レストラン
夏至祭りが行われる時期だが、モリス兄妹の店の事だけでなく教会、聖騎士との対決の準備にも追われ、行くことは無かった。
トリヴォニアに来てから、三回目になるが、結局一度も行けずじまいで、楽しみにしていたライマは寂しそうだった。
これからの事について秘密にしているのであるが、何とはなしに気付かれているような気がする。
夏至祭りが終わり、五日後にバルクライが探してきた男を交えて、モリスを独立させる打ち合わせをする。
好好爺にしか見えないこの男の名はリーオ・マイスキーという。
表向きには隠居をし、店は息子に譲ってはいるが、情報部門の協力者で、一代でかなり大きな商会を作った男だ。
「初めまして、リーオ殿。」
「こちらこそ初めまして、ケンジ・スズキ殿。方々で名を馳せる貴方を一目見たいとは思っておりました。」
表情は笑顔だが、視線は俺を値踏みしている。
「バルクライから話は聞いていると思いますが、若いこの子らに、ご指導を依頼したいのです。」
リーオは黙って話を聞いている。
「元が食い道楽なのもありまして、料理好きが高じ、料理を提供していたのですが、お陰様でそこそこ繁盛して、手狭になってきましたので、新たにこの子らを独立させてみようと思いまして。」
「ほう、お主の店を手伝えということか。」
「いえ、店の経営については、顧問となるリーオ殿と、この子らに全て任せようと考えております。開店にあたる資金は私から貸し出しますが、経営には口出しする気はありません。」
「なぜじゃ。」
「他の事業もしておりますから。」
納得のいかない顔をしているが、構わず続けることにする。
「うちの店はまだ若いですし、商会のように若者に経営や運営を教えることは私には難しい。それに、私はアイデアを捻りだすのは得意ですが、商才があるとは思っておりません。」
「儂に何を求める。」
「リーオ殿については、経営顧問として参加していただき、その報酬の捻出も含めてこの子らに経営というものを教えていただきたいと考えております。」
「儂が持ち逃げせんとも限らんぞ。」
「持ち逃げする者がそのような事は言いませんので。もし、そうなったとしてもいい勉強になるでしょう。」
「どのような店を作る積りだ。」
「100席超の大型の飲食店舗を作っていただきたいと考えております。現在うちの店に常時二十人程度の飲食のみを行う常連がおります。娼館から独立させることで、更に多くの飲食のみの客を呼ぶことができると考えています。」
「飲食のみの提供の店ということか。」
「はい。客層は平民がめでたい日に使えるぐらい、騎士・貴族なら普段から通えるぐらいですかね。最終的には家族連れというのも客層としては考えております。」
基本的に、屋台を除き飲食のみを提供する店は無く、宿屋に付属している食堂しかない。
飲食のみを提供する店舗は、今の常識からは外れたものであるのだ。
ましてや、屋台以外の店舗で子供を連れて飲食するなど、文化として存在しない。
「如何でしょう。なかなか面白くはないですか。」
「それで、お主は出資の利をどのぐらい考えておる。」
「借用書の案はもう作っております。」
「この債権相続先のライマとは何者だ。」
「私の女ですよ。今は『慈悲の家』という団体に勤めておりますし、多少の蓄えは彼女に残します。この子らとも付き合いがありますし、揉めることは無いでしょう。」
リーオがじっと俺を見る。
「そういうことか。」
死地に向かう前の整理であることは理解していただけたようだ。
因みに、娼館の方については、俺に何かあれば騎士団が接収し、公営とする手筈になっている。
「若いのの、面倒は見てやろう。」




