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決闘

 毛皮に肉と脳みそを包み、持ち運ぶ。

 皮を持ってきたのは、脂が欲しいのもある。

 皮だけでもかなりの重量のため、交代しながら、昼も摂らず急いで進む。

 森林限界を超え、遮るものが殆どない場所に出る。

 日が傾き始めたので、大きな岩陰を探して、今日の拠点とする。

「皮を鞣したことはあるか。」

「無いですねぇ。」

「方法は知ってるか。」

「一応は。でも、この大きさなんで、相当な時間が掛かりますし、洗ったり、伸ばしたりも必要ですが、道具も無いですし。」

「とりあえず、脂が欲しいし、取っていくことにするか。」

 ナイフで毛皮から脂を削り、鉄鍋に放り込んでいく。

 火にかけて、脂を出す。

 鍋に入りきらないぐらいの脂が出てくる。

 予備のジョッキに脂を注ぎ、脂を染ませた麻縄を挿しておき、即席のランプを作る。

 脳みそを潰したものを塗りつけるまでしてから、飯の仕度に掛かる。

 肉で腹いっぱいにし、残りを石組みで窯を作り、即席の燻製を作っていく。

 重い荷で無駄に疲れたのは失敗だった。

 眠い目を擦りながら、交代で周囲を警戒する。

 朝まで燻す積りだったので、火加減を見ておく。

 明日以降は薪も確保できないだろう。

 脂の即席ランプは意外と煩くびちびちと音を立てて辺りを照らしている。

 違和感か気配のような物を感じ、物音に集中する。

 忍ぶ足音のため、草ずれの方が大きいが、確かに聞こえる。

 ロストナンバーを掴んだまま寝ているカルルをそっと揺する。

 焚き火に焼べる薪や枝の位置を動かし、ランプを灯を近づけると、焚き火はゆっくりだが、再び燃え始める。

 片目を瞑り、魔本を構え辺りを見回す。

 顔を引き攣らせ、カルルが聞く。

「何が来たんですか。」

「分からんが、複数いる。」

 狼かと思い、焚き火を再び焚いたが、相手が人間や魔族だったなら、狙いを定め易くしただけになってしまう。

 人影だ。

 ペンダントを取り出し、トップを握る。

 意識共有の魔法術式を改良した、翻訳術式を銀細工で作成し、それをガラスで固めたものだ。

 宝石より、ガラスの方が高かったとは盲点だったが。

『我が名はケンジ・スズキ。何者か。』

 張り詰めた空気の中、巨躯の人狼が闇の中から歩み出る。

 身に着ける物はキュロットと革袋だけだ。

『我が名はロボの子ガロン。何故、人間がここに来ている。我等が領域と知っての事か。』

「あなた方の事を知りたくて、ここまで来させていただきました。争う気はありません。」

 警戒を解き、両手を挙げて話かける。

 名乗ったということなら、話合いでなんとできそうだ。

 相手が嫌がらないレベルで話を続けてみる。

「外の人間達はあなた方の事を恐れたりしているようですが、本当の所を伺ってみたいと思ったのです。」

 確か、人狼はトリヴォニアにもおり、森を守る者と考えられていた筈だ。

「丁度、燻製も出来上がってきたところですし、少しお話しませんか。」

 そう言いながら、燻製していた熊肉を取り出し、ナイフで切り分けて勧める。

 自分も座り、ペースを乱され、思案に暮れるガロンにも座るように促す。

「ハーブは苦手ですか。」

『ああ。』

「では、こちらの塩だけので宜しいですね。残念ながら、酒でも振る舞えれば良かったのですが。カルルも銃を降ろしなさい。」

 カルルにはその場で座るようにジェスチャで伝える。

『貴様は何を企んでいる。』

「人間以外の種族とも友好的な関係を気付きたいと考えています。理性と知能があるのなら、人間と対等であれば良いと思っています。」

『馬鹿にしてるのか貴様。我等を此処に追い詰めたのは貴様等人間ぞ。』

 ヨハンの意識からは、そこまで大きな確執は読み取れなかったが、グロニスクやリトヴィンで何かあったのか。

 他の国かも知れないが、彼らにとっては、同じ人間だろう。

「人間は一枚岩ではない。我等の国にも、森の守護者としてあなた方を慕う者もいる。」

『そもそも追い出したのはお主らの国だ。我等に意見したくば、その資格があるか示せ。』

 事情は飲み込めていないが、トリヴォニアで何かあったのか。

 であれば、俺達に敵意を向けてくるのは仕方がないのだろう。

 好戦的だとの予想はあったが、現状では戦う以外の解決法が思い浮かばない。

「私には爪も牙も無い。武器を使う事を許して頂けるか。」

『是非も無し。』

「であれば、あなた方の流儀に従おう。私に資格が無くとも、この若者は無事に返して頂けるか。」

『我等が祖先に誓おう。』

 マン・ゴーシュを持ってくれば良かったと今更後悔する。

 リーダーらしい人狼は他と比べて、頭一つ大きく、俺は胸までしかない。

 首の太さは俺の腿ぐらいか。

 手持ちで昏倒させるような術はないか。

 決闘形式になるなら、射程距離が固定されている魔本は使えない。

「兄貴、俺、どうしたら…」

 荷物からナイフを出しながら、カルルにガントレットと魔本を預け、使い方を耳打ちする。

 ガントレットの代わりに、荷を括るための革ベルトを左手に巻く。

『そんな物で良いのか。』

 ガロンは右手のカランビットを見て、見下すように聞く。

 考えろ。

 相手は同じ二本の手と二本の足がある。

 筋肉の付き方から、重鈍とは考えられない。

 上半身の筋量は遥かに人間を凌ぎ、獣に近い脚の形とその筋量からは相当な瞬発力が予想される。

 牙と爪、そして突進か。

 構えから武術の気配は感じられない。

 人間とは異なる骨格から繰り出される攻撃、熊に付けられた傷から、予想しろ。

 死にたくなければ、考えろ。

 目を瞑り、口から大きく息を吐き出す。

「宜しく頼む。」

 言い終わるかどうかの時には、眼前に巨躯が迫っていた。

 尋常ならざる速度で迫るそれも、二本足で格闘し、突進を選ばない限り間合いを取る必要がある。

 左手で薙ぐのは爪か。

 半歩踏み込みながら、二の腕をカランビットで抑えるが、止めるだけに終わる。

 まるで、体毛がワイヤーのように硬く刃が入り込まない。

 続く右は肩口を抑え、蹴りは膝頭をこちらの膝で蹴り流すと、後ろに跳び退く。

 三メートル近くは跳んでいる。

 前傾し上体が沈むのを見て、左爪をいなしながら、スライディングで足を狙う。

 地面を転がるが、転がりながら体勢を整え、四つん這いから、急加速で向かってくる。

 俺が振り向くのとほぼ同時だ。

 左腕を振りかぶるのが見え、予想される軌道上にナイフを置くが、片手では支えられないと判断して左手も添え、腰を落として衝撃に備える。

 想像以上の衝撃で吹き飛び、カルルのいる所まで転がる。

 獣の叫びが耳をつく。

 腕一本ずつの引き分けか。

 左手に銃を掴み、突っ込みながら撃つが、当たらず、前に捨てる。

 上がらない腕をぶら下げたまま、更に間合いを詰める。

 爪をいなし、牙を掻い潜り、身体を密着させ、腰で投げる。

 仰向けになるガロンの上に跨り、動かない右手を左手で引き寄せ、刃を首筋に当てる。

 叫びと共に動きが止まる。

 カランビットに仕込まれた雷の魔法術式がガロンの動きを止めるが、のたうち回る身体の上から振り落とされないよう、必死で耐えながら手を伸ばす。

 因みに密着してこちらが感電しないのは、ペールコンス謹製の精霊印の特殊電撃であるからだ。

 動きが鈍ったところで立ち上がり、拾い上げた銃の銃口を口に差し込む。

「資格は示せたかな。」

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