疫病流行
カルルの寝ているうちに朝の日課であるバルクライからの報告をハルから聞く。
二つの大きなニュースがあった。
一つはリトヴィン領で今年の冷夏に伴って農奴の不満が溜まり、辺境の小領主が反乱を起こしたらしい。
周辺の詳しい状況は、調査中とのことだ。
もう一つはというとウチの店で天然痘がでたらしい。
対処方法は教えているが、心配は尽きない。
店を放ってはおけないし、天然痘の感染拡大も気になる。
医師でもない俺ではどこまで役に立つか分らない。
それでも放ってはおけなかった。
「帰るぞ。」
「え、今朝にどうするか打ち合わせって言ってたのは。」
「昨日の晩に考えた。ほら、さっさと出る準備をするぞ。俺は長老に話をしてくる。」
元々、魔境に向かう旅で、目的地は目前であるから、急な方針転換である。
起き抜けのカルルに一方的に話して、リリイの元に向かう。
リリイの部屋をノックすると、ガロンが招き入れる。
「おはようございます。」
リリイは笑顔で迎え入れてくれた。
「急なんですが、トリヴォニアに戻らなくてはならなくなりました。」
「そうなの。少し寂しいわね。」
「精霊さんが教えてくれたのね。」
「まあ、そうなんですが、トリヴォニアで疫病が発生してまして、ウチの店の従業員も二人感染してしまったみたいで。」
「そうなの。それは大変ね。」
「どこまで力になれるか分かりませんが、帰ろうと思います。」
「何だと。」
振りむくと季節替わりの犬のように毛が抜けかけたガロンが立っている。
「あ、人型になるからか。」
抜けた毛束を拾いながらガロンに話しかける。
「ああ、抜けるときは痒くて敵わん。」
「そうだ、急用ができて、トリヴォニアに戻らないといけなくなったんだ。」
「急に何を言う。」
何故だが少し怒っている。
「いやね。この子、貴方について行きたかったみたいなの。」
「いや、ガロンは群れのリーダーじゃないのか。」
「どうせ、四月は戦にも狩りにも出れんしな。それに、お前の使ったカラテとやらも教えて欲しい。」
「嫌だ。教えたら勝てなくなる。」
「だったら教えて貰わなくてもいい。恩人の力になりたい。」
「いや、恩人でも何でもないし、精霊師の事はただ伝言を伝えただけだし。」
結局、ガロンが付いて来る事を断り切れなかった。
早々に準備を整え、集落を後にする。
まだ、ガロンが人型になりきれておらず、街道を使っても宿屋は使えず、野宿続きだった。
クラモに着く頃に何とかガロンが人型になったが、二メートルを超える筋骨隆々の大男の姿に落ち着いた。
その、居るだけで目立つ大男を連れて店に戻る。
『花畑』の女の子が二人が疱瘡にかかり、隔離棟に収容されていた。
発症から二週間、一人は山を超えることができなかったのだ。
きちんと荼毘に付され、家族に遺骨が渡された。
新たに雇われた少女が彼女らの看病にあたっていたが、今のところ無事の様だ。
隔離、マスク、消毒、火葬と伝えた対策はきっちりと徹底されていたようだ。
感染力が強い天然痘がたった二人で収まったのは僥倖というべきか。
ただ、生き残った方が稼ぎ頭のライマであったのは、店にとっては小さくない打撃だ。
自室にバルクライを呼び出し、街の状況の報告を受ける。
街でも数百人の患者が発生しており、処女教会の協力とヨハンと店の金で街の周辺にあったトリヴォニア神道の櫓やその跡を改修して、隔離措置を実施し、感染拡大は防げているとの事だ。
隔離措置は以前から行われており、そう珍しいことでもなかったようで、すぐに受け入れられた。
しかし、隔離された本人や家族からの不満が発生しつつあるようだ。
ヨハンの私財も今後は、砂糖貿易による見込みはあるが、対外戦略のため今は秘匿しているし、俺の私財といっても雀の涙のうえ、商売も控えざるを得ない状況である。
困っていた所に、喜捨をしたいと申し出る市民が出てきている事を聞く。
作付け面積当たりに税制を変更するにあたり、じゃがいも栽培農家については、苗芋の格安配布という初年度の補助を行っていたが、収穫量の見込みが少なすぎたこと、冷夏による食料品の価格高騰の恩恵を受けていたことがあり、じゃがいもの作付を行った農家やその領主については、経済的な余裕が出ていたからだ。
また、クラモ近郊を中心として、栽培を行っていたため、感染者は彼らの近親者が多かったことが重なったことも理由の一つとして挙げられる。
最初は隔離された近親者に食料や日用品などを渡して欲しいという要望から、喜捨の申し出となっていっていたが、ヨハンやミッシェの献身的な寄付が彼らの評判を上げ、それに追随しようと他の領主たちもこぞって喜捨を行うようになったことも大きかった。
丁度、店は休業しており、ボランティアと喜捨の受け入れの事務局として俺の店と従業員を使うことに決める。




