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精霊

 ヤーニスが方付を終え、ハーブティーが淹れられると、全員がテーブルに着いた。

「貴方と一緒に居る、その子の事なのですが、貴方とお話したがってるみたいよ。しかし、不思議な子ね。知性は感じるけど、力が無い。」

「知性だけのの精霊ですか。」

「私にその子とお話させて貰ってもいいかしら。」

「ええ。こちらこそ、宜しくお願いします。」

 イングナの隣に背を向けて座るように言われて、そのとおりにする。

 ヤーニスは黙って見ているだけだ。

 じっと座っているが、手持ち無沙汰で、何となく、目を閉じてみる。

 長い沈黙が続く。

 暫くすると、イングナが頷いたり、関心するような声が聞こえてきた。

「この子は、貴方の元に居た場所から付いてきたみたい。私の知らない事をたくさん知ってるわ。貴方と一緒にここに来たと言ってるわ。」

 急にイングナが話しかけてきたので、少しびっくりした。

「私が手伝うから、この子の声を心を澄ませて聞いてみて。」

 イングナが俺の頭に手を置く。

 再び、沈黙が訪れる。

 暫くすると、頭の中にもわっとしたような感覚がし始める。

 少しづつ、その感覚が、言語に置き換わっていく。

 どれくらい経っただろうか、淡いもやのような感覚が、次第に揶揄する声に聞こえてくる。

『やっと我の声が届くようになったか。散々我を待たせたな。』

 俺の精霊さんは、少し偉そうだ。

『イングナのお陰だ。ちゃんとイングナに礼を尽くしておけ。』

 考えれば、伝わるのかな。

『我に聞いてほしいと願えば、お前の言葉を聞いてやるよ。』

 性格に難があるようで。

『それはお前だ。』

 自己紹介ぐらいはしておいた方が良いかな。

『望まなくても、お前と何十年と一緒に居てるんだ。お前よりお前の事を良く知ってるぞ。』

「あらあら、おしゃべりな子ね。長い間、お話出来なかったのが、辛かったのね。」

 イングナの声で我に帰る。

『イングナは、よく理解してる。それに比べ、お前は。』

「そう言えば、お名前を聞いも宜しいですか。」

『名前はまだ無い。』

 猫じゃあるまいし。

『イングナよ。我は【情報】を司るもの。この国の今の概念の情報より、知識に近くもっと広い概念だ。直接的な力は無いが、【情報】というものは、大きな力を持つこともあるだろう。我が望んだお主とケンジしか認識できぬ。我の存在は、できる限り秘匿願いたい。』

 イングナは微笑み、頷く。

『さて、我はお前が知りたいと願えば、【情報】を提供する。ただし、全知の存在ではない。この世界では物質や精霊との接触により、情報を取得する。』

『人間にもか。』

『いや、人間等の場合、その時強く思っている事しか読み取れない。脳の構造が複雑過ぎるのだ。』

『例えば、さっきの竈の精霊スイッチの事とかは、情報を得られるのか。』

『その通りだが、今はイングナに聞くのが良かろう。』

『了解。』

『あと、一つ教えてやる。お前は、この世界の精霊とは交信できない。』

『ヤーニスに伝えろって事だな。』

『上出来だ。』

 彼は俺を見極めようとしている節があるが、その理由がイングナに合う資格があるかどうかではなかったようなのである。

「イングナ様のお陰で、彼と話ができました。ありがとうございます。ただ、私は彼に他の精霊とは話が出来ないと言われましたよ。」

「それは、少し残念ですね。」

「また、何かの折に彼の声が聞こえたりするものなのでしょうか。」

「貴方と彼が望めばね。」

「そうだ、先程の竈の事を教えて下さい。」

「あの印は、精霊印といって、決まったマナの動きを作り出したりするものなの。」

「平たく言うと、魔法術式の様な物なのでしょうか。」

「そうね、それに近いわね。精霊印は、そこに溜め込んだマナを使うのよ。その竈の精霊印なら、風のマナと火のマナを同時に活性化させて、一気に薪や炭を燃やすことができるの。これは、精霊にしか作り出すことが出来ないの。」

 電池式のうえ、術式なら複雑で、巨大になるものを、あの印だけで済んでいると言うことか。

 もしかすると、精霊印を使いこなせれば、非常に高度な術式が少ないスペースで実現できる可能性がある。

 術式自体が、マナや魔力の流れを制御するものに他ならない。

 精霊印はマナの蓄積も可能な高度な術式と考えられるのではないだろうか。

「マナを溜め込んだものと仰いましたが、薄くなって消えていったりするものなのでしょうか。」

「そう、その通りよ。」

「なる程、大体のところは理解できました。ありがとうございます。」

 ここまでの話を総合すると、この家に精霊が棲み着いてるか、普段から出入りしているという事になる。

「もしかして、その竈の精霊印を作った精霊は、近くにいたりするのですか。」

「私の側、貴方の目の前にいるわよ。」

 全く認識出来ない。

 見えている人には、どういう光景が見えているのだろうか。

「もしかして、この辺りに、たくさんいたりするのですか。」

「ええ、ここロッコは、マナの活性が高く、精霊が集まる地なのです。至る所にいらっしゃいますよ。」

 ヤーニスが口を挟んできた。

「私も、少しづつ勘が戻ってきたのですが、特に師匠は精霊に愛されておられますから、この家の中で姿を隠していない方達だけでも、十柱はいらっしゃいますよ。」

 六畳二間のぐらいの部家にそんなにいるなんて、精霊密度が高過ぎる。

 驚きながらも、何となく手を合わせてしまっていた。

 俺のぎょっとする顔を見て、二人共笑っている。

「皆さん、貴方に興味があるみたいなのですが、残念ですね。」

「私も残念です。」

 ヤーニスは興味深そうに、俺を見ている。

「実は処女教会よりも、精霊への信仰の方が故郷の考え方に近いんですよ。トイレの神様も居ると考える国です。更に元からいる神様や外国の神様も入ってきて、同列に信仰していたりしますし。」

「優しい国なのですね。」

「様々なものを受け入れる。それが取り柄の国でしたから。」

 イングナに、充分な成果があったことへの礼や鯉の燻製を食べて欲しいこと、気温が下がり、雪の気配もあるため、明日にも出立したい旨を告げ、借りている家に戻る。

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