医療・福祉団体の設立
最近はミッシェの所も人目が多くなっているので、バルクライがクラモの宿屋に一室借り受けそこでヨハンと落ち合うように手配をしてくれていた。
「待たせたかな。」
そう言ってヨハンが入ってくる。
「いや、それ程でもない。」
「それで話って。」
「計画には無かったんだが、また新しい事をしたいと思ってる。」
言いながら、意思疎通のスクロールを取り出すが、嫌な顔をされたので、普通に話をすることにする。
「医療と福祉をする団体を造りたい。」
本業ではないが、医療機関や社会福祉施設は元の世界での仕事のクライアントだったりしたので、多少の知識はあった。
『ホスピタル』という語があるが、それが示すのは、処女教会が巡礼者の宿泊や極貧者や孤児などを収容するもののことを指している。
まだ、トリヴォニアには、元いた日本でいうところの病院という概念は存在せず、似たような物として、ハンセン病患者の収容施設があるが、病気に対する恐れから、隔離する事だけが目的のものである。
赤十字社の存在や社会福祉施設、病院などの医療機関などの概念の説明を行ったうえで、今回の疱瘡の流行に伴って喜捨の対応や医薬品や人材の手配をしていた体制を組織として確立させる構想を説明する。
ペスト、インフルエンザ、梅毒など今後、流行し得る感染症への備えも必要であること。
本来なら医療関係機関と社会福祉団体に独立して運営させたいところではあるが、材源の問題から併せて一つとして運営すること。
将来的には医療関係機関は、病院部門と学術研究機関に分けて運営し、公衆衛生の増進も目的に含むこと。
喜捨と病院部門の収益で運営費を賄うことを目標とするが、当座は今回の喜捨の余剰金と新たな喜捨で運営すること。
新たに設立する団体については、既に処女教会で類似事業をしているが、敢えて行うのは、教会の教義による研究の阻害を防ぐとともに戦争や内戦などの場合に思想信条ともに中立的な立場での活動が必要なためであること。
一頻り話し終わるのに、小一時間かかった。
「必要性は分かったが、運営体制はどうするんだ。」
「立上げまでは俺が面倒を見るけど、すぐに誰かに引き継ごうと思っている。」
「候補は。」
「運営自体は色々な方面から複数の理事を前出して、理事会を組織してそこで運営方針を決定する。その中に医学に長けている者と、助かった者からそれぞれ一人ずつ理事として入ってもらう。協力者とウチの店から見繕ってみる気でいてる。」
「もう当たりは付けてるんだろ。」
「ああ、一人はウチの店の従業員のライマだ。」
「天然痘を患った女だったな。可哀想だからか、それともお前の女だからか。」
「手は出してないが、私情はある。開店当時から店に居る女の子だしな。しかし、言われなくとも俺の留守中に帳簿を付け、店を回していた。人の扱いも上手いし能力は充分だ。最終的には組織内の互選で選ばせるなら、文句は無いだろ。複雑な組織のコントロールが必要だと考えると、接触しやすいし、大きな金が動き出すから、欲に溺れない人材である必要があるが、その点も信頼が置ける。」
「本当だろうな。」
「あと、研究者の方は、動きやすいよう、運営には参加させないが、事情を知らないと協力を求められんから、自出を話そうと思っている。」
「大丈夫か。」
「俺自身は運営に深く入り込まないようにしておく。設立する組織の性格を考えると、秘匿して継続する方が良いと判断するだろうし、研究者の方も俺の事を黙ってた方が利が多い。」
「監視対象にはしておく。」
「ああ。騎士団としては組織には正式に接触して、情報や技術提供を受ける方が良いだろう。個人は監視対象でも良いだろうが。先ずは病院という物を作るところからだな。」
「幾らか喜捨をしろって事か。」
「その辺は、教会との兼ね合いで決めてくれ。喜捨というかたちより、税を課さない方向の方が良いと思う。慈善目的だから、という理由も付けやすいだろう。運営資金は誰かからまとまった喜捨が貰えれば、その名を組織名に付けてあげるとかして募るか、今ある分から始めるか迷ってたが、さっさと動き出したいから、今ある分で始める。」
「しかし、何故そんなに急いでる。」
「今の体制から組織を作るなら、早い方がいい。個人的な事情もあるが。」
「資金を無心しないなら、好きにすれば良いよ。ヴォルター閣下にも話はしておくよ。」
「ありがとう。」
立とうとしたが、座り直す。
「そうだ。今回の旅で人狼を一人預かる事になってさ。聞いてるだろ。」
「ああ。」
「元々、トリヴォニアの森に住んでいたらしくてさ。」
「戻す気か。」
「正解。すぐにとはいかないだろうけどね。」
「ヨハンなら、大丈夫かと思って。」
「何がだ。」
「一民族と捉えて、独立を認めてあげて欲しい。彼らもただの人だったよ。」
「今は、人間の姿をしているらしいが、人狼に戻るんだろ。」
「変態するのに、ニ月かかるし、騒ぎを起こしたくないから、人の姿のままいる約束をしてる。人狼の姿を見たかったか。」
「信じられんからな。」
また、意識共有のスクロールを指差したが、今度は誘惑に負けたようだ。