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交渉

 一旦、スクロールを降りて、円卓で食事を摂る。

 肉は塩漬けの豚を茹でたもので、皮の所が美味い。

 皮付きの豚すね肉というか、豚足と言った方が馴染みがあるろう。

 所謂、『てびち』だろうか。

 大阪では飲み屋では『エチオピア』という呼び方でメニューになっているところもある。

 裸足のマラソンランナー、アベベに掛けているらしい。

 しかし大阪で食べられているのは、足の先の方、爪がついているところが多く、沖縄では『てびち』ではなく『ちまぐー』と呼ばれている。

 出してもらったものは、正確には『てびち』から『ちまぐー』まであるものだ。

 文官達を無視して食べ始めると、そのうち、姿を消していった。

『文官として、取り立てて欲しいのか?』

『そこは難しいな。大体、三百年程未来の異国から来たと思って貰えれば近いかな。』

『何を証拠に、信じれば良い。』

 鞄から、スマートフォンと電子書籍リーダーを取り出す。

『突飛過ぎるとは思うが。』

 言いながら、スマートフォンの電源を入れる。

『未来は電気。平たく言うと、雷の力で色々な物を動かしているんだが、例えば…』

 カメラアプリを起動して、ヨハンを撮って、それを見せてやる。

『これ一台じゃ、大したことも出来ないが、何台かあれば、顔を見て話が出来たり、世界中の様々な情報を瞬時に遣り取りすることが出来る。』

 次は、編集中のプレゼン資料の素案を開いて見せてやり、続けて電子書籍リーダーも開く。

『この機械だけで、本棚が幾つか分の情報が入る。しかも、こんな物がこどもでも弄って遊ぶような世の中だよ。』

 そろそろ、ヨハンの理解力も限界に近いか。

『魔法陣の力がなければ、理解も及ばんところだが、信じるしかないんだろうな。』

 いや、思ったより敏い男だったか。

 有り難い。

 そのうち、一人の男が入ってきた。

 四十を少し過ぎた、男として、脂の乗った感じのする、偉丈夫だ。

『ヴォルター総長。』

 ヨハンが敬礼したため、自分もそれに倣う。

『何故、総長がここに。』

『そんなに固くならなくともよい。』

 円卓近くまで、総長が近づいてくる。

『そこまでで結構です。こちらの魔法陣まで来られると、総長閣下のお心まで、私に知られることになります。』

 ヨハンは道連れにしようと思っていたようだが、総長までは考えていないし、世の中、知らないから、良い方に転がることも多い。

『何で俺が道連れなんだ。』

 総長はそのまま近づき、手を取った。

『私は、この、トリヴォニア騎士団領を任される、ヴォルター・フォン・オーヴァーベルクと言う。この度の貴公の行動に感謝する。丸腰で騎士に挑むなど、その勇気は賞賛に値する。』

 そこには、息子への愛があった。

 また、誠実さも併せて感じられる。

 こちらも、それに心が動いた。

『私は、鈴木 賢治。私の国では、ファミリーネームが先になります。』

 一旦、手を離す。

『先程、ヨハンさんには、自出も含めて説明させていただきましたが、着の身着のままで、この国にやってきました。私には生業が必要なのです。私には、知識があります。総長閣下の下であれば、それを最も活かすことができると考えております。』

『このまま、総長閣下にお話するなど…』

『いや、ヨハン、構わぬ。それで、そなたを召し抱えろと言うことか。』

『この魔法陣のおかげで、私の本心はお示しさせていただいております。少しお時間を頂けるのであれば、今から、ヨハンさんを通し、お話をさせていただきます。その上で、ヨハンさんの意見も聞き、ご判断頂ければ結構です。この状態が続くのも、総長閣下にご迷惑をかける恐れがありますので、一旦、お離れ頂きたく思います。』

『腹の中を晒して、交渉など、聞いた事もないわ。』

『私も生き残るために、必死ですので、これが最も確率が高いと判断しておりますし、ヨハン殿とともに、総長閣下にならと、思っております。』

『扱いづらい奴だ。』


 総長は、少し離れたソファーに座っている。

『では、私の構想をお伝えしましょう。先の世の知識とは言えど、異なる世界の事なので、歴史を都合の良いように動かすことは出来ませんが、それを用いて、大幅な技術革新を起こすことにより、生活、軍事、経済等、多岐にわたり他国に先じることが可能です。』

『そこまでの物なのか?』

『例えば、車。馬車を大きく凌ぐ速さと航続距離を持っていまして、移動や物流を大きく変える力があります。元々、私の国では馬車はあまり使われてはいませんでしたが、おおよそ百年前から車に置き換わり始めています。』

 車の運転の記憶を始め、関連する知識を詳細に思い出して、ヨハンに伝える。

『うわっ。』

 ちょっと、サーキットで走った記憶と、相当な情報量を詰め込んでやった。

『まぁ、この車という物については、実現するのには、まだ、数百年の期間がかかるでしょうが、現在に存在する技術で実現可能なものから、徐々に技術革新していくことで、この国に大きな発展を齎すことが出来ると考えています。』

『車とは、そんな凄い物なのか?』

『詳しくは、ヨハン殿から、聞いて頂くとして、これらの技術の出処が、私一人であることが分かれば、当然、狙われることとなりますし、私が表に出る存在となれば、国内いや、領内の勢力関係が急激に大きく崩れてしまうことになります。そうなれば、当然問題が起きます。』

『それで、ヨハンを傀儡にする積りなのか?』

『まず、前提として、私には貴族や騎士の社会に対する知識も有りませんし、コネクションも有りません。人間には得手不得手がありますが、実務者として、仕事を回すことは得意とする所ですが、政治の世界は不得手です。結局のところ、この国では、協力者が必要になります。総長閣下としては、成果は欲しいでしょうが、閣下を脅かす存在になっては元も子もありません。ベルンハルト殿下とヨハン殿との遣り取りを見させて頂いていましたが、個人的な信用を得てられるようでしたので、ヨハン殿を私のお目付け役として、選ばせて貰ったのです。もし、ヨハン殿が適任で無ければ、替えて頂いても結構ですが、この人選には他の理由もあります。』

 どうやら、ヨハンはベルンハルトに直後気に入られて個人的に剣の指導をしていたようで、気まずそうな顔をしている。

 一息つき、続ける。

 総長はしばらく黙って考え込んでいる。

 思考する時間を稼ぐため、少し話題を逸らす。

『そういえば、ベルンハルト殿下はお幾つになられますか。』

『今年で十歳になる。』

『では、私の下の息子と同じですね。愚息とは比べ物にならないぐらいしっかりしておいでだ。』

 そこで、ヨハンが俺自身の年齢が気になったらしい。

『四十歳だって。』

 思わずヨハンが大きな声をあげる。

『確かに、私の国の者は皆、他の国から若く見られることが多いうえ、その中でも若く見られますので、驚かれますよね。』

 さらっと言っておいたが、たまには三十路ぐらいと見られる若作りなので、よっぽど驚いたのだろう。


『そもそも、私はこの国の文字を読み書き出来ません。出来るようになるとしても、それなりの時間は掛かるでしょう。その間、何の実績も無く、居続けることは出来ない、という、現実的な問題もあります。』

『そなたの知識を利用するのであれば、要件を飲まざるを得んと言うことか。』

『そういうことになってしまいます。何の実績もないまま、小さな恩をたてに都合の良い事ばかり要求してまうことになってしまうので、こちらとしても、最も誠意をお示しできるよう、スクロールと証人が揃う好機を利用させていただきました。』

 総長は考え込んでいるが、そのまま話を続けることにする。

『私からの要求は、暫くの住処と衣食、ヨハン殿の協力とこのスクロールをお貸し頂きたいことの三点です。二週間でスケジュールや効果を合わせた様々な技術革新に係る計画をお持ちいたします。』

『読み書きどころか、言葉も話せぬそなたに、二週間でできるのか。』

『ヨハン殿の協力とこのスクロールがあれば可能です。期間はあればあるだけ私に有利になりますが、私が生活基盤を整えられない期間でなければ、総長閣下からの信頼を得ることはできないと考え、この期間を設定しています。また、同時に、ヨハン殿から協力を得るに当たり、本日の件で怪我をしたなどの理由が必要になりましょう。この期間は、ヨハン殿の協力を終日得られる限度の期間でもあります。』

 まぁ、考えながら話したにしては、充分だと割り切ろう。

『ヨハンはどう思う。』

『恩人であるため、相応の礼は必要可と思われますが、なかなか突飛な要求ですね。しかし、成果が出なければこちらにそこまでのリスクは無いように思われます。』

『お前が嫌がらねば、やらせてみたいが、どうだ。』

『命令とあらば。』

 ヨハンはそんなに乗り気にではないようだが、要求を飲んでもらえたようだ。

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