最後の魔法
さっきはつい、恐怖に負けてトリガーを引いてしまっていた。
目の前の男がユーグだと確認できれば、後は持てる戦力を投入するしか出来ることはない。
新型のトリガーは人差し指と中指で自走砲と白鯨を撃ち分けられるようにしている。
思考している間に、イージスの小盾が三つ落とされる。
残りは一つ。
恐怖と焦りが思考力を奪う。
クリムゾン・フラッシュを目眩ましに使い、続けざまに自走砲を二発連続で撃ち、その間に新たなイージスを展開させる。
閃光を避けて閉じた目を開けた時に、イージスの大盾が眼前に迫っていた。
腕から闇に包まれたものが伸び、イージスに衝突している。
そこには無数の貌が浮き出ており、怨嗟の言葉を吐いている。
後方からの衝撃が、俺を前に突き飛ばす。
俺の背後まで伸びた影から生えた何かがイージスごと俺を叩きつけたのだ。
倒れようが目線を外さず、ユーグを追い続けていたが、人としての輪郭は失っており、中空に染み出す闇と眼光というべきものになっている。
身体が地面に着く衝撃は予想しているものだ。
その衝撃に耐えながら全ての魔法を発動する。
五発中、聞こえたアンカーの爆破音は二発。
二本の銛が白鯨がユーグを貫いていたが、平然としている。
「もう、品切れのようだな。」
ユーグの肉体であったものから、闇と亡者が滴り落ちている。
「これがあのプチャーチンを倒した魔法か。魔法というよりは武器に近いか、なかなか面白い発想をする。確かに我以外の者なら仕留めることができただろうに。」
そう言いながら、白鯨の銛を引き抜く。
白鯨の銛は爆破アンカーがあるので、引き抜けば傷口が広がるはずだが、意に介さず引き抜いていく。
人間の体躯であれば、ズタズタになっている筈だが、抜くと共に亡者が身体から崩れ落ちるが、本体には影響が見えない。
もうその身体の形も不確かになっている。
「その身に纏う亡者共がアンタの鎧代わりなのか。」
「神に逆らいし者達に贖罪の機会を与えているだけだ。」
ゆっくりと立ち上がりながら肉体のダメージを確認する。
右肩に痛みがあり、腕が上がりづらいが、その他にダメージは無い。
「一つ聞きたかったんだが、アンタ自身が、神に相対する悪魔なんじゃないか。」
ユーグから伸びる絡みあう亡者が、大人の胴体ほどの亡者が絡み合ってできた鞭が大上段で俺を打つ。
ガントレットを着けている左手で受けるが、その衝撃と重量で地面に押し付けられる。
「悪魔とはその身に潜む信仰を妨げるものを指す。」
再び立ち上がりながら、言葉を返す。
「狂信的原理主義らしく、聖書の解釈でしか思考できんのか。」
「当然だ。教義こそが全て。神の御心に沿う世界を作り上げる。」
「何百年も世の中を見てきて、それしか考えられんのか。短絡的な。」
「短絡的と言うか。千年だ。千年、人間を見てきて、結論づけた。自分勝手な人間共をコントロールし、神の意に沿う世界に作り替える。」
「その手始めに世界を戦乱に陥れようとしていたのか。そんなこと聖書に書いているわけねえだろ。」
もう、近くに俺の用意したマナも感じられなくなり、仕留めるだけと思ったのか、態度に余裕が出てきている。
あと二十秒。
「人間はお前らの家畜じゃねえんだ。」
左腕一本ぐらい呉れてやるよ。
普段はそうは思わないが、極度の興奮にあると、つい腕や足の一本ぐらいと思ってしまう。
当然、いつも大怪我をして激しく後悔するのだが。
今回は、命と引き換えに呉れてやる腕だ。
後悔しないだろう。
左拳を突き出すが、ユーグの肩口から生える異形の魔物の口に収まっただけであった。
牛と犬を混ぜたような顔に人間のような歯が並んでいる魔物である。
「下らぬ。策も尽き、自滅を選ぶか。」
さっさと噛み切ってくれ。
嫌な音が腕から聞こえる。
喉から叫び声が漏れ出る。
「イージス!」
最後の気力を振り絞り、イージスの脱出機能を起動し、飛んできたイージスの持ち手を掴み、後方に大きく飛び去る。
空を仰ぎ見ると上空に幾つかの光点が見えた。
一キロ程度の距離を飛翔するように設定してあるが、俺は途中で気を失った。
ガロンが俺の千切れそうになった腕の止血のため、腕の付け根を縛っているところで気が付いた。
腕は肘から少し先の部分からだらしなく、血塗れで垂れ下がっており、動く気配はない。
「ガロン、無事だったか。」
「ああ。」
そう言うガロンも血塗れである。
「ユーグは。魔法は当ったか。」
「恐らくな。確認したら、すぐに去ろう。」
一人で何とか立ち上がったが、歩く気力はないというものの、ガロンの肩を借りて歩き出す。
少し歩かなければならないかと思っていたが、すぐに森は切れ、荒れ地となった先に巨大なクレーターが存在していた。
最後に使った魔法、「プチメテオ」は想像以上の破壊力だったようだ。
上空八千メートルから、一つ百キログラム程度の紡錘形の鉛の固まりを落下させる単純な質量兵器だ。
今回は上空に百発分用意していた。
地面に落下するまで約二分かかるため、時間稼ぎが必要だったのだ。
「もう、瘴気も感じられない。」
「逃げた可能性は。」
「恐らく無い。」
実は、俺が書いたシナリオはここまでたっだ。
ガロンが止血するまで、かなりの間出血していただろうから、血が足りておらず、寒気と痛みで意識が朦朧としている。
「ガロン。俺を置いて逃げろ。森の中なら、お前なら逃げきれる。」
もう、気を失わないよう踏ん張ることもできなくなり、俺の意識は途切れた。




