じゃがいも
早い時間から、ミッシェが来ている。
もう、雪が積もっており、外は雪景色だったため、身体を温めようとスープを啜っていた。
ヤーニスが帰還を報告して、すぐに来たとの事だ。
じゃがいもが手に入った報告だという。
「ほら、じゃがいもだ。お前が言ってたフレンチフライとやらを食べに来たぜ。」
そういえば、前に偉そうな口を叩いてしまっていたな。
「待てよ。多少の準備はさせてくれよ。正午までには準備しておくから。それと、ヨハンはどうする。また拗ねないか。」
「む。そうだな。ヨハンにやる気を出して貰う必要もあるしな。俺の屋敷にするか。」
「まあ、拗ねるとかは冗談だが、じゃがいもを普及させるには、レシピも合わせて伝える必要があるからな。両家から、何人か料理人を連れて来てくれ。あと、この分は貰っても良いだろう。」
「構わんよ。」
昨日からモリスの妹のミアが来ている。
まだ12歳なので、晩課の鐘、18時までしか働かさないことにしている。
彼女なら、まだ、店の負担にはならないだろうし、荷物持ちを兼ねて、ミアを連れて街に行くことにする。
「ミア、豚の脂を買いたいんだ。大量に。どこかいい所を知ってるか。」
「直接、豚を解体してる肉屋にならあるわ。案内する。」
まだ、街中全ての道は覚えられていない。
そこまで、頻繁に来ないのもあるが、京都をはじめ、都市部は碁盤の目になってるという感覚が拭えないのもある。
肉屋に並ぶのは、殆どが豚肉で、次に鶏肉、羊や山羊が隅の方に置いてある程度だ。
牛は殆ど見かけない。
脂身も庶民にとっては、大切なカロリー源で売り物であるため、交渉して脂身を買い占める。
ついでに、他の部分も買わなければならなくなったが、塩漬けにして、店に送るように伝える。
脂身だけを持って、店に戻り、ラードを作り始める。
油かすは、モリスに断って、小さく砕いたものを従業員用の賄いのスープに突っ込んでおく。
コクもでるし良い具材になるが、店用は味が変わるので止めておく。
油が鍋で固まり始めたので、出かける用意を進めていく。
ケイトに声を掛けてから、荷物をまとめて出かける。
ミアも連れて行くことにし、荷物と一緒に馬に乗せ、引いていく。
ミッシェの屋敷に着くと、既にヨハンの馬が繋がれてあった。
早速、使用人に食堂に通されるとミッシェとヨハンが待ち構えていた。
「待ってたぜ。今日も驚かせてくれるんだろうな。」
「当たり前だ。俺の故郷は美食家という職業がある国なんだぜ。」
何となく言ってみた。
「今日は5品作るから、それなりの時間がかかるぞ。あと、レシピを覚えさせる料理人はどこにいる。」
「そちらのお嬢さんも、一旦、控えて貰おうか。」
こちらはミアをそのまま連れて来ていたので、別室で待つように伝える。
「お前の事をどういう扱いにしようか話をしてからだ。」
「風体通り、異国の文化を伝えるって体で良いだろう。嘘は無いし。俺の商売も言って貰えれば、宣伝にもなるし。じゃがいもの普及はヨハンの発案で、俺が協力すると説明しておいて貰えれば不自然さも無いだろう。」
「分かった。」
ヨハンが頷く。
「では、料理人を呼んで来ようか。」
両家の料理人とミアが食堂に呼び込まれる。
総勢十二人はいる。
ヨハンが音頭をとって話し始める。
「今回、国策として外国から伝わってきた、この、じゃがいもを栽培し、普及させる事を考えている。じゃがいもの詳細は、また追って説明するが、今回、先にじゃがいもが普及している国から来た、ケンジ・スズキに調理法を学ぶことにした。」
「今日は何品か作る予定なんで、手伝いもお願いするし、手分けするなりして、覚えて行って欲しい。」
ミアを伴い、実演を始める。
先ずは、蒸しと茹でと両方並行する。
蒸し器が無いので、深い鍋に笊を重ねて敷き、蒸し器代わりにする。
じゃがいもと一緒に卵も茹でておく。
次に、一つ細ぎりにして、変色を防ぐため酢水に漬ける必要があることを、作業しながら説明し、ミアに続きをさせる。
マヨネーズに取り掛かるが、力も要るので、ヨハンの所の料理人を呼び、教えながら作ることにする。
卵黄に酢を加え、泡立て器で混ぜ、油を少しづつ足していく。
すぐに疲れてきたので、別の料理人に任せ、次の準備に取り掛かる。
ラードの鍋を窯にかける。
揚げ物があまり普及していない事もあり、珍しそうに見ている。
茹でたものの皮むきを、また別の料理人に頼むと、ミアの下拵えが済みそうなので、布で水気を拭いておくように言う。
ミアには一旦、引いて全体を見るように指示し、ポテトサラダ用の白人参をみじん切りにし、ポテトサラダ用のボウルに入れておく。
玉ねぎが見当たらなかったので、シャロット(エシャロットかと思ったが、野菜はそこまで詳しく無いので、気にしないでおこう)と持ってきたピクルスをみじん切りにしていく。
ここで、また近くにいる料理人に茹で卵も同じようにみじん切りにして、もうすぐ出来上がるマヨネーズに和えるように指示する。
自分は、鶏の胸肉を厚めに切り、消毒したハンマーで叩き伸ばしていく。
こちらは、チキンカツだ。
地鶏しかいないので、肉が硬い。
繊維の方向を縦にして叩いて延ばすと、箸で切れるチキンカツになる。
油の温度も上がってきたので、水気を拭いたじゃがいもに小麦粉をまぶして、揚げていく。
茹でじゃがいもは、ボウルに入れて、砕いたあと、冷めてから白人参と合わせたマヨネーズで和えるよう指示する。
続けて、シャロットとじゃがいもの皮を剥き、おろし金でおろす。
試作の時は、おろし金があることが分からなかったので、自作してしまった事を重い出した。
軽く絞り、繋ぎに小麦粉を少し足し、小判型に固めて多めのオリーブ油を敷いたフライパンで焼いていく。
フレンチフライが揚がりきったところで、チキンカツに衣を付けて揚げていく。
フレンチフライは大皿に移してから、塩を振り、それ以外は木の皿に十人前を盛り付けていく。
嵐のような調理の時間だった。
人間、やれば出来るものなんだな。
「お待たせしました。それでは試食と説明をしていきますね。」
まずは、自信作のフレンチフライだ。
大皿に盛られたものを指し、説明する。
「これが、フレンチフライです。じゃがいもを細切りにして、小麦粉を薄くまぶしたものを豚の脂で揚げたものです。皆で摘むには丁度いいですね。」
先に味見をしていたが、想像どおりの仕上がりに満足している。
ミアにも食べるように促す。
見る間に山が無くなって行くのを見るのは気持ちいい。
ふかし芋は、鍋ごとテーブルに置く。
「まず、ふかし芋。蒸すだけですが、熱いうちにバターを乗せれば、それだけで美味い。ただ、お腹にもたれるんで、次の料理のお腹は開けておいてくださいね。」
保存のため塩入のバターが主流なので、丁度いい。
道中に摘んだ大きな葉でくるみ、上部に十字に切れ込みを入れ、バターを載せて配っていく。
バターはつけ放題にしておく。
さて、とうとう、マヨネーズとタルタルソースのお披露目だ。
「中央の揚げ物は、チキンカツですが、上にかかっているソース、実は一番企業秘密にしたかったものなのですが、隣りの付け合わせのポテトサラダを作るのに必要なので、公開しました。ベースはマヨネーズというソースです。別で置いている分はふかし芋用です。チキンカツのソースはマヨネーズに茹で卵、ピクルス、シャロットを和えたタルタルソースです。あと、もう一品の付け合わせは、プラツキというもので、すりおろしたじゃがいもを焼いたものです。」
チキンカツの柔らかさと、タルタルソースの相性に驚いている。
「グレービーソースがある場合は、プラツキ以外でも、茹でるか蒸した芋を潰しただけの、マッシュポテトでも充分美味しいです。」
「卵の使用が多いですね。」
「そうですね。卵の供給量が増え、価格が下がれば良いのですが。ですので、卵を使わないメニューが暫くはメインになりますね。」
「余りにも斬新過ぎるメニューばかりで、驚くばかりですが、このじゃがいもは、確か年二回の収穫ができるとか。食生活が根幹から変わるかも知れません。」
「二毛作をするなら、連作障害とか、気を付けないといけないことがあったりしそうですね。農業は専門外なので、その辺は専門家に聞いてください。じゃがいもは、応用が効く食材なので、まだまだ色々な料理ができますよ。」
「お前の言ったとおり、フレンチフライはなかなかのモンだな。」
ミッシェはご機嫌だった。




