あんたらの連絡先はありがたくもらっとくぜ)
もらった連絡先は大切にポケットに突っ込んだ。
万が一のために、控えておこう。
雲野は言う。
「みんなの連絡先ありがとう。電波つながりづらいらしいけど、何かあったらすぐに2人に知らせるね」
「ま、なんとかなるでしょ~」
おっ そうだな。俺は微笑む。
「うん。なんとかなるよ。大丈夫。二人はとっても良さそうな人だからね」
ああ。二人はとっても良さそうな人だから
(おまえらの身ぐるみ剥いで臓器を売り飛ばす真似はしねえよ。安心してくれ)
人一人詰められる空のキャリーバック。クロロホルム。改良したクレイモア地雷。偽装してるとはいえ、そんなものが俺の荷物に盛りだくさんだ。
『なんやねんこの持ち物…一年前の私はいったい何をするつもりだったんだ…?』と首をかしげる空耳が聞こえるが無視。
(霊石ミッションが失敗した場合、人一人攫うくらいのことは考えてるが…)
俺は平和主義者なんだ。こいつの出番がないことを切に祈っている。
「あ、簡単な伝言板代わりにラインでグループ組むのも手かな?電波が繋がった時に見れるものだけど……」
「いいね」
(よくねえ)
勘弁してくつぁさい…
(ダミー垢を…出すか…)
雲野が了承し、俺は鬱々とした気持ちでスマホを取り出してラインも交換。雲野はぽつりと零す。
「うん、あとお祭りに関する情報なんかもわかったらドンドン教えてもらえるとありがたいな」
ははっ…澄ました顔でよく言うぜ。
(本当にあんたが雑誌記者だったら、誰よりも、俺よりも情報を収集できる立場だろ?)
下調べくらいしてきてるはずだろ?
知らないフリしやがって、この狸め。
(ははーん、さてはみんな金糸記を切り札にするつもり満々だな?)
この船にゃ、狸と狐と同じ穴の狢しかいねえってワケだ。
「ていうかこの中で一番情報もってそうなの雲野さんでしょ?取材の下調べ、どれくらいしてきたの?」
再び釘を刺す。はっはっは。自分の情報カードを切らずによそ様から情報収集なんてさせないぞぉ。
(俺の質問の代弁でもあるから、ある程度は自由にさせとくけどよ)
だがいつでも牽制は必要だ。特に顔色変えずに嘘を突き通せるタイプには。
「えーっと、そうだなあ」
目を伏せた雲野の横で、ヨダカがポンと手を打つ。
「あ、そういえばあの島って82年前にな~~にかあったみたいなんだけど陸奥さん詳しく知らない?」
「ああ、82年前に人口が大幅に減少しているらしいね」
「そうそう、すごいよね~~」
「何があったのかまではボクにもわからなかったけど」
「あ、そうなんだ。何があったか気になるよね」
ああそうだな。俺もずっと気になってたよ。
静観して耳をそば立てる。
「船長さんは何か知ってます?」
「えっ、そうなのか、知らねえなぁ、今知った」
「おや、まあそうだよね。八十二年前だもの」
チッ。操縦士は本土の人間だったな。なら…そうさな。
(こっち方面から攻めるか)
俺は口を開く。
「まあ…本土の人だものね、船長。仕方ないか。でもボクも一つ質問あるな。
島の人たちって、本土の人と何か違うとことか、特徴とか、変わったところとかないかな?」
「えーー、いや、どうだかなぁ、ほら、俺もそんな頻繁に行ってないからなぁ。話したり、っていうのも本当にちょっとの挨拶くらいだし」
「そっか。残念。変な質問して、ごめんなさい」
残念だ。土着信仰がある島だから、絶対奇妙な風習とかあると思ってたのに。
雲野はヨダカへと視線を移す。
「そうそう、ヨダカさん。君は郵便配達員のようだけど、会社はなんて言うんだい?」
「え?ああ、ホーク急便っていうんだよ。あまり大手ではないから知らないかもしれないけど、毎年島にお酒を配達しているらしいんだ」
「それで酒を届けに行ったきり、宅急便さんが居着いちゃったりするんだよね。びっくり。雲野さんも居着いちゃうんじゃない?」
「そうか、ありがとう。ははは、それは困るなあ。仕事があるし、家族もいるし」
…家族がいるんだ。
(俺もだよ)
俺も家族がいるよ。
友達も、いるよ。
「あはは、そんなにあの島は住み心地がいいのかな?ああ、でも無愛想な先輩たちは住み着いたりせずに帰ってきてたなあ。なんだろなあ」
ヨダカが茫洋と、誰に当てるまでもなく呟く。
そして、島についた。
情報量が多すぎてちょーっとデンポ悪いんですが、事前調査タイムである程度情報を仕入れて挑んでたのでこういう形に。
ちなみに「黒曜ウズメ」とはヨダカくん(HO3)役をやってるチロルさんちの探索者です。
チロルさんをびっくりさせたいがためにこの偽名をチョイスしてきました。ウズメちゃんさんはいいぞ。あと「村シナリオなのにリアル時間二晩だけ~~!?はぁ~~~~時間ねぇな大変だこりゃ」ってことで、これを足がかりに突っ込んでくれないかなという淡い期待もあったり、なかったり。
やっぱり二晩で足りなかったので、二ヶ月後に後半戦突入になりましたけどね!でも当時はそんなことわからなかった
当時の思考はマッハでウルトラ疑心暗鬼で『もうだれもしんじられない』って感じでしたね。全方位敵。ウォオオン、一挙一動が怪しいでござるウォオン