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エルンスト

 反吐が出る程忙しい時期が続いていたが、何とか病院も形になりつつある。

 思ったよりライマの回復は順調で、痘痕も顔には頬にしかのこっておらず、次第に目立たなくなっている。

 本人は気にしているようだが、化粧もするので、男の目からは気にならないだろう。

 病院設立が捗っているのは、ライマのお陰で若い男どもの士気が上がっているのもある。


「あの、エルンストって男は何様の積もりなの。」

 ベッドの中で仕事の話は止して欲しいところだ。

「ちょっとね。」

 と言いながら、身体をベッドの下の方にずらしていく。

 両手で頭を掴まれた。

「ちゃんと答えて。」

 込み入った話をするなら、ベッドは出たい質なので、どうするか考える。

 ライマの組織での立ち位置も想定通りに収まりそうなので、ライマとエルンストと合わせて自出の話をしたい。

 特にエルンストには、俺からの課題をこなして貰うのにどうせ怪しむだろうし。

「近々、三人で話をしたいと思ってたんだけどね。」

 ベッドから出て、冷やしたぶどう水をライマの分も淹れる。

 個人用の冷却瓶を置いている。

 素焼きの瓶に水を張り気化熱で冷やすもので、店に置く物の試作品として作成したものだ。

 魔法術式を使う案もあったが、トリヴォニア全体に普及する方が良いと判断し低コストな素焼きにし、クラモでは騎士団が奨励もしており流行りつつある。

 食材の冷蔵保管は食品衛生上重要なのだ。

 決してトリヴォニアのどこであっても真夏に冷たいエールが飲みたいからだけではない。

 まあ、店舗での導入の一番動機にはなっているが。

「やっぱりライマには、先に話しといた方が良いかな。」

 椅子をベッドの横に付け、ライマに先に自出の話をすることにした。

 予想はしていたが、嫁の事をしつこく聞かれたのには困った。


 翌日、クラモの事務所にエルンストを呼び出し、ライマと三人で話をする。

 組織設立の目的から病院を暫くの収益源とし、医学研究機関により新技術を開発、その技術をまた特許として収益源にして、慈善事業や疫病の大流行への対処を行っていく計画を説明する。

「そこで、エルンストには、医学研究機関で研究をしてほしいのだが、今から話す事は口外しないと約束してほしい。そうすれば、教会からの妨害もさせないし、資金も用意する。」

「構わん。これだけ期待させといて、失望させるなよ。」

「生意気だな。だが、喰いつくだろうよ。」

 自出の話をする。

「一般庶民が知る知識しかないが、数百年後からの知識だ。これを形にして欲しい。」

「お前自身は何が目的だ。」

「騎士団への利益供与と収益の安定で身内を養える。」

「お前はどう関与していく。」

「そろそろ、口の利き方に気を付けなさい。貴方は年長者をそういう風に扱うよう育てられたの。」

 ライマが口を挟む。

 確かに多少腹は立ったが。

 歳を聞いて、驚く顔にも最近飽きてきたところだ。

 効果覿面で、以後は丁寧な話し方になった。


 牛痘や免疫の説明と感染者のいるうちに種痘の開発に着手することを優先することに同意する。

 細菌、ウィルス、コッホの原則などについて、今日は触りだけ話をして、詳細は今後とすることしにた。

 また、今回の活動で得られたカルテの解析と、その結果を反映させた効果的な解熱剤や痒み止めの開発については、運営側との協力で行って行く方針とした。


 その夜は、店に出ることにした。

 まだ、客足が伸びないと思っていたが、フル回転であった。

 禁欲の期間を取り戻そうとする勢いだ。

「よう、兄さん。儲かってそうだな。」

 『秘密の花園』に戻ると、馬鹿でかいグロニスク人に呼び止められる。

「ウチも病人がでたし、流行中は閉めてたから、大赤字だったよ。取り戻さないといけないから、頑張り始めたところだよ。」

「今回は何を売りに来たんだ。」

「毛皮と獣脂だな。」

「そういや、ライマは辞めたぞ。」

「そうか。」

「俺が貰っておいた。」

「まあ、兄さんなら仕方が無いな。男前で金もある。」

「どっちも、自慢できるほどじゃないよ。」

 この男は、グロニスク商人のニコライ。

 190センチを超える巨体に筋骨隆々の髭面で、見た目なら明らかに年上だが、俺の方が年上と知ってからは何故か『兄さん』と呼んでくる。

 ミッシェといい、ガロンといい、何故俺の周りに俺より大きな奴らが集まってくるのだ。

 この時代だと、俺自身も大柄な方の筈なんだがそういう感覚が無くなってしまった。

「男前で思い出したが、最近噂のプチャーチンってのはどんな奴なんだ。俺からは胡散臭いようにしか見えんのだが。」

「ウチの国に来て、そんな事は口に出すなよ。女どもからの人気は絶大なんだぜ。憲兵の目もあるしな。俺も兄さんと同じで気に入らんがな。」

 見た目に反し、聡く情報通なので、店で見かけたら、いつも話を聞いておくことにしている。

「お前よりモテるからな。男も女も両方イケるらしいな。」

「そういう噂だな。男が見ても、抱きたくなるぐらいらしい。しかも巨根だとか。」

「天は二物を与えたか。」

「また、冬までに来るか。」

「ああ。」

「その時にはおいしい話でもしてやれるかもな。」

「期待してるぜ。」

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