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開戦

 決戦は二週間後にドヴィナ川沿いにある交易港イェール周辺を予定している。

 念のため、リリイにも、周辺の精霊に依頼して、今回の件を伝えるよう依頼するが、いつ伝わるかは不明である。

 ガロンを人狼族の集落に走らせる。

 人狼化しながら片道四日で走りきると言っていた。

 休憩をいれ、イェールでの合流まで六日、十日後に合流する予定である。

 その間、鉄の爪をできる限り増産してもらう。

 エルネスツの他に臨時の鍛冶を一人雇い、造りも出来る限り簡易化して100組超えを目指す。

 俺は一人、誰も来ない平原で新魔法の調整と強化を行う。

 決戦に合わせ、『慈悲の家』も動かす。

 経験を積ませるとともに、ナイチンゲールの役割を果たさせる。

 闇に葬られる戦となるが、戦場における衛生管理の向上による被害軽減のモデルケースとすることによって、衛生管理概念の徹底・向上を図らせる。


 あっという間に十日が過ぎ、イェールの町の宿屋に泊まっていた俺に窓から真夜中の来客がある。

 さずがに雪国の野外でキャンプをするほど丈夫にはできていないし、寒さは苦手だ。

「待たせたな。」

「いや、予定通りだ。ところで、寒くはないのか。」

「このぐらいの寒さは何ともない。」

 ガロンの毛皮が羨ましくなって、毛皮のコートを新調したのだ。

 防水性も考え、ビーバーの毛皮で設えたもので、それなりの値段であった。

「少し待っててくれ。」

 万全の防寒対策を整え、宿を出て森に入る。

「火も焚かないのか。」

「焚いても大丈夫か。」

「まだ、敵は来ないから大丈夫だ。」

 そこには、200人の人狼族が集っていた。

「言葉を貰って良いか。」

「ああ。」

 集団の中央近くに進み出ると、ガロンが大音声で呼ばわる。

「聞け、皆の衆。我らの誇りと故郷を取り戻すための戦いを用意してくれた、この恩人の声を。」

「俺は、ケンジだ。俺は隣国の魔人に目を付けられている。降りかかる火の粉も一人では振り払えない。弱い男だ。何とか、君たちの故郷を取り戻すよう交渉はできた。後は戦の結果次第だ。済まないが協力してくれ。」

 ブーイングが支配する。

 ガロンが困った顔を見せている。

「俺は弱いし、甘ちゃんで死ぬ勇気もない。誰も殺したくない。誰も死んでほしくないと思っている我侭だ。勇猛も名誉ある死も要らない。誰も欠けずに、この故郷、トリヴォニアで笑って暮らそうじゃないか。その方が良いだろ。お前らの妻も子もお前らの帰りを待ってるんだろ。俺は負けない喧嘩はしない。笑って帰って来たいなら、俺に付いてこい。俺が勝利を見せてやる。」

 何とか沸いた。

「何を言い出すかと思って、ひやひやしたぞ。俺は弱いは訂正しといてくれよ。」

 ガロンが声を掛けてくる。

「そう言わないと、またお前みたいに挑んでくるのが出るだろ。別に自分の事を強いとも思ったこともないし。」

「いや、この期に及んでないだろ。」


 翌朝から、出来上がった鉄の爪を配っていく。

 出来上がったのは110組で、戦力の上からと下から50と60に分けて配っていく。

「何でこんな配り方をするんだ。」

 ガロンが聞いてくる。

「下から配れば、無用な死者も減るだろう。今日で使い方を覚えさせるぞ。剣に対する防御ができるように仕込んでおいてくれ。」

「任せろ。」

「あと、お前用のなんだが、最初の希望の自動修復だけなんだが、大丈夫か。」

「何が心配なんだ。不要な機能は判断を遅らせる。充分だ。」

「そうだな。お前の言う通りかもな。」

 ここでの準備も終わったため、一旦、町に戻る。


 翌朝、船で森を訪れる。

「これからお前はどうする。」

「船で上流の検問に引っ掛かってくる。そこから、この森まで逃げてくるから、そこで戦闘になる。奴を探さないといけないから、お前にも付いてきてほしい。」

「うむ。」

 森に横付けした船に乗り込む前に、人狼族を再び集める。

「今晩から戦が始まる。人は殺すな。腕か足一本奪うだけでいい。」

 問う声が聞こえてくる。

「殺すと、そこまでだ。傷付いた味方がいれば、助けるために足止めされる。一人傷つけばニ人足止めされる。殺さない方が有利になる。」

 これまでの常識とは異なる戦術だろう。

 ざわつきが収まらない。

「司令官として、最後の最後命令だ。」

 低いトーンで続ける。

「楽をさせてくれ。戦死報告はさせないでくれ。戦場は夜の森だ。人間程度が追っては来れない。危なくなったら逃げろ。生きて帰って本当の勝利だ。生きて帰って、宴だ。」

 やっと声が挙がった。

 船に乗り込むと、バルクライが迎えに来ていた。

「もう、仕事は終わっただろ。」

 カウンターでこちらが情報に気付いていないことを装うため、一働きして貰っていたのだ。

「いや、貴方らしくて面白かったです。ここからは、趣味ですね。もう一度、あの魔人を見てみたくなりましてね。」

 船はミッシェのところから船員付きで借りている。

「出港だ。」

 平べったい印象の船に、帆が付いているが、櫂もある。

 後部に天蓋が張られ、小さな休憩室が設けられている。

 川上に向かってゆっくりと船を進めていく。


 緊張で口の中が渇く。

 今回はバルクライから情報を意図的に流している。

 俺が砂糖を売り込むため、グロニスクに向かうこと、交渉が上手く行かなかった場合に備え、ヨハンに応援要請をしていると流している。

 実際、俺の動きと、ヨハンの騎士団200騎の動きは一致しており、それを相手も掴んでいるところまでは把握している。

 人狼族と俺の作戦が漏れてないか、怪しまれていないか。

 もし、動きが読まれていた場合の対応は、大丈夫か。

 本当に人狼達は大きな被害を出さず、戦えるか。

 プチャーチンは誘いに乗ってくるか。

 不安の種は数え切れないほど出てくるが、人事は尽くした。


 帆と漕ぎで半日ほど進むと、堰が見える。

 こちらと似たような船体が幾つか見え、兵士が異常に多い。

「どうしましたか。」

「船名と船長を名乗れ。」

 俺が船首に立ち、受け答えする。

「船名は『富を運ぶ者』、船長はヴィクターです。私、ケンジ・スズキが砂糖をグロニスクで売るために雇ったんですが。」

 俺の名と砂糖の声を聞き、陣営が色めき立つ。

「荷を確認させてもらうぞ。」

 明らかに通常の検査とは考えられない物々しい雰囲気に、船員達が怯えだす。

「断ります。何か問題でも。」

「取り押さえろ。」

 櫂を拾い、堰を押して離れながら、船首を返す。

 暫くすると、矢が飛んで来始めるが、積んである砂糖に見せかけた砂嚢がそれを防ぐ。

 天蓋から男達がわらわらと出て来る。

 通常の倍近く漕ぎ手を増やしているのだ。

 その甲斐もあり、瞬く間に距離を取る。

 矢のかからない距離で、砂嚢を捨て、漕ぎ続ける。

 そして、停泊し易い地形であった場所に船を着け、降りる。

 船員に準備させていた矢を番えさせて待機する。

 既に日は傾き始め、もうすぐ黄昏が辺りを包むだろう。

 暫くすると、輸送船や漁船が大量の兵士を運んでくるのが見える。

 先頭が俺達の乗っていた船を見つけ、接岸してくる。

 堰に配備されていたのは500人近くだと聞いているが、出せる船の数が限られるだろうから、全ては来れないだろうが、船一隻を追うには過剰な戦力だ。

「今だ、射掛けろ。」

 注意を引くため、俺の号令で矢を射掛ける。

 すると、川に飛び込んで追ってくる者が出始める。

「もういい、森の闇に紛れて逃げろ。」

「了解しやした、ケンジの旦那。」

 その号令で、皆一斉に撤退する。

 撤退にあたり、夜目の利く人狼族が町まで案内させるので、追いつかれる事はまず無いだろう。

 俺は迂回して少し上流の川岸に近づき、長く列を成した船団の横腹から魔法を叩き込む。

「イフリートの涙。」

 一時期、エタノールや油を雨のようにして降らせる方法も考えたが、着火が上手く行かず、ナフサの再現も出来なかったので、焼夷弾を模したものも実現出来なかった。

 そこで無理矢理実現した魔法である。

 敵の上空で、赤く熱せられた球体が現れ周囲に降り注ぐ。

 油を焙烙玉に入れて生成し、発火点まで加熱して落とす方法を採ったのだ。

 赤熱した球体がぽとり、ぽとりと落ちていくので、何となく涙と名前を付けてみた。

 船体に落ちた焙烙は割れて炎を上げ、火災が発生する。

 雪国の川の水は冷たく、転落すれば死につながるため、船内は混乱に陥る。

 足止めし、この位置で交戦する状況を作れば充分だ。

 後は、俺がここに居るのを知らしめる。

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